第66話 僕とガルトルの戦い

 パティとルフラースは魔王城内を走り続ける。全体的に紫がかった不気味な回廊は、モンスターこそ出ないが精神をすり減らされるような思いがする。


 賢者は勇者の考えが気になり、一つ確認してみることにした。


「勇者! もうすぐ部屋に辿り着く。作戦はあるかい?」


「え、ええーと。特にないですっ。モンスターが出たら私が攻撃するので、ルフラースさんはサポートでお願いします」


「ふふ! 俺としては楽でいいんだけどね。早く……アキトに会えるといいね。いや、俺も直ぐにでも会いたいが」


「あ……あああ。アキト……アキトー!」


「あ、ちょっと待ってくれ勇者。速い、速いって!」


 余計なことを口走ってしまったと後悔しているうちに、パティはチーターよりも早く一番奥の部屋に突っ走って行った。アキトの名前を聞くと暴走する彼女の癖を忘れていたのだ。数分後、やっとのことで辿り着いた部屋の中にルフラースが入った時には、彼女は丸く二つの青い玉を手にとっていた。


「な、なんか……宝箱が一つあるだけだったんですけど」


「え? あ、本当だ。それはバリアの装置に違いないよ。僕に任せてくれ。……あれ? なんか宝箱の奥に書き置き的なものがあるんだが」


 ルフラースは宝箱の奥に入っていた紙切れを手に取り読み始める。


『こっちは正解ルートよ。良かったわね楽ができて。でも、反対側は地獄。覚悟して来なさい。 魔王軍幹部一強く美しい女 ベーラより』


 パティはハッとして反対側の通路を見つめる。ルフラースもまた動揺が顔に出ていた。


「あっちに敵の本体がいるということか。マナが危ない! 勇者、急ごう!」


「は、ははははいー!」


「う、うん。動揺するとやっぱりおかしな返事になっちゃうね……」


 内心呆れつつも、ルフラースはパティと一緒に反対側の通路へ向かって走り出す。先ほどよりも通路は暗く、闇が広がっているように感じられた。




「……お前は何を言っている?」


 魔王の間に続く階段の踊り場に立つ男が、僕の言葉に首をかしげている。自分でも本当にそうなのか解らないんだけど、肌の色以外は全て父さんと瓜二つだったんだ。隣に立っているマルコシアスさんも、驚きに口を半開きにして佇んでいた。


「ルトルガー……お主は確かにルトルガーじゃ! ワシを覚えておらんのか? マルコシアスじゃ。よく酒場で会ったではないか」


 そうか。マルコシアスさんも父さんと面識があるんだった。僕は信じられない状況に狼狽しつつも言葉を続ける。


「どうしてそんな肌の色をしているのか知らないけど、あなたは僕の父さんと瓜二つだ。他人の空似どころじゃない。忘れてしまったのか!?」


 男は無表情のままこちらの様子を伺っている感じだった。やがて脇に差していた剣を引き抜き、一段一段、噛みしめるようにこちらに降りてくる。


「ルトルガーなら知っている。俺が四年前に殺した男の名前だ」


「な、なんだって……」


 殺したという単語を聞いて身が強張ってくる。父さんと思わしき男が、実は仇だったっていうのか。僕らの間には、まだ三十メートル以上は距離が開いている。


「そうだ。まだ竜騎士として駆け出しだった俺は、魔王城に潜入しようとした冒険者ルトルガーを発見し、どうにか撃退した。だがハッキリとは覚えておらん。大怪我を負い、過去の記憶まで無くしてしまったのだからな。目が覚めた時には魔王城の一室で寝ていただけだった」


 黒いオーラが身体中から溢れ出している。到底僕らでは太刀打ちできない相手であることは間違いなかった。しかし僕は床に落とした剣を拾い上げる。


「同志よ、まさか奴と正面から戦う気か?」


「多分、結果的には戦うしかないと思ってます」


 返答として微妙だったけど、短い時間で考えながらだったから仕方ない。四年前、侵入しようとした父さんと戦い、深手を負いつつも撃退したと彼は言う。しかし、それと彼の容姿が父さんとそっくりなことがどう繋がるのだろう。彼はもう二十メートルの距離まで近づき、足を止める。


「くだらん法螺を吹いて撹乱させようとしているのかな。ステミエールについても調べたよ。なかなか便利な魔法じゃないか。お前は俺のステータスを見ているはずだ。ならば、小細工など弄したところで無駄だとわかっているはず」


「小細工なんてするつもりはない。一つ聞かせてくれ。さっきの話は誰から聞いた?」


「魔王様からだ。この後大仕事が控えている。殺さぬ程度に相手をしてやろう」


「魔王が嘘をついているとしたらどうするんだ!?」


「……何?」


 僕はきっと彼は父さんに違いないと確信し走り出した。喋れば喋るほど似ている。もう間違いない。そんな時、背後から何か赤い光が飛んできて体を包んでくる。


「チカラアゲールじゃ! これでお主の攻撃力は二倍じゃぞ! 援護は任せろ。ブチかましてやれい!」


 背後からマルコシアスさんが叫んだ。走り出す足が加速していく。父にしか見えない男に僕は渾身の袈裟懸けを放っていく。しかし魔王軍幹部で最も強いとされている男は、何の苦労もなく右手に持った赤いつるぎで捌いた。


「くぅっ! まだまだぁ」


「無駄なことを……」


 目前にいる男の身長は190センチちょっとで、やはり父さんと全く同じ体格だった。頭一つ分ほど僕よりも大きいが、怯んでなんていられない。あらゆる角度から斬撃を見舞い続ける。しかしどんなに繰り出したところで、奴は顔色一つ変えることもなかった。


「やっぱりアンタは僕の父さんだ。この剣の受け方、かわし方……まるで同じだ。あの頃と!」


 僕は小さい頃から父さんと剣の稽古をしていた。あの頃はムキになってブンブン振り回していただけだったが、何となく動きの癖は覚えられるようになっていた。それでも一発も当てることができなかったが、今全く同じ動きをする者が目の前にいる。


「まだ言うか! 人質だと思って丁重に扱っていれば図に乗りおって」


「あぐ!」


「アキト殿! お、おのれルトルガー!」


 不意に放ったやつの回し蹴りが横っ腹にヒットして、僕は弾き飛ばされて踊り場を転がっていく。内臓が破裂してしまうかと言う衝撃だったが、これでもかなり手加減しているんだろう。本来なら殺されていた。


 近くで爆発音がした。うずくまりつつも目をやると、マルコシアスさんが爆発魔法を放ち続けている。しかしあの男は全く動じない。避けるまでもないと言わんばかりにただ立っている。やがて左手の指先をマルコシアスさんに向けると黒い気弾を放った。


「ぐわああー!」


「ま、マルコシアスさーん! う、うおおー」


 相当なダメージを一瞬にして負ってしまった魔法使いはうつ伏せに倒れこんでしまった。もう戦える状態じゃない。これ以上の追撃をさせるわけにはいかない。必死になって踊り場を駆ける。


「ふん。またさっきのじゃれ合いか。くだらんな……?」


 くだらないとか言われても、もう僕にはこれしかない。何度も叩き込んでいるうちに、奴の表情に奇妙な変化が現れる。心ここに在らずというか、考え事をしているようだった。


 僕は推測する。もし魔王が、記憶がなくなってしまったのをいいことに父さんにデタラメと共に力を与え、自分の部下にしてしまったということはないのだろうかと。


「父さん! きっとアンタは魔王に騙されているんだよ。本当はモンスターは倒されていて、嘘の記憶を吹き込まれたんだ!」


「……何を馬鹿なことを! ぐ……うおお」


「な、父さん? ぐあああ!」


 突然彼は苦しみ出し、不意に全身から吹き出された闇のオーラに僕は吹き飛ばされてしまった。またしても踊り場を転がり、今度は下に落下しそうになる。慌てて踏みとどまった。頭を押さえて苦しむ魔王軍幹部は、こちらを睨みつけて足早に迫ってくる。


「俺は人間などという弱い存在ではない! 人間は忌むべき存在だ。駆逐するために魔王様とともに俺は戦っているのだ」


「う……あ……」


 左手で僕は首を掴まれて持ち上げられる。殺されてしまうような気がして、内心恐怖が込み上げてきた。でも、やっぱり近くで見ると、もう間違いなく父さんだ。僕は泣きたくなった。再会したくてたまらなかったのに、こんなのありかよ。


「もう我慢ならぬ! 勇者を引き込むことには成功した。お前は既に用済みだ。殺してしまっても後でなんとでも説明はつく。何がアカンサスだ。何がルトルガーだ。何が道具……道具屋? ……ぐ!」


 また苦しんでいる。このままじゃ殺されてしまうというのに、なぜだか父のことが心配でたまらない。僕は左手で父に触れようとした。


 その時だった。海に行った時から離さず身につけている、左手の腕輪が輝き出したのは。

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