第62話 幼馴染の出発

 ベーラとかいう人間にしか見えない女幹部に連れられて行った先には、まるで王室の一つなんじゃないかと勘ぐってしまうような豪勢な部屋があった。


 室内に入った僕は、シャングリラや赤い絨毯、王様が使っていそうなデカイベッドにただただ面食らうしかない。


「す、すげえ……ここが僕の部屋か?」


 後から部屋に入ってきたベーラは、フン! と鼻を鳴らしつつも、


「そうよ。魔王様がご厚意で与えてくれた部屋なんだから、感謝なさいな。アカンサスの王室よりは遥かに豪勢でしょう。あたしにはとても耐えらんないわーあんな田舎。じゃあ、用があったら誰か来るから。それ以外でこの部屋から出ちゃダメよ」


 何がご厚意だよ拉致しといて。やっぱりモンスターの親玉連中というか、とにかく無茶苦茶だと思う。


「あ、あのさ。ちょっと待ってくれよ」


「は?」


 扉を開けて去ろうとする彼女を僕は引き止めた。魔王の間で喋っている時から、妙に気になっていることがあったからだ。


「僕とアンタって、どっかで会ってないか?」


 魔王軍の女幹部はクスッと口角をあげて笑う。どう見ても人間にしか見えない。


「なぁにー? お姉さんを口説こうと思ってるわけ?」


「いやいや! それは絶対にないけど。なんか似たような人に昔会っていたような気がして」


「完全否定するんじゃないわよ! 失敬ね。アタシとアンタは初対面よ。アカンサスなんてしょーもない田舎街にいたことなんてないわ。アンタみたいな細い男はタイプじゃないし。そうそう! バルコニーに出てみなさいよ」


 とにかく口が悪い奴だなと思いつつ、言われるままにバルコニーに出る。圧巻だった。まるでソシナの塔の屋上から見た眺めを思い出してしまう。灰色の世界の遥か下に、枯れきった大地や岩山が並んでいた。強そうなモンスターが空の上からも大地にも溢れんばかりにウロついている。こんな所から逃げ出すなんてとても無理だ。


「この光景……アンタにはどう見える? もう絶望しかないって感じでしょ」


 バルコニーで立ち尽くす僕と並んだベーラが、得意げに語り始めた。


「これは悪魔が作り上げた世界なのよ。神と悪魔……人間はどちらも存在しているって考えの奴が多数だけど、アタシは違うと思うわ。この世界には悪魔しかいないのよ。だから悪魔と仲良くした者だけが赤い幸福を得ることができる」


 こんな発言をマナさんが聞いたらきっと激怒しそうだ。


「違う! 神様だってちゃんといるさ。お前達は裁かれるんだ」


「あははは! 裁けやしないわよ。神と悪魔なら、あたしは悪魔を選ぶ。じゃあ、何かあったら使いをよこすから、間違っても逃げようなんて考えるんじゃないよ」


 まるで幻だったかのようにベーラの姿が消えていく。これはどんな魔法なのか解らないけど、どう考えても僕に叶う相手じゃなさそうだ。とても素晴らしいとは言い難い荒廃した世界を見下ろしながら、大きな溜息をつくしかなかった。




 アカンサス国王の謁見の間は静かだった。集められた四人の冒険者はそれぞれの思惑を胸に片膝をついている。


「では、お主達の正式な旅立ちにあたって、ワシから一言」


 国王ハラースは普段は気が大きく、動揺することなどない性格だったが、今回ばかりは緊張していた。


「今度こそ勇者殿が旅立つ。なんとしても魔王を討ち取り、人質となった少年を救い出して参れ。話すことは以上! 健闘を祈る!」


「ははっ!」


 勇者パティがまるで別人のような精悍な声で返事をする。彼女を筆頭に、賢者ルフラース、僧侶マナ、戦士ガーランドが頭を下げた。そして謁見の間を去っていく彼らの姿は、今までとは違い強いオーラを放っている。感心するように大臣が唸った。


「変わりましたな……勇者殿」


「うむ。愛は世界を救うんじゃよ。大臣、よく覚えておけ」


「恐縮ですが、存じておりましたとも」


「くううー! とうとう来たわ。このピリッと感を求めていたんじゃよワシは。いよいよ伝説の始まりじゃあ!」


 立ち上がってニコニコ顔になりガッツポーズを決めるハラースに、大臣は咳払いをしつつ、


「不謹慎でございますよ王様。まあ、いつものことですが」


 パティ達はひっそりと出ていくことになり、以前のように盛大な見送りはない。街門までは無言で歩みを進めていたが、ガーランドが足を止める。


「勇者殿、ちょっといいか?」


「……はい」


 自然と足早になっていたパティが足を止めて振り返る。戦士はいつもの豪放さとは違い、申し訳なさげに頭を掻きながら、


「今回の冒険が四人で行くことは知っていた。しかし、本当にマルコシアス殿ではなく、俺でよかったのか?」


 ルフラースはいつものように微笑を浮かべたが、マナは淡々と無表情のままだった。パティは頷くと、


「ガーランドさんでいいです。やっぱり、覗きをする人とは旅はできませんっ!」


「あ……そっちの理由だったか」


「着替えを覗かれでもしたら大変ですっ。私、怖くて一緒に冒険できません。クレーベの村で話を聞いたときにはホントにゾワゾワしました」


「う……うむ。そんなことがあったな」


 ガーランドはちょっと拍子抜けしつつも、納得したように彼にしては珍しく笑った。マナは何かを言いかけては躊躇していたが、そんな彼女の肩をルフラースが優しく叩く。


「今話したほうがいい。君にとっても、ガーランドにとっても……そして奴にとってもだ」


「……ん。あのねガーランド。マルコシアスじゃなくあなたを選んだのは、実はもうひとつ理由があるのよ。あなたの存在が必要なの」


「俺の存在が必要? 一体どういうことだ」


 マナは決心したようにガーランドに何かを話し始める。


「な、何だとぉー!?」


 戦士の目が大きく見開き、やがて大きな唸り声を上げてしまった。パティはマナの話よりもガーランドの声にビックリしていたが、彼女の脳内はやはりアキトのことしかなかった。


「私達は最短で魔王城に辿り着きます。待ってて! アキト」


 勇者達はとうとうアカンサスを出た。転移の祠からサフランの国へ向かい、次々と障害を乗り越え先に進んで行く。大陸に渡り盗賊団を懲らしめ、、砂漠のピラミッドでは秘宝を見つけ、ついには船を手にして海に出る。


 やがて四ヶ月が過ぎ、彼女達は本当に最短で魔王城に辿り着くことになる。

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