第56話 幼馴染は水着を買いたい

 ここはアカンサス城の謁見の間。

 国王ハラースは玉座に座り、いつになく真剣な顔で腕を組み考え続けている。


 謁見の間にはルフラースとマナ、ガーランドとマルコシアスが片膝をつき、王の言葉が発せられることを待っている。


「ふむむむ。恋する乙女は強い……つまりはそういうわけじゃな?」


 国王の意外な言葉に、リーダー役を担っているルフラースが戸惑いがちに顔をあげた。


「はい? あ! そうですね。どうやら勇者パティの気持ちは変わらないようです。変えることができない……というのが正しいかもしれません。我々の説得では今後も動くことはないでしょう」


 ハラースとしては残念な展開だった。いつまでも話の進まない状況を打破する為に、彼は考えていた最後の選択を提案するべく立ち上がる。


「よし! ルフラースにマナ、ガーランドにマルコシアスよ。こうなればもう致し方あるまい。お主らだけで旅に出るのじゃ」


 この言葉に真っ先に反応したのはマルコシアスだった。まるで伝染するかのように三人に驚きの顔が広がっていく中、年老いた魔法使いは狼狽した顔で、


「しかしながら国王様。みすみす勇者という存在を捨てて挑むというのは、どうにも……」


「解っておる! 皆まで言うな覗き魔法使いよ」


「ひえ!? な、何のことですかな。ワシにはさっぱり」


 マナがルフラース越しに、マルコシアスに凍てつくような流し目を送っている。ガーランドは何も答えられず固まっていた。


「フォッフォッフォ! ワシの耳に届いておらぬわけがなかろう。その年で風呂場を覗くという大冒険ができるなら、リアルな冒険だって問題ない」


「お、王様。いくら何でもその理論は強引過ぎます」


 大臣が思わず割って入る。


「ハッハッハ! 冗談じゃ。しかしお主達はパーティとしては悪くない。ちゃんと四人おるしの」


 冒険に出るパーティーメンバーは四人がベスト、というのはハラースの昔からの持論だった。


「冒険というものは、一人ではとても戦い抜くことはできぬ。二人ならば何とかいけるかもしれないが、長い旅路に二人きりでは、いつしか喧嘩が絶えず別れてしまうケースが後を絶たぬ。三人ならば組み合わせによってはパーティーが安定しよう。だが余程上手くやらない限り分け前だったり、戦いの分担で揉める。四人ならば戦闘も個々にしっかり分担できる上に、報酬も均等にわけやすく、内輪揉めも起こり難い。だから四人で行くのじゃ」


「ははっ!」


 ガーランドが一際大きな声で国王の言葉に従う意を伝え、他の三人もそれぞれの思惑はありつつも、賛同の意を暗に伝えている様子だった。


「では国王様。我々は旅立つ準備に入ろうと思います」


「ふむ! では実際に旅立つのはいつ頃になりそうかの? 勇者がいない今、ルフラースよ。お前をパーティーの正式なリーダーとする。何か困ったことがあればワシに相談するが良い」


「ありがたきお言葉。旅立ちは一週間後にしたいと思います。それでは、失礼致しました」


 ルフラース達は一礼をして謁見の間から去って行った。大臣が心配そうに四人の後ろ姿を眺めていることを察してか、


「安心せい。彼らとて恵まれた才能を持つ冒険者達よ。勇者がいなくとも、しっかりやってくれるだろう」


「今日の国王様は真面目でしたね」


「うん? ワシはいつだって真面目じゃよ。国王の鏡じゃな。ハッハッハ!」




 クレーベの村の話も終わったし、幽霊騒ぎも終息した。後はまたのんびりとした日常が続くだろうという僕の考えは、どうやら甘かったらしい。


 入り口の鈴が鳴りドアが開いた。道具屋のカウンターでお客さんを待っていた静かな時間は、幼馴染勇者の登場によって一気に騒がしくなる。


「アキトー! ねえねえ、聞いて聞いて」


「どうしたんだよパティ。とうとう冒険に出ることになったのか?」


「違いますっ。私が気にしているのは冒険じゃないの。海なの、リゾートなの!」


「ああ、はいはい海ね。それがどうかしたか?」


「海っていったら水着が必要でしょ? 私まだ水着持ってなかった。ねえ、一緒に買いに行こ」


 突然の誘いに戸惑うしかない。ちょっと待ってくれ。女子が水着を買いに行く時って、男も一緒に行くのだろうか。一部の人間としか付き合いのない僕には判断しかねる話だった。多分違うんじゃないかと推測しているんだけど。


「え? 僕と一緒に買いに行くって? 水着くらい自分だけで買いに行けばいいじゃないか。何着たって変わらないだろ」


「酷い! アキトってば、私が何を着ても変化がないって言いたいの。私だってビーチ補正がかかるのだっ! っていうか、アキトは水着持ってるの?」


「ビーチ補正ってなんだよ! ……持ってない。適当に買っておこうかとは思ったが」


「じゃあ一緒に買おうよ! 私がアキトの水着選んであげるっ。楽しみ!」


「やだよ。どうして僕が女子と水着を、」


 言い合っているうちに静かに来客を告げるドアの鈴が鳴った。こちらも見慣れた顔だった。


「やあ。また楽しそうにお話ししているみたいだね」


「あ……ルフラースさん、こんにちは」


「別に楽しいわけじゃないぞ。逆に災難だ」


 ぷくーっと頬を膨らませて、反抗したい気持ちを全面に押し出している幼馴染をよそに、ルフラースは店の中を回って買い物カゴにポーションや毒消し草を入れ始めている。


「そんな楽しいやり取りも、もうしばらく見れないと思うと、ちょっと寂しいかな」


「え? 見れないって、どういうことだ? またクレーベに行ったりするのかよ」


 カウンターに買い物カゴを持ってきたルフラースは、苦笑交じりに長い髪の毛を掻き分けると、


「俺達はいよいよ旅に出ることになったんだ。勇者殿は抜きでね」


「……え……」


 パティの目が点になっている。言葉は出なかったが僕もきっと同じ顔をしていただろう。


「冒険に出るのかよ! いつだ? メンバーは誰なんだよ?」


「一週間後さ。俺とマナ。ガーランドさんにマルコシアスさんだ。なかなかバランスがいいだろ?」


「そ、そうだったんですか。……冒険に、出ちゃうんだ」


 イケメン賢者はカウンターの近くで、まるで悪いことをして叱られる前の子供みたいに落ち着きなく立ちすくんでいた。僕はルフラースが持ってきた商品を梱包しながら、


「何だか急な話だな。てっきり、パティがいないと絶対に旅に出ないのかと思ってた。マナさんとか本当に」


「ははは。マナはやっぱり残念そうだったけど。この際仕方ないって言ってたよ。無理強いするわけにもいかないからね。国王様はそういう方針だし、俺も同じ考えだ。それなら出る結論も一緒だ」


「あの……ごめんなさい……」


 パティはさっきまでのハイテンションが吹き飛んでしまって、まるで葬式の会場にやってきたみたいに静かになっている。いつもよりも青い瞳が潤んでいるようだった。


「気にすることはないよ、勇者殿。俺としては、最後に君達と思い出作りでもしておきたいところだけど……」


「思い出作り……そうだ! お前とマナさんも一緒に行くか? アカンサスの浜辺」


「え? アキト、二人も連れて行くの?」


「ああ。きっとみんなで行ったほうが海は楽しいんじゃないか? お前もそう思うだろ」


 ルフラースは少しだけ考える仕草をしたが、やがて目を細め首を縦に振った。長い間会えないことになるのなら、できれば最後に一度遊んでおきたい。


 本音を言えばそれだけではなかった。実際にパティと二人で海に行ったら、僕は心臓が壊れてしまうくらいドキドキして何もできなくなってしまう可能性もある。クレーベの村で一緒に花火を見て以来、以前よりも彼女が気になってしまう自分がいたんだ。


「そういえば今はシーズンだったね。マナが聞いたら喜ぶと思うよ。これから彼女にも伝えてみる。じゃあ俺はこれで」


 友人はいつだって涼風みたいにいなくなってしまう。今度は長い別れになってしまうことを考えると、少しだけ寂しさが募ってくる。パティは何も言えないでいたが、海水浴のメンバーに入れることは反対ではないようだ。


「……じ、じゃあアキト、明日は買い物に付き合って!」


「うわ! 話を戻しやがったな。買い物かぁ。まあ、行くしかないか」


 次の日、僕とパティは水着を買いに行くことになった。

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