第63話 幼馴染は魔王城へたどり着く

 僕が魔王城に軟禁されてからもう四ヶ月が経過している。


 ダメだ。余りにも退屈過ぎる。奴隷さながらの酷い目に逢うとばかり思っていたが、意外にもまるでお客様みたいな扱いを受けているというか、指定されているフロアから出なければ何もお咎めはなかった。


 衣食住はただだし、共同浴場はアカンサス城くらいのサイズで、やっぱりモンスターともなると何をするにもデカイ場所が必要なんだと驚かされた。魔王軍幹部ネクロとか、アルゴスとも一緒に入ったことがあるが、別段酷いことを言われるわけでもなく、意外に気さくだった。


 そろそろお昼過ぎになる。この四ヶ月毎日のようにしなくてはならないことがあったので、僕は使いの骸骨兵士と一緒に魔王の間にやって来た。


「うむ。アキトよ、今日も来たな」


「イヤイヤだよ。逆らって殺されてはたまらない。今日は一体何の用だ?」


 毎度のように身構える僕。もうこのやりとりをするのは一連の作業みたいになってる。


「ふむ……ヨッコラ先生の悪役令嬢シリーズ、読んでる?」


 あれか。この前僕の部屋の本棚に入っていた書籍だな。ここ数ヶ月、いつの間にか部屋の中に新しい本が支給されては、次の日になると魔王は感想を求めてくる。めんどくさい奴だ。


「あんなものは読まない! 僕は悪役令嬢シリーズなんてジャンルは興味すらないっ」


「えー、面白いのに?」


 白いカーテンの向こうで巨大な肩をすくめているのが解る。次に首を何度か横に振り、


「確かに男子にとって敷居の高いジャンルであることは認めよう。しかしだ。その敷居を乗り越えた先には、溢れんばかりの慈愛に満ちたストーリーと、息をつかせぬミステリー要素が混ざり合い、中盤からラストに至るまでページをめくる手が止まらなくなってしまうのだ。主人公が自らの破滅フラグを回避し幸せを掴む姿はもう……くうう! 愛だ! あの作品には堪らんほどの愛が詰まっておるのだ。我には堪らぬ作品じゃ!」


 今度は僕が首を横に振る番だった。


「実は最終的に終わらないままエタったりしてるんだろ。僕は騙されないぞ!」


「ほほう……。ヒロインがこんな子でも、お主は読まないと?」


 白いカーテンからはみ出して来た巨大な赤い手が、器用に本を摘んでいた。手だけでも人間の全身よりデカイのだから、カーテンの向こうにいるのはきっと怪獣サイズだろう。開かれたページにはパティに似てる女の子のイラストが描かれていて、僕はハッとして凝視してしまった。


「こ、このヒロインは……可愛い」


「ふははは! そうであろう。ちなみにレビューでは星4・2の評価を受けておる。これでも食わず嫌いしちゃう?」


 星4・2? 高い……間違いなく名作の予感がしてくる。


「……ぐ。暇だったら……読むかもしれない」


 僕は魔王の巧みな話術に負けた。こうして四ヶ月の間いろんな本を読まされてる。


「よし。では今日は何をするか。そうだな……チェスが良いかな?」


「ふん。何でもいい。僕にとってはどうでもいい」


 そしてもう一つ。チェスだボードゲームだという相手をさせられるのである。魔王って暇なんだろうか。部下に仕事を丸投げしているのかもしれないと思いつつ、あることに気がついた。


 この四ヶ月いろいろなモンスターに会ったし、魔王軍幹部とも顔を合わせることは多かった。だが、たった一人だけ絶対に会うことがない奴がいる。魔王軍幹部筆頭と言われるガルトルだ。


 骸骨兵士が持って来たチェスボードを眺めつつ、僕は魔王に質問してみることにした。


「魔王。勝負の前に一つだけ聞きたいことがある」


「ん? なんじゃ。いとしのパティがどうしているのか知りたいのか?」


「ち、違う! ガルトルのことだ。どうしてガルトルだけはここに来ないんだ?」


「ああ、ガルトルのことか。いや、毎日来ておるよ。ただ、お主とは、」


 魔王が言いかけていた時、赤く巨大な扉が開く音がして、巨大な鷹のモンスターが飛んできた。


「恐れ入ります魔王様! 大変でございます。勇者達が、勇者達が我らの大陸に足を踏み入れました。もうじき魔王城の入り口まで到達するかと」


「何だって! パティ……来てくれたのか」


 まさか彼女が本当に来てくれるなんて。あんなに冒険を嫌がっていたのに、僕のせいに違いない。申し訳なさと感謝が胸の奥からこみ上げてくると同時に、どうしてもパティに会いたいという気持ちが溢れ出そうになる。


 魔王は数秒ほど無言だったが、やがて白いカーテンの奥にある瞳が大きく開かれ、巨体がグラグラと揺れる。


「き、キター! とうとう来たか! 待っておったぞ我は。こうしてはおれぬ。アキトを部屋に戻せ。これより迎撃体制に入るぞ」


「はは! 早速連行します」


 部屋内にいた骸骨兵士が僕を引っ張って歩き出す。腕を引っ張られつつも僕は魔王を見上げて、


「もうお前はお終いだ。パティは絶対にお前になんか負けないぞ」


「ふふん……そう来なくてはなー。我も燃えてきたぞ。ふはははは!」


 魔王は僕の挑発的な発言も意に介さず、不敵な笑い声を城内に響かせる。奴の大きすぎる体から、黒紫の禍々しいオーラが溢れ出しているのが見えた。




 勇者パティと仲間達はようやく魔王大陸と呼ばれる決戦の地に潜入することに成功した。大地は草木が枯れ果てていて、空は常に暗雲が覆っている。身震いするような寒さに全員が体を強張らせる。


 この四ヶ月で見違えるように強くなった四人は、それぞれの想いを胸に魔王城に歩みを進める。途中魔王軍幹部ネクロが率いるゾンビ軍に襲われたものの、上手く掻い潜り走って行く。ネクロはパティ達を取り逃がしてしまい、躍起になって追いかけていた。


「このまま魔王城に突入しますっ。ゾンビ達の相手はしてられないので無視です」


「了解」


 風のように駆けるパティの声に、ルフラースは直ぐに反応する。ガーランドとマナも二人に続いている。先頭を走るパティは青い鎧に身を包み、剣や盾もダンジョンで見つけた特別なものだった。三人もまた現段階でできる最強の装備を身に纏い、準備は万全だった。


 しかし、魔物に襲われているような状況であるにも関わらず、パティには気になってしかたないことがあった。チラチラと後ろを走っているガーランドに視線をやる。


「あ、あの……ガーランドさん。どうして今日そんなに体がブカブカなんですか?」


「え? そ、そうか。俺は普段からこのくらい体が太かったはずだぞ。もしかしたら一晩で体重が増えたかもしれないな。ははは」


「あ、怪しい……。何かわからないけどすっごく怪しい」


 無理のある戦士の回答が、勇者の疑惑をさらに深める。マナは二人のやりとりを聞いて笑っていた。


「いいじゃないの勇者ちゃん。きっと筋トレの成果だわ」


 今度はマナの発言にルフラースが笑う。


「マナ、それは無理があるよ。筋トレの成果にしちゃ出来過ぎだ」


 灰色の大地を駆け抜け続け、とうとう全てのダンジョン中最も巨大な城に辿り着く。入り口はまるでドラゴンの口のように巨大で、ポッカリと扉が開かれている。直ぐに潜入できそうだとルフラースは踏んでいたが、なぜか先頭のパティが足を止める。


「どうした? 勇者! ここは一気に突き抜けないと危険だぞ」


「そうよ! ゾンビ達だって追いかけて来てるんだから」


「……何かいます」


「あの甲冑は……一体何者だ?」


 パティの次に気がついたのはガーランドだった。真っ黒な鎧に身を包んだ四メートルを軽く超えるモンスターが、自らの背丈とほぼ変わらない大剣を右手に持ち、大地を揺らしながらこちらに近づいてくる。


「魔王軍幹部、アルゴス……ダ。ソノ命、モラッテイク」

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