第67話 戦士はいつだって空気を読まない

 アキトが魔王軍幹部ガルトルに立ち向かっていた頃、僧侶マナは同じく魔王軍幹部であるベーラと戦っていた。


 だが、二人の実力差はあまりにもかけ離れている。マナが魔法を放とうと、打撃で勝負に出ようと、ベーラは玉座から動くまでもなく全てを防いでしまう。何度も魔法で反撃を受けて階段から転げ落ち、ものの数分もしないうちにマナが着ている魔法の法衣はボロボロになった。


 床に突っ伏してもなお、僧侶は諦めない。


「う……うう……」


「あははは! どうしたのマナ。お得意の回復魔法を使わなくなったみたいだけど。もしかして、もう魔力が尽きちゃったのかしら?」


 マナはよろけつつも、槍を床に立てて何とか立ち上がった。


「アンタも大変ねえ。魔王を討伐するとか、アタシを止めるとかいろいろ考えちゃってるみたいだけど、ただの人間にできることなんてタカが知れてるわ。アンタもこっちに来る? どうしてもって言うのなら、魔王様に紹介させてあげてもいいわよ」


「ふざけないで! 姉さん、もうこんなことはやめて。魔王の部下なんか辞めて、アカンサスに戻りましょう!」


「冗談キッツイわー。アンタってば、いつからそんなおバカさんになったの? さっきから嫌だって言ってるでしょ」


 二人が会話を続ける中、何かが部屋の中に飛び込んできた。


「ぬわー! や、やりおるなゴーレム……む? マナ! 大丈夫か!?」


 床に転がりつつもガーランドは直ぐに立ち上がり、疲労困憊しているマナを見つける。そして更に先にいる存在を見上げた。ゴーレムが地鳴りを立てて一歩一歩大股で部屋に入って来る。


「ふん! さっきから暑苦しい声出して吠えてたのはアンタね……」


 ベーラはいつものように流暢に語り出そうとしたが、舌が途中で止まってしまう。玉座から立ち上がり、今度はマナと再会した時よりも驚いた顔になった。


「やはりお前だったのだな。ベーラよ」


「ガーランド……あ、アンタも勇者のパーティメンバーだったの」


「ベーラ様ノ敵! 排除スル」


「待ちなさいゴーレム! そこで待機していなさい」


「ハ、ハイ。了解」


 ベーラはのっしのっしと歩いてきたゴーレムを止め、大きな溜息をつく仕草をする。しかし眠気などは全くなく、実のところは演技に過ぎなかった。


「今日は厄日だわ。こんなに因縁のある過去の産物にばかり出会うなんてゲンナリもいいところよ。ガーランド、アンタもアタシを連れ戻したい、とか言わないわよね? 戦いに来たのでしょう」


「お前の返答次第では戦いになるだろう。あるいは……」


「あるいは? なんだか意味深なこと言うじゃない。筋肉バカにしては珍しいわ」


 マナは少しずつ後ずさり、ガーランドのところへ近づいている。二人の会話には割って入ろうとせず、ただ黙って聞いていた。


「お前の為に用意してきたものがあるのだ。今こそそれを見せる時! ぬぅううんっ!」


 ガーランドが両手を肩よりも上にあげて拳を握り、思い切り筋肉を膨張させると、見にまとっていた鎧が弾け飛び兜が外れ、服も全てが破れていく。


「な、ななな……何してんのよっ!?」


 ベーラは動揺して目が点になっているが、マナはさして動じていなかった。ブカブカに見えた鎧や衣服の中から現れたのはタキシードだった。戦士の服装から一転したガーランドは厳かに歩き出す。


「昔、俺には剣さえあればいいと思っていた。そして酷く鈍感だった。お前が好意を寄せてくれていることにも気がつかなかったのだ。あれが告白だったことに気がついたのは、半年程経ってからだ」


「は、はああ!? 別にあんなものは告白でも何でもないわっ! アンタがどうしてもって言うなら、アタシが仲良くしてやってもいいわって意味だったのよ。勘違いしないで!」


 ベーラは頬が朱に染まり、自分から階段を降りつつ叫ぶ。タキシード姿になった戦士は動じることなく階段を登り続ける。二人の距離が徐々に近づいてきた。


「いいえ。姉さんは嘘をついているわ。私には隠したってダメよ」


「よ、余計なこと言うんじゃないわ! こ、この。来ないでよ……今更何のつもりなの!?」


 ベーラはガーランドを殺そうと思えば直ぐに殺せた。しかし彼女は、もうすぐそこまで迫りつつある彼を殺さない。徐々に後ずさることしかできない。


「い……今更、勝手なことを言うようですまない。だが聞いてほしい。実は俺も、本当はお前のことが好きだったのだ。だが元々こういうことは苦手で……。あの時のことを後悔している。そして……お前に受け取ってほしいものがあるのだ」


 ベーラはどうしてよいのか解らず、玉座の前でオロオロしているようだった。マナにとって、そんな彼女の姿を見たのは初めてのことだった。


 アカンサスにいた頃、彼女はいつもマナを守っていた。貧しかった彼女の支えは姉だけだった。だがガーランドに振られてからというもの、元々高かったプライドが傷つき、街にいることが辛くなっていった。そして彼女はマナが大きくなった時、アカンサスから出て行った。


 マナが引き止めてもベーラは聞かなかった。そして数年後、風の噂で魔王軍幹部に女性がいることを知る。話を聴くほどに、あまりにもベーラに似ていると思い、マナは真相を突き止め、彼女を取り戻すべく冒険者になる決心をした。


 階段を登りきったガーランドは、玉座の少し手前で片膝をつく。ベーラは今更になって右手から魔法を放つ準備を始める。


「いい加減にしなさいよ。魔王軍幹部にまでなったこのアタシをコケにするつもりなの? いいわ……殺してあげる! この筋肉バカ!」


「お前をコケにするつもりなど毛頭ない。俺からのお願いだ。これを……受け取ってくれないか?」


 ガーランドは懐から白く小さな箱を取り出して、丁重に両手で彼女の前に差し出す。遠目に見ていたゴーレムが動揺して声をあげる。


「ア! ソ、ソレハ……」


「な、何その箱……も、もしかして。ガーランド、アンタ……」


 白い箱が開き、中から輝く指輪が現れる。ベーラは両手を頬に当てて眩い輝きに魅入っていた。


「ベーラ……俺と結婚してほしい」


 魔王軍女幹部は絶句した。脳内が真っ白になってしまい、次に自分が言うべき言葉も、どうしてよいのかも解らない。一分ほど固まってから、ようやく口が開いた。


「ば……馬鹿なんじゃないの? アンタって本当に。昔から思っていたけど、こんなところで。プ、プロポーズとか……する? 普通」


「す、すまん。どういう場所ですれば良かったのかが解らん」


「別に謝らなくていいわよ! 受け取るって本気で思ってるわけ?」


「やはり……ダメか」


「妹も部下も見てるのよ。恥ずかしいったらないじゃない! ……ただ」


 彼女は両手を組み、シャンデリアを眺めているフリをしながら、


「受け取らないとは言ってないけど」


 ガーランドが顔を上げる。彼もまた数秒ほど返答に詰まってしまう。無骨な男の瞳には珍しく光るものがあった。


「ほ、本当か? つ、つまり……」


「ま……まあ。アンタが、どうしてもって言うなら、受け取ってあげても……いいかなって」


 彼女はいい終えると、静かに左手を開いて前に出した。そっぽを向いている顔が真っ赤に染まっている。


「姉さん……おめでとう」


「ウ、ウオオオ! ベーラ様……メデタイ!」


 広間で見上げるゴーレムはガッツポーズを決めた後拍手を始める。ベーラはゆっくりとガーランドに指輪をつけてもらいながら、


「ゴーレム! うるさい! それから……マナ。急だけど、アタシそろそろ怠くなってきたから、仕事辞めるわ」


「ほ……本当? 良かった……姉さんが帰ってきてくれるなんて」


 マナは抑えていた涙が溢れ出して止まらなくなり、姉は苦笑するしかなかった。


「なーに泣いてんのよ。じゃあ、チャチャっと残りの要件を終わらせて帰るわよ。ゴーレム……ついでだからアンタも来なさい」


「エ? ア……ハイ」


 ベーラは自ら赤い宝玉の一つを破壊してバリアを解除した。これでパティ達一行を阻むトラップは消え去り、ガルトルの待つ階段に進めるようになった。

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