最終章 幼馴染の女子勇者は、最後の最後で旅に出る!
第60話 あの日、空の上で
やっとのことで想いが叶うと確信したその日に、私の側から彼はいなくなりました。突然過ぎて理解が追いつかなかったことを覚えています。
私はもっともっと自分の気持ちを、言葉を伝えたかった。でも何かが彼をさらったのです。
空を見上げた時に微かに見えたのは、浮かび上がる黒い馬車と、デュラハンと名乗る右手に首らしきものを持つ鎧。アキトは鎧に抱かれて高く飛びあがり、そのまま雲一つない空の向こうへ、連れていかれそうになっていました。頭の中は真っ白でどうしていいか解りません。助けられない無力な自分を呪うしかなかったのです。
そんな時、デュラハンが操る馬車に何かが衝突しました。彼方から飛んできた光の矢が、無数に飛びかかるように馬車に降り注ぎ、それが魔法だと理解できた時に彼女が空を飛んで現れました。
緑色の髪と黒いボディスーツを着た女性が、ロープのような物を使ってアキトを馬車から引っ張り出して、そのまま横取りするように何処かに飛び去ったのです。
ルフラースさんとマナさんが駆けつけた時には、もうアキトが空の向こうに消える一歩手前でした。
「なんだあれは……アキトか!? これはどうなっているんだ?」
いつもは沈着冷静だった賢者さんが、初めて驚き焦った声を出しています。マナさんはきっと私のすぐ後ろにいたのでしょうが、どういうわけか何も言いません。
「勇者殿? 一体何があったんだ? アキトはどうして……」
「きっと魔王に……彼はさらわれた。あのドラゴンの告げ口で本気になったのかも」
「あのドラゴン? 何の話をしている。マナ……マナ!? どうした」
「……え? ううん、別に」
マナさんはぼーっとしていたみたいでした。いつもの彼女らしくないと思いつつ、また私の頭は真っ白になっていきます。最高に楽しかった夏の思い出になる筈の一日が、こんな終わり方をするなんて誰が予想できたでしょう。
三人で浜辺から帰る時、いろんなことが頭に浮かんでは消えていきます。それらは全部アキトとの記憶です。彼との小さい頃からの思い出から、ついさっきまでのことが、まるで走馬灯みたいに頭の中を駆け巡り、言いようのない虚無感が押し寄せてきました。
今まで私はどうしても冒険に出たくなかった。魔王の呪いによってアキトと引き裂かれることが、嫌で嫌で堪らなかったからです。彼との生活が何より楽しくて、ずっと一緒にいたかった。本当は罪悪感に駆られていたけど、どうしても旅に出たいとは思えない。
アカンサスに戻ってから視界が涙で溢れ、ルフラースさんやマナさんの言葉も耳に入りませんでした。アキトのお母さんになんて言えばいいんだろう。私はこのまま街にいるのだろうか。頭の中に渦巻く感情と向き合っているうちに、気がつけば三日が過ぎていました。
私の家にはいろんな人がやって来ましたが、会う気にはなれませんでした。ルフラースさん、マナさん、ガーランドさん、マルコシアスさん。冒険云々じゃなくて、本当に心配してくれているのが伝わってきて、申し訳ない気持ちが押し寄せてきます。
国王様に報告した時も、アキトのお母さんに伝えた時も、私はまるで魂のない人形みたいに見えたのかもしれません。あまりの寂しさと、彼がどうなってしまったのか心配で堪らなくて、家にこもりながら悶々と考えを巡らします。
そうこうしているうちに、心の中に今までとは違う気持ちが芽生えてきました。アキトを助けたい。自分がどんなことになっても、彼を救いたい。私にはもう、それしか考えられなくなっていたのです。
本当は嫌で嫌で仕方がなかった魔王の討伐。でも心の中ではもう、自分の幸せより彼の命を思ってしまう自分がいたのです。今まで散々守ってもらっておきながら、彼を助けられないなんて、他でもない自分自身が許せない。
例え自分が呪われることになっても、アキトを救う。急遽王様の元へ向かった私は、ルフラースさん達を連れて旅に出ることを宣言しました。
そして私の冒険が始まったのです。
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