第68話 幼馴染みは僕と再会した

 巨大な階段の踊り場にいた僕は、元父だった男ガルトルに吊るし上げられていた。


 不意に奴の腕を左手でつかんだ時だった。どういうわけか身につけていた腕輪が光りだしたんだ。そうだったと僕はハッとする。この腕輪には父さんが魔法を込めていたんだった。でも今回の場合、あまり役に立たなそうな魔法が入っているはずだ。できれば攻撃魔法が良かったのに。


「むう……魔法を備えていたのか……」


 魔王軍幹部は腕輪を凝視していたが、輝きが強まる程に見ていられなくなったらしく、僕を離そうとした。


「何!? は、外れないだと! う、うおおおお」


 光は僕とガルトルを含めた周囲全体に広がっていく。まさか……実は自爆魔法だったとかいうオチじゃないよな。背筋を震わせながらも、なぜか身体中が軽くなったような感覚にとらわれる。世界は真っ白になり、まるで僕はただ一人の生存者みたいに取り残される。


「これは……なんだよ。幻覚か?」


 何もかもが白い世界に、うっすらとした映像が浮かぶ。それは今までの人生の記憶。魔王城に拐われた時から巻き戻されていく。そして父さんと一緒に暮らしていたシーンで映像が止まり、困惑しつつも僕は納得する。やはりガルトルは父さんだ、間違いない。


 父に連れられて何処かに遊びに行ったり、叱られたり褒められたり……あらゆる情景が浮かび上がっては消え、いつの間にか涙が溢れてくる。


 どうしても僕はもう一度父さんに会いたかった。そして昔は、一人前の冒険者になって認めてもらうんだと夢を持っていた。今はどうだろう。幼い頃の夢は散った。でも、夢はたった一つじゃない。ダメだったら新たな夢を探せばいい。新たな道を探せばいい。


 白い世界の中でもう一度自分の今までを、そしてこれからを考える。僕の中にはまだまだ希望がある。アカンサスで暮らし続けることだって悪くはない。だって僕には、パティがいるんだから。


 そう思えた時、白い世界から僕は解放された。


「ト……アキト! 起きるんじゃあ!」


「ん……んん。あ、あれ……ここは」


 強く体を揺すられていたことに気がついて、僕はようやく目を開けた。どうやら眠っていたらしい。やっぱりあの階段の踊り場にいる。


「マルコシアスさん……あ。父さん、父さんは!?」


「あそこにおる。……ほんに不思議なことが起こったが、今はまだ目を覚まさん」


 老人の指先を目で追うと、確かに一人の男が倒れている。その姿に衝撃を覚えて、体の痛みを堪えつつも僕は立ち上がる。仰向けに倒れている男の肌は人間の色に戻っていて、すっかり父さんそのものだった。


「父さん……父さぁん!」


 必死になって駆けつけ上半身を抱き起こして揺する。もしかしたらさっきの魔法で、モンスターから人間に戻ったということなのか。涙で視界がめちゃくちゃになっていることも構わず必死で揺する。男らしい眉が一瞬歪み、ゆっくりとまぶたが開く。


「父さん! 僕だ、アキトだよ!」


「……アキト……。あ……ああ……」


 父さんの目が驚きに開かれていくようだった。やがて自分で上体を起こすと、僕の頬を右手で触れてくる。初めて見る、涙目になった父の姿だった。


「アキト……お前。随分と逞しくなったじゃないか」


「思い出したのか? 僕らのことを」


「や、やったわい! やったー」


 マルコシアスさんが飛び上がっている。父さんは頷きつつ腰をあげ、僕もまた立ち上がる。胸の奥が熱くなってくる感じがした。


「ああ、思い出した。全てをな。そうだった……俺は魔王城に着いた時、モンスター達と同士討ちになった。そこで瀕死をさまよっていた俺は、魔王にモンスターにしてもらうことで一命を取り留めたんだ……」


「良かった! おふくろはずっと父さんの帰りを待ってるんだ! 僕だって会いたかった」


 なんだか抱きつくのは照れくさかった。伝えたいことを必死で叫んでしまう。父さんは以前と変わらない困り顔を僕に向けると、


「すまなかった。本当にすまなかったな。母さんにはしっかり謝る必要がありそうだ」


「きっと半端じゃなく怒るぜ。今でも怒らせると怖いんだ」


「ルトルガーよ。本当に生きていて良かったわい……」


「マルコシアスさん? ははは。あなたは変わってませんね、」


 僕らがようやく落ち着いた時、帰り道を塞いでいたバリアが解除され、階段を駆け上ってくる人達がいる。


 ああ……なんて懐かしい顔だろう。先頭を走ってくる彼女が、僕の名前を叫んでいる。金色の額当てと青い鎧、ルビーを埋め込んだような美しい盾と、龍を思わせる飾りをつけた剣を脇に差していた。でも変わってない。四ヶ月前に離れ離れになった時と。


 会いたかった。どうしてもお前に会いたかった。僕は呼びかけに応えて自然と駆け出していた。


「パティ……パティー!」


「あ……アキトぉ。アキト!」


 階段を数段降りたところで抱き合い、お互いに言葉にならない声を上げる。そんな僕らを囲むように、仲間達がやってきた。


「あらあらー。なかなか見せつけてくれるじゃない。美女と野獣みたいな組み合わせね」


「うわっ!? べ、ベーラ!? ……どうしてお前が」


 僕はビックリして飛び上がり、思わず離れてしまった。ぷくーっと不満げに頬を膨らませる幼馴染。


「今まで黙っててごめんなさいね。実は私の姉さんなの。時間がないから説明は省くけど、もう仲間なのよ」


 マナさんが苦笑いを浮かべて説明をしてくれたが、ハイそうですかとすぐには納得できそうにない。あの暴れん坊女幹部が仲間に? 世の中は矛盾と不思議でいっぱいだ。更に気になることはあった。


「ガーランドさんがタキシードなのは一体……」


「わ、私も気になってた! でも必要だったんだって」


 パティも知らなかったのか。全く謎だ。ガーランドさんは何も応えずに黙っている。タキシードに斧と盾を持っている姿は新鮮というか、なんというか。そして彼の背後には明らかにゴーレムがいる。襲ってこない様子だから、敵ではないのか?


「再会の挨拶は、帰ってからゆっくりしたほうがいいんじゃないかな? そちらの方が落ち着かない様子だし」


「え? そちらの……ああ! 父さんだ! 僕の父さんなんだよ。魔王にモンスターにさせられて、それで」


 ルフラースの懐かしい微笑に向かって慌ただしく説明する。パティはあっと驚いた顔をして固まる。


「ほ、本当だ! おじさん、お久しぶりです。この度はご機嫌うるわしゅう、」


「コホン! 挨拶してもらっているところ悪いが、お前達の役目はこれからだろう?」


 父さんの言葉に、談笑ムードだったみんなが真剣な眼差しに変わる。そうだった。ここまで来たんだから、勇者やみんなにとって、挑まなくてはならない相手がいる。ベーラがチラチラと下のフロアを気にしていた。


「早くいかないとヤバイわよ。一応下のバリアは残しておいたけど、アルゴスとネクロなら破壊するまでさして時間は掛からないわ。さっき血眼になってバリアに魔法剣をブチ当ててたしね。急ぎなさいよ」


 だがここでパティの様子がおかしくなったことに僕は気づいた。うつむいて考え込んでいる。さっきまでの元気な顔が嘘みたいだった。


「どうした? パティ」


「ん……。アキトはここで連れ戻せたし。その……」


「勇者ちゃん」


 何かを察したようなマナさんがパティの両肩を掴んで、正面から向かい合う。


「ここでやめても、魔王は何度だって挑んでくるわ。またアッキーを拐うかもしれない。今度は無事に救出できるとは限らない。結局は、私達戦うしかないのよ」


 次の瞬間、マナさんはパティを抱きしめた。まるで痛みを分かち合うみたいに。


「……戦うしかないの」


「……は……い」


 パティの肩が小さく震えていた。背中越しだったから解らないけど、マナさんから離れると腕で目の辺りを拭っているたような気がする。そして脇に差していた剣を抜いて天に掲げ、


「決着の時は来ました。みんな……これから一気に魔王の部屋に突入しますっ。私に続けー!」


 ルフラースやマナさん、ガーランドさんにマルコシアスさん、ベーラによく知らないゴーレムが大声で彼女に応える。父さんは満足げに微笑を浮かべていた。


「す、すげえ。気合い入ってんなパティぃい!?」


 パティは勢いよく走り出した。そしていつの間にか僕の腕を掴んでいる。転びそうになりながらもついて行くしかない。


「ここまで来たらアキトも戦うんでしょ!? 魔王と戦うのが夢だって言ってたよね?」


「は、ははは。マジかよ。僕は役立たずだぞ」


「大丈夫! ちゃんと棺桶は持って帰るから」


「おいおい! 僕は死ぬ前提かよぉ!? ちょっと待ったぁ!」


 相変わらず強引な幼馴染に引っ張られ、父さんとベーラと見知らぬゴーレムを加えた大所帯は、魔王の間に駆け上がって行った。

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