第61話 僕と魔王の初対面
「……ん。んん……」
それは安心できる夢だった。僕は両親と一緒に朝食を食べていて、パティが遊びにやってくる夢。いつもいいところで現実に引き戻されちまう。寒かったからなのか、気がつくと眠りから目覚めていた。
「……あ、あれ。ここは!?」
起き上がってすぐ、余りの驚きに瞬きを忘れて固まってしまう。黒と紫で統一されたようなおどろおどろしい風景。まるでアカンサスの謁見の間を黒く染めたような空間だった。だが、柱も絨毯も扉も……何もかもが巨大過ぎる。
そして目前には黒いローブを被った獣や骸骨兵士、ゴーレム達がこちらを取り囲んでいる。
「やっと目覚めたな。アキトとかいう道具屋の倅め」
ローブを被ったモンスターの一匹が喋った。一体どうなってんだ。
「お前らは何者だ? 僕はどうしてここに連れ込まれたんだよ」
「あらあら……ちゃんとデュラハンが説明していたじゃない。もう忘れちゃったワケ?」
暗い世界の奥から誰かが歩いてくる。この声は眠らされる前に聞いた女の声だ。ローブを着たモンスターやゴーレムが跪き、彼女の道を開ける。モンスターの中心で笑う女は物凄く不気味だが、どこか妖艶な美しさがあった。
「お前はたしか、ベーラとかいう奴だな。そうだった。僕は人質とか言われて。くそ! 僕をアカンサスに帰らせろ!」
ハイそうですかと聞いてくれる筈がないのは百も承知だが、こういう時はとにかく反抗しないと気が済まない。
「あははは! アンタはずっと軟禁される身よ。勇者がこの城にやってくるまではね。うーん。それにしてもねえ、あの勇者ちゃんが惚れるくらいだから、どんな男かと思って期待していたけど……アンタは豚ね」
「な、なんだと! 豚呼ばわりとは失敬な。この露出狂め!」
ピク……と眉を吊り上げた仕草を見て、部下と思われるローブのモンスター達がオロオロし始める。相当怖がっているみたいだ。
「き、きき貴様! 我らが魔王軍幹部ベーラ様に向かって、なんという失礼な言葉を吐きやがる!」
「結構結構。元気があっていいわー。これならしばらくイジメても死なないでしょ。アンタ……これからタップリあたしが、」
「ええい! 話が長いぞベーラよ」
全身に響くような重い声がして、ベーラはハッとした顔で振り向いてひざまずいた。
「申し訳ございません魔王様。小生意気なブサイク野郎に解らせてやろうと思ったのですわ。アルゴスめが失敗したようですが、このとおりフォローして連れて参りました」
口が悪いなこの女! 腹が立って仕方ないが、今は魔王のほうが気にかかる。僕の全身より何倍も大きな白いカーテンに包まれてあまり見えないが、禍々しい容姿をしていることは理解できる。これが魔王か。人類が倒さなくてはならない巨大な敵。僕は背筋が寒くなり、ちょっとだけ震えている。
「うむうむ。よくやったのだ! お前がアキトだな。もう名乗る必要もないが、我こそがこの世界を統べることになる存在、魔王じゃ。しっかり覚えておくように」
「わ、忘れようとしても忘れられるか! 化け物め」
魔王よりも早く反応したベーラが振り向き立ち上がる。あれ、なんかとっても嫌な予感がするとか考えていると、いつの間にか黒い鞭を右手に持ってツカツカと接近してくる。ある種の女王様にしか見えない。
「ああーん? 魔王様に向かってその口の利き方はなんなのよ。クソガキには教育が必要だわ!」
「ちょ、ちょちょちょ! 待った待った。僕は鞭とかロウソクとかは苦手で、」
腰が抜けてしまったのか、立ち上がれず体をずりずり後退させるしかない。ヤバイ、この女マジで女王様だ。
「ベーラ! もうよい。我にSMプレイを見せるでない。そいつは大事な人質じゃぞ。くうー! これでいよいよ勇者が魔王城にきちゃうな。宿命の対決が始まっちゃうな! 楽しみじゃ。我はメチャクチャ期待値が高まっておる。ベーラよ、解るか」
彼女は踵を返すと魔王の元へ再び跪く。あー……助かった。冷や汗を流しつつ胸を撫で下ろしていた。
「はい。解りますよ魔王様。私の功績により魔王様の願望が叶うなんて、光栄至極ですわ」
こ、こいつ……僕と魔王とですっごい喋り方が変わる。
「うむうむ! お前は話の解る奴じゃ。ではこの度の褒美を、」
「お待ち下され魔王様!」
呆気に取られていた時、ベーラがやってきた奥から老人の声が聴こえた。チッと前のほうで舌打ちが聴こえる。足早にこちらにやってきたのは、恐ろしく血色の悪い顔をしてローブを見にまとった爺さんと、身の丈は四メートルをゆうに超えていそうな黒い鎧を纏った巨人だった。
「あらぁー。ネクロにアルゴスじゃないの。どうかしたのかしら」
気味の悪いモンスター達は、魔王に一礼をすると跪きつつもベーラに体を向け、
「どうかしたのではないであろう! 貴様、アルゴスの手柄を横取りしたな!?」
「……んー? あたしが、アルゴスの?」
「何をすっとぼけておるか! デュラハンから話は全て聞いておる。せっかくそこの豚野郎を捕まえたというのに、お主が魔法で馬車を攻撃して奪い取られたと申しておったぞ」
アルゴスとかいうモンスターはうん、うんとばかりに頷いている。どうでもいいけど口の悪い奴ばっかりで嫌になる。
「ほほう。ベーラよ、ネクロの申しておることは本当か?」
魔王の問いかけに、何かの女王様みたいな奴は小さく体を震わせ始め、やがて体をのけぞらせて高らかに笑い声をあげる。
「あははは! ははは、はははは! す、すみません魔王様。そこのジジイと頭がすっからかんのデカブツが笑えない冗談を言うものですから、取り乱してしまいましたわ」
いやいや、笑ってるだろ。
「デュラハンの馬車が勇者の魔法によって大きな損傷を受け、私が落ちそうになった勇者の想い人を拾い上げて、怪我などしないように丁重に魔王城まで運んだ。これが正しい経緯です。彼らは自分の手柄にしようと、話を捏造しているのですよ。魔王様、騙されることのございませぬよう、お気をつけを」
あの拘束の一体何処らへんに丁重さがあったのか凄く疑問だが、とにかく僕は話の顛末を見守ることにした。
「ぬぬぬぬ! この化粧の濃い青二才小娘め! 捏造しておるのはお前のほうじゃあ! 魔王様、こやつに褒美など与えてはなりませぬ、むしろ厳罰を」
「ソウダソウダー……ウ!? グウウ」
あの鎧モンスターやっと喋ったんだけど、ベーラがキッと睨んでからまた大人しくなった。白いカーテンの奥からため息らしき音が聞こえる。
「お主達は何かあると喧嘩騒ぎを起こすな。ガルトルの苦労が我にも伝わってくるぞ。よいよい、ちゃんとお主達にも褒美を与えるから、これ以上喧嘩をするでない!」
魔王の一言に、配下達は急に静かになって頭を垂れた。やっぱり存在感が違うというか、大ボスという感じがしてくる。
「さて、アキトとやら。しばらくはこの魔王城で暮らしてもらうぞ。お主の部屋は用意しておる。この謁見の間より下のフロアにある一室で、3LDK冷暖房完備の至れり尽せりの部屋じゃ。何か欲しいものがあったら連絡するように。ではベーラよ、案内をしてやれ」
「承知しました魔王様。うふふふ! さあ行くわよ。とっとと歩きな豚野郎!」
「う、うわああ! なんでコイツに案内されるんだよぉ」
至れり尽くせりの部屋なんて絶対嘘だろ。僕はおっかない女王様風幹部に引っ張られ、自分の部屋とやらに連れていかれることになってしまった。
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