第69話 魔王との決戦

 とうとうパティ達はここへ辿り着いた。漆黒の世界に、ほんの僅かな灯りが灯された魔王の間。まあ僕にしてみれば、ここ四ヶ月通いつめた場所だから別段珍しくもない。


 天井は一体何百メートルあるのだろう。この部屋だけでもアカンサスの城二つ分くらいのサイズ感があった。全員が足を止めて、白いカーテンの向こうにいる存在を睨みつけている。


「クククク……ハハハハ! とうとう来たな。ここまでやって来たこと、まずは褒めてやろう。勇者パティとその一行よ。……ん? ああー!」


 魔王が何かに気づいて驚愕の声をあげ、あまりの音量にみんなが耳を塞いだ。


「ガルトルにベーラ。何故そちらにいるのだ? よく見るとゴーレムもいるな。まあそれはどうでもいいが」


「俺はもうガルトルではない。記憶を取り戻した今……あなたが敵だったことを思い出しただけだ」


「アタシは……一身上の都合。ちょっといろいろあったんですの。今回の戦いが退職届だと思ってくださいな」


「ほ、ほほう! よく解らんが、つまるところ我を裏切るのだな。ククク……ハハハハハハ」


「な、何がおかしいっ。魔王、覚悟!」


 パティが勇ましく白いカーテンに向かって剣を向ける。


「これが笑わずにいられようか。自らの部下に自殺願望があったなどとはな。よかろう。お主達の挑戦を受けてたってやる……がその前に」


「なんだよ! 勿体ぶりやがって」


「アッキー! 落ち着いて」


「そうだ。奴はこちらをイライラさせようという作戦かもしれない」


 マナさんとルフラースは冷静沈着だ。ガーランドさんとゴーレムはやっぱり喋ってない。明らかに浮いているから気まずいんだろうか。


「勇者よ。ここまでの功績を踏まえて、一度温情を与えてやろうと考えていてな。我の部下になるつもりはないか? 世界のいくらかは貴様にくれてやってもよいぞ」


 出た出た。魔王はこういう交渉好きだっていろんな本に書いてあったな。まさに典型的な誘いだ。


「断る! 私には必要ない」


「では世界の街いくつかに加えて、そこの道具屋の倅もつけよう」


「え」


 パティが明らかに狼狽えて後ずさりした。


「どうだ? 南の島でも北の雪国でも好きなところを選んでよいぞー。お城よりも広いところにそこの男と暮らす。家賃は無料」


「え、えええ……あ、アキト! どうしよ?」


 勇者は困り顔でなんだか慌てながら僕のそばに駆け寄る。こういうところは全く変わってないな。


「断るしかないだろ! どうしてグラついてるんだよ!」


「こ、断るっ! ……と思う」


「思うってなんだよ! 歯切れ悪いな」


「ふむ……ならば致し方ない。我の本来の姿……今こそ見せてくれるわ!」


 白いカーテンに無数の黒い光線が走り、完全に破られて宙を舞う。何かが起き上がり、天井すれすれにまで膨れあがったかのようだった。顔全体が血で染めたように赤く、目が大きくて口は裂けており、大きなツノが二本生えている。鷹よりも立派そうな翼と六本の腕。筋骨隆々な胴体もまた赤くなっており、下半身は白いサルエルパンツを履いていた。


 恐らくみんなが奴の正体に驚いていたと思う。僕は余りにも規格外な姿に呆然としつつも呟く。


「化け物か……ステミエール」


 とにかく実力を調べてみなくては始まらない。だが、調べたことで恐怖が倍増したことは間違いなかった。



====

名前:ルーコ・キングス

肩書き:願望叶って喜んでる魔王

タイプ:大器晩成型

Lv:80

HP:1895761

MP:無限

攻撃:78961

防御:55913

素早さ:65543

運:878211

魔法:

ふえええええー フルイヤース

ドドドドドン デススパーク

ソセーイ

特技:

ランダム十連斬

燃え盛る火炎 凍てつく吹雪

闇の嵐 凍てつくオーラ 謝る

装備:

E魔王の姿

累計経験値:54783723123358

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「や、やばい……コイツ強すぎだろ!」


「え? そ、そんなに強いの?」


 眉をひそめてこちらを見つめてくる幼馴染の問いに、僕は頷くしかない。そして奴はこちらの先制攻撃を待っている間もなく、


「フハハハハ! 喰らえ。ふえええええー!」


 こちらに風魔法をぶっ放してきやがった。


「う、うわわあああ!」


 最初の悲鳴が僕だったことは覚えている。


「まだまだー! ドドドドドン ! デススパァーク!」


 魔王の攻撃は間髪入れず続いてしまい、完全に主導権を握られてしまう。みんなが反撃もできないままに吹っ飛ばされてしまい、それぞれが床に突っ伏してしまう。なんてことだ。開始していきなりの全滅の危機だなんて。


「く……まさかこれ程とは」


 僕の後ろで父さんが立ち上がろうとしてる。


「痛いわねえ……レディになんてことをするのよ」


 マナさんの声が聞こえた。自分ばかりが休んでいられない。僕はなんとか重くなった体を起こすと、パティも同時に剣を支えに立ち上がっていた。


「負けぬ……俺は結婚したばかりだぞ」


「ワシはまだ……覗き足りん」


 ガーランドさんとマルコシアスさんが何か言ってるけど、気にしないことにしよう。このまま正面から戦っても勝ち目はなさそうだ。魔王は体を揺ら揺らさせながらこっちの出方を伺ってる。


 何かないのか? アイツに弱点は。

 物理攻撃ではほぼ倒せないだろう。何よりHPが高すぎる。更には回復魔法の最上位フルイヤースがある。どんなに追い込んでもあっという間に全回復されてしまう。


「パティ……アイツに勝てるとしたら魔法だ。アイツが弱いと思われる魔法を叩き込んで、回復される前に押し切るしかない」


「魔法……で、でも。何に弱いのか解んないよ」


「クククー。どうしたのだ勇者よー! お主の力を我に見せるのだ。全滅しちゃってもいいのか? いいのか? んん?」


 う、うぜえな。完全にこっちをからかっていやがる。普段からアイツは変なところの多い奴だった。モンスターのくせにやたらと綺麗好きだし、お節介だし、恋愛ものに……恋……愛?


 そうだ! あったじゃないか。僕ら全員の力で一気に叩ける魔法が。僕はパティの側に駆け寄る。


「パティ! この四ヶ月ここにいて解ったが、アイツは愛に弱い! 今こそあの魔法を使う時だ」


「愛……あ! 一緒に練習した。あの魔法?」


「そうだ! みんなぁ。今から奴に合体魔法を使う! パティに従ってくれ」


「むむ? なんじゃなんじゃ。お主ら……一体何をする気だ?」


 魔王は興味深げにまじまじと見つめてくるが、未だに攻撃してくる気配がない。余裕をかましているのかもしれないが、それがお前の命取りになるはずだ。


「みんな、私が魔法を発現させるので、自身の体が光ったらMPを送ってください。念じていればなんとかできます!」


「オ、オレモ?」


「アンタもよ! いいから手伝いなさい」


 ゴーレムが自分を指差している。ベーラが奴を小突いていた。みんなの中にどよめきが起こるが、彼女は剣を鞘に収め盾を背負い、まずは両手をダラリと下げて青い瞳を閉じる。


「な、なんだなんだ? ワクワクー」


 魔王の奴、どうしてこう発言が軽いんだ? それはいいとして、勇者はすぐに黄金色の輝きをまとい始めた。僕と練習した時とは色が変わっている。続いて僕の体に緑色の光が巻き起こり、仲間達全員がそれぞれ異なる色に包まれ始めた。


「初めて見るよ。これがあのラブデインか……」


「私も初めてだわ。これならきっと!」


 ルフラースの感心するような声とマナさんの希望に溢れた声が共鳴しているようだった。この魔法はパーティ全員の力だけではなく、きっと心も一つにする魔法なのだろう。体が浮かんでくる。気がつけば僕たちは勇者の後ろに並んでいるようだった。


 パティは僕らより体一つ分上空に浮かび上がり、みんなからのMPを受け止め続ける。あらゆる色の光がキラキラとした線のように注がれ、彼女の後ろ姿はまるで神のようだった。


「か、感じる……。みんなの力が……私に」


 力と同時に僕らは共有していた。それはあらゆる形の愛。親子愛、師弟愛、友愛、姉妹愛……そして、僕と彼女の愛。


「こ、ここ……これは。ならば我も全力じゃ!」


 魔王は闇の力を両手に集め始める。六つの手を体の中心に持ってくると、禍々しい呪いの塊にしか見えない黒い玉が発現した。これが魔王の全力か。もう全ては預けた。僕は恐怖に負けないように、勇者を信じて叫ぶ。


「今だ! パティー」


「え……えええーいっ!」


 彼女は叫び声とともに右手の平を前に突き出した。全ての色が融合したキラキラと輝く巨大な光線が魔王めがけて解き放たれる。あらゆる光の共演は、まるで現実離れした景色を見せてくれる。


「喰らえ! 闇の嵐を!」


 魔王もまた渾身の一撃を発射した。僕らはもうただ光と闇のぶつかり合いを眺めるのみだ。煌きすぎて周りが見えないくらいの輝きと、全てを染めようとする闇。二つの力は一歩も引かないように見えた。


 だが優劣を決める瞬間は訪れる。押し合いの最中、グングンと片方の力が押し込み始め、やがて猛烈な衝撃が魔王の間に広がっていった。

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