第70話 幼馴染と魔王の決着

 どのくらい時間が経ったのだろうか。何かに気がつき目を覚ました僕は、いつの間にか前のめりに倒れて気を失っていたらしい。


「アキト! アキトぉ」


 僕を揺すっている小さな白い手。ああそうか。パティが起こしてくれてるのか。なんだか埃っぽいなと思いつつ体を起こした。


「パティ? 僕は……あ!」


 そうだ! 僕らは魔王と戦っていた。ここは魔王の間だったのだが、今はほとんど崩壊して瓦礫の山になっている。屋根まで半壊してしまっていた。女の子座りと青い鎧がミスマッチな幼馴染は、涙をこぼしつつ笑う。


「良かった! アキトが無事で……ほんとに良かった」


 抱きしめられて言葉を失う。一体何がどうなったのか皆目検討がつかない。


「僕らは……勝ったのか?」


「うん。勝ったよ! 魔王は消え去ったの。これで私達の世界は平和だよ。でも」


 パティは不意に僕から離れる。瓦礫から這い上がってきたガーランドさんが、ベーラやマナさんを救出している姿が遠めに見えた。ゴーレムはマルコシアスさんを抱きかかえていて、父さんは外の風景を眺めていた。更に奥にいるルフラースは、なぜか悲しげな瞳をこっちに向けている。一体どうしたんだ?


「もう終わったから言うね。魔王を倒した人間には呪いがかかるんだよ」


「……呪い?」


「うん。愛している人と結ばれなくなっちゃう呪い。だから……私は、旅に出たくなかったの」


 埃まみれになった顔のまま立ち上がり、言葉の意味を理解しようとした。そんな話は初耳だ。でも目前にいる幼馴染が嘘も冗談も言っていないのは、長い付き合いからすぐに解った。


「愛している人と結ばれなくなる呪い? 魔王を倒したら……じゃあ……僕達は?」


 パティはうつむいたまま何も答えない。瞳から光るものが幾度も床にこぼれていく。突然ズカズカとベーラがよってきた。


「ちょっと待ってよ? それどう言うこと? アタシ結婚するって決めたばっかりなんだけど!」


 魔王軍幹部なのに知らなかったのか。ガーランドさんがやってきて、慌てて止めに入ろうとする。


「やめないかベーラ。彼女は今答えられる状況では、」


「ガーランド! アンタまさか……知ってたの? ちょっと、どういうことなのよ!」


「お、俺は僅かな間でも結ばれれば幸せだと思って。う、うお! 待て! 待て」


 ベーラは小さな爆発魔法を撃ちながらガーランドさんを追いかけ始めた。この怒りはなかなか収まりそうにない。


 前をみると、パティの背後辺りでルフラースとマナさんが向かい合っていた。マナさんも解っていた? ルフラースも? それでも平和の為にこうして討伐に来たっていうのか。


 僕らは勝ったのに、最も大切なものを失ってしまうのか。魔王の呪いって——。


「魔王様ぁー! 遅くなってすみませぬ! アルゴス、もっと急げぇ」


「ネクロ、チョット待ッテ。早イ!」


 階段を登ってくる足音が聞こえる。魔王軍幹部のネクロとアルゴスがここに来ているのか。この状況で遭遇するのはマズすぎる。誰も戦える状況じゃないとか考えていると、


「イタタタ……なんて衝撃じゃ。誰か、我を救出するのじゃー」


「へ? い、今の声は誰?」


「え? わ、解んないっ」


 僕はパティと二人で声の主を探す。瓦礫の小さな山になっている所から聴こえるようだったので、二人で崩れた天井の成れの果てを外していくと、見たこともない何かがひょこっと出て来た。


「はああー。負けてしまったわい。我の完全敗北じゃな」


「ちょ、ちょっと待って! 君は誰だ?」


 その子はまだまだ小さな女の子で、きっと年齢的には六、七歳程度だろうか? 青い髪をして、耳は何かの獣みたいで尻尾もある。凄く高価そうなローブを着てこっちを見上げていた。


「魔王様! 貴様らー、魔王様から離れんか! おおお、おいたわしや」


 ネクロとアルゴスがやって来てしまったのだが、衝撃的なセリフにピンチであることを忘れてしまう。


「「ま、魔王様!?」」


 僕とパティの声が重なり、つられてみんなが集まってくる。


「ふははは! 我こそは魔王の正体。まさか変身を解除されてしまうとはな。やりおるわい」


「ぐぬぬ! 少々お待ちください魔王様。こやつらに天誅を喰らわせますゆえ」


「もうよいネクロ。我は負けたのじゃ。これからゴメンなさいをせねばならぬ」


「ご、ごめんなさいだって!?」


 信じられない光景に呆然としている中、魔王を名乗る女の子はパティの側にテクテクと駆け寄ってきた。


「我の予想以上に強くなったのう勇者よ。参ったのだ。ゴメンなさいなのじゃ!」


「は……はい」


 パティは唖然として立ち尽くしたまま返事をしている。まあ、そうなるよな。


「もう人間の街に侵略したりしないのだ。だから許しくれい。わへいを結ぼうではないか。なっ? なっ?」


 幼馴染はチラチラとこっちを見ている。こんな時まで僕に判断を委ねちゃうのかよ。でも、この魔王は別に討伐しなくてもいいんじゃないかという気がしてきた。きっと約束を守ってくれるんじゃないかと、ここ四ヶ月の付き合いで思ったんだ。


「パティ。答えは決まってるだろ?」


「あ、うん。解った!」


 魔王はキラキラした丸い瞳をパティに向けている。


「ではでは、許してくれるのか?」


「えーと……いいえ!」


 …………………。


「ガーン! そんな冷たいことを言うでない! な? な?」


「……いいえ」


 …………………。


「ガーン! そんな冷たいことを言うでない! な? な?」


「いい、」


「パティ! 話が進まないだろ! 許してあげろよ。それで解決なんだから」


 このまま二人が無限ループしているのを見ていられる余裕はなかった。もう帰りたい。幼馴染はしゃがみ込み、できる限り目線を魔王に合わせる。


「本当にもう悪いことしない? ちゃんとお姉ちゃんと約束する?」


「約束するっ! 我はこれから人間と仲良くするぞ」


「……うん。じゃあ……許します」


 微笑むパティの言葉を聞いて、魔王は嬉しそうにピョンピョン跳ね始める。


「わーい! これで我はごめんなさいが成功したぞ!」


「よ、良かったですのう魔王様。ワシはホッとしましたぞ。先代に合わせる顔が無くなるところでしたわい」


 ネクロはまるで孫を見るおじいちゃんのようだった。ここまできて、僕はさっきの話をふと思い出す。


「あれ……ちょっと待ってくれよ。じゃあ魔王の呪いは?」


 パティもハッとした顔になり、僕と目を合わせる。心の中に希望の光が灯ったような気がした。


「討伐してないから……私達呪われてない?」


「や、やった! やったぁ。パティー!」


「アキトー!」


 僕とパティはもう一度抱き合った。彼女は鎧を着ているからゴツゴツした感触だったけど、それでも噛みしめるように強く抱きしめる。


 後で聞いた話だが、ルフラースやマナさん、ベーラとガーランドさんも同じように抱き合っていたらしい。

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