第65話 幼馴染は魔王城を駆け上がる

 アキトがマルコシアスと再会した頃、パティ達は魔王軍幹部アルゴスに襲われていたが、ほとんど相手をすることなく魔王城への侵入に成功する。


 大振りな一撃は俊敏でもあり、普通の人間ならばどうあがいても当たってしまい、そのまま骸とかしていただろう。だがパティが目くらましに光魔法を目に放ちつつ、ルフラースとマナ、ガーランドを誘導して城の中に駆け込んだ。城内に入ったパティは、彼女らしからぬ大声をあげる。


「みんなっ! 一刻も早く魔王の間に行きましょう。早くしなければモンスター達に挟まれます」


「了解!」


「解ったわ勇者ちゃん」


「おお! 最短距離で駆け上がってみせる!」


 三人は彼女を信頼しきっている。この四ヶ月の冒険は、やはりパティが勇者としてのセンスが高いことを証明し続ける旅だった。


 彼女達は急ぐしかなかった。圧倒的な魔物の軍勢と正面からやり合っては、恐らくパティ以外は死んでしまうだろう。飛び抜けた強さを持った勇者とはいえ、たった一人では魔王に勝てるとは思えない。とにかく早く魔王の間に潜入し、最短で倒した後アキトを連れて脱出する。それがみんなで決めたシンプルな作戦だった。


 四人はひたすらに巨大な中央階段を登って行く。恐らくこの階段を登り続けた先に魔王はいると勇者は予想する。しかし、簡単にはたどり着かせてくれないことも予想済みではあった。


 先頭を歩いていた彼女は、階層にして十階ほどの場所にたどり着いて足を止める。


「どうしたのだ勇者よ! このまま突き進むのだ」


 一番後方にいたガーランドは、どうしてここに来て勇者が足を止めるのか解らなかった。マナは階段の手すりを眺め続けている。右側にのみ薔薇の花が飾られているようだった。


「待ってくれガーランド。どうやらバリアが張られてしまったらしい。しかも……後ろにも」


 ルフラースは背後で何かが光ったのが見えた。前方の階段と同じように、降り階段にもバリアが発生した。まるでこのフロアに閉じ込めようと言わんばかりに。勇者の隣に立つと、先が見えない登り階段を見上げてため息をつく。


「これはマズイわよ。もし気がつかずに当たっていたら……」


 マナは道具袋から取り出した石を前に投げつけた。透明なバリアに触れた途端、固くゴツゴツとした物体が電撃のような何かに包まれ、あっという間に粉に変わってしまう。


「多分、このバリアには解除の方法があります。発生させているエネルギー源があるはずなんです。それも、この近くに……」


 ルフラースは腕を組んで考える。モンスター達はまだこの階には上がってこないらしい。もしここに上がってきても、バリアによってモンスター達も入ってこれない。罠を仕掛けた奴は、きっと自分達の力だけで勝利するつもりだと彼は推測していた。


「……この階の作りはシンプルだ。階段と左右の通路しかない。恐らく部屋も二つくらいしかないのだろう。だとすると発生させている装置も二つかもしれない。希望的観測だけどね。どうだい? ここは手分けして、バリアの発生源を叩くというのは」


 パティはすぐに首を縦に振る。マナとガーランドも頷いた。


「解ったわ。じゃあこうしましょ。私とガーランドが右。勇者ちゃんとあなたは左」


 僧侶の提案にルフラースは驚く。勇者と賢者は分けたほうが戦力的にバランスが取れるはず。どう考えても適切な割り振りとは思えなかった彼は、珍しく彼女を止めにかかった。


「待ってくれマナ。ここではどんな凶悪なモンスターが潜んでいるのか解らない。バランスを欠いたメンバーでは直ぐに死を招くことになるぞ」


 だが僧侶は全く動じず、むしろその声はいつもよりも精悍だった。


「大丈夫よ! この組み合わせにしてほしいの。私には解っているわ……この通路の先に何が待っているか」


「マナよ。もしや……あれか? アカンサスを出る時に話していたあれが、もうすぐ出るわけか?」


 ガーランドの問いかけに、マナは黙って頷いた。パティは答える代わりに左の通路を歩き出す。


「では行きましょう。ルフラースさん」


「了解……。マナ……気をつけてくれよ。本当に」


 去り際に僧侶は微笑む。ガーランドは決意を固めたように無表情で前を見つめ走り出す。アルゴスとネクロがバリアの前までやって来たのは、そのすぐ後だった。




 マナとガーランドは何処までも続くような長い通路をひたすら走っていた。奇妙なくらい景色が変わらない。まるで無限ループをしているのではないかと怖くなってくる気持ちと戦いながら、前だけを見続ける。


 やがて奥に光が見え、煌びやかな赤い絨毯やシャンデリアが姿を現わす。もう少しで室内に入ろうというところで、


「グオオオ!」


「ぬうう! アレはゴーレムキングだな」


 部屋の奥からモンスターが現れた。地鳴りと共にこちらに歩み寄ってくるのは、金色に輝く巨大なゴーレムだった。アルゴスほどではないとはいえ、二人だけなら充分驚異だと考えていると、モンスターは猛然と走り出した。


「ぬうううん!」


 ガーランドはマナの前に出て、巨大なゴーレムの突進を斧で受け止める。長旅で鍛え抜かれたパワーが拮抗しているように見えたが、ズルズルと金色の体に押され始めていた。


「マナよ! あまり時間をかけてはおれん。先に行け!」


「え……でも」


「俺のことは心配要らぬ。こんな奴屁でもないわ。急ぐのだ!」


「わ、解ったわ。絶対に死んじゃダメよ」


 マナはたった一人で部屋の中に駆け込んだ。見渡す限り赤い絨毯に敷き詰められ、いくつものシャンデリアが並び、薔薇の花がそこら中にひしめいている。そうだった。あの人は薔薇の花や宝石といった美を何よりも愛していたのだと、マナは思い出している。


 そして、部屋の中心にある長い登り階段の先に、赤と金に彩られた玉座があり、女が寝そべっていることに気がついた。


「あらあらー。流石は勇者ちゃん一行だわ。ちゃあんとバリアの仕掛けに気がついたのね。うふふふ。これよ、これ」


 まるで本物の女王のように大きな態度。エメラルドグリーンの髪に赤い口紅。黒いボディスーツはスタイルの良さを引き出していた。魔王軍幹部ベーラは、左手に赤い水晶を二つ持っている。


「あっちに二つ。そしてこっちに二つ。片方が上のバリアで、もう片方は下階段のやつよ。この石を砕ければバリアは解除されるわ……あら? アンタ勇者じゃないわね……」


 ベーラは何かに気づいたように、まだ遠目にしか見えない僧侶を観察する。少しずつ嫌なものに気がつき始めて立ち上がり、やがて自然と声が出た。


「あ……あああ。う、嘘……」


「何年ぶりかしら。私とあなたが再会するなんてね」


 マナの瞳は普段より潤んでいるようだった。対するベーラは少しずつ戸惑いが顔に現れ、ずっと彼女を凝視している。


「マナ……アンタ。もしかしてマナなの?」


「そうよ。随分と変わったじゃない。まあ、私も人のことは言えないけれど」


「ど、どうして……ここに来たワケ?」


「ふふ。なんだか距離を感じる話し方ね。僧侶になるって言ったでしょ。私は勇者のパーティメンバーなの」


「ふ、ふうん。そうだったんだ。あの泣き虫のアンタがね」


 魔王軍幹部として名を馳せた女は、余裕を取り戻したかのように口角を上げ、玉座に座り足を組む。しかし瞳の奥は先ほどとは違い、階段近くまで歩み寄る僧侶をしっかりと監視していた。


「やっと会えたわね……姉さん」


 ベーラは少しだけ黙っていた。数秒が数分に感じられるような重い沈黙を経て、


「はあー。全く面倒くさいったらないわ。まるで過去の亡霊に出会っちゃった気分。で? どうすんの? アタシとやり合うつもり?」


 マナは首を横に振り、懇願するように叫んだ。


「姉さん! もうやめて。魔王の手下なんかやめて戻ってきて!」


「それ本気で言ってるの? やめるワケないじゃない。アタシはここでどんな待遇か知ってる? これだけ広い部屋を貰ってるなんて序の口よ。何よりアタシは力を得た。人間なんて取るに足らない力をね」


「六年前……姉さんは私の制止も振り切ってアカンサスを出た。その先に本当にいい出会いがあったの? どんなに豪勢な部屋を貰ったって、人間を超えた力をもらえたって、結局は孤独なままなんじゃないの。あなたはいつもそう。自分の考えが正しいって思い込んでる、可哀想な人」


 ウンザリするように首を振った後、ベーラは静かに立ち上がってマナを見下した。部屋の外ではまだガーランドとゴーレムの戦いが続いていて、一人と一匹の唸り声が聴こえる。


「なんか暑苦しい声がするんだけど、アンタの仲間? まあいいわ。間違っているのはアンタよ。アタシが孤独だなんて勝手に決めつけないでくれる? アタシはもう全然孤独じゃない。全て正しい選択だったのよ。神様なんて信じるべきじゃないって、いつも言ったじゃない。そこだけがアタシとアンタの考えが違うところだった。今は自信を持って正しかったことを証明できるわ。こうやってね!」


 ベーラの指先から紫色の光が煌めく。次の瞬間強烈な黒い稲妻がマナに直撃し、部屋の壁まで彼女は吹き飛ばされてしまった。


「きゃああ! う、あう」


 ダンジョンで手に入れた魔法の法衣が、かろうじて彼女を致命傷から守った。壁に打ちつけられ前のめりに倒れてしまったが、すぐに起き上がろうともがく。自身の体に回復魔法を使い、ようやく立ち上がった。


「あはははは! ここまできたらもう姉妹じゃないわ。とっとと決着をつけましょうよ。アタシがこの六年間でどれほど素晴らしい力を手に入れたか。身をもって教えてあげる」

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