第55話 幼馴染と宿屋のモンスターを追いかける

 僕の人生でも、ここまで怪しい老女達を見たことはなかった。そう断言できるくらい危険な香りを漂わす二人が振り返った時、人間でもなかったことに気がつく。


「「フォッフォッフォ。そこにいるのは勇者パティだな。そしてお前は……たしか、マルコシア、」」


「アキトだ! こんな所でなにをしている? お前らは一体何者だ」


 幾ら何でもおじいちゃん魔法使いと間違われるのは心外だ。どうして知っているのか疑問を持ちつつも、用意していたお札を取り出して構える。パティは後ろから恐る恐るやってきて、やっぱりやる気なさげに鉄の剣を老女達に向ける。


「俺はガバラスでこっちがガリオス。貴様達を暗殺すべくやってきたモンスターよ。この国全体にゆっくりと呪いの魔法をかけて、ジワジワと弱らせる。途方に暮れた勇者を旅に出させ、魔王様に我らの功績を知らしめる計画よ」


「す、凄い……。アキト、このモンスターさん。本当に目的を教えてくれてるよ」


「信じられないくらい遠回しなやり方だな」


「ハッ! しまった。喋り過ぎたか」


 今更ながらに手を抑えて焦りを見せるガバラスとかいうモンスターは、どう見てもおばあちゃんっぽいのに一人称は『俺』だった。まあそれはどうでもいいことだが、目的を聞いた以上黙っているわけにはいかない。


「「ぐふふふ。これは世を偲ぶ仮の姿よ。きええええ!」」


「おわわ! なんだよこれ。煙いわ!」


 いきなりガバラスとガリオスの全身から煙が湧き出てくる。モクモクと流れ出た煙が消え去った頃、奴はヤギみたいな顔と鷹みたいな翼、猿みたいな体を持ったモンスターに変化していた。恐怖におののいていたリサも部屋に入ってきたが、見るなり悲鳴をあげてしまう。


「きゃあああ! モンスター!?」


「フヘヘへ! いい反応するじゃねえか姉ちゃん。俺達は二匹で一つのチームモンスターよ。しかし俺の魔法は効くまでに半年以上掛かるというのがネックだ。こうも早くバレてしまうとはな」


「兄貴の完璧な策に気がつくとは、流石は勇者ということか」


 弟分らしいガリオスが何か言ってる。こっちは開いた口が塞がらない。


「半年も続けるつもりだったのかよ!? もうちょっとマシな方法がいくらでもあんだろ!」


「やかましい! 俺達には美学があるんだよ。魔王軍幹部のベーラ様は、我らの計画にいたく感心していたぞ。『はあ? 勝手にすればぁ』と仰っていたくらいだ。さあ、この大悪魔様と戦うのか、あーん?」


「それ感心してたんじゃなくて、どうでも良かったんだろ」


 どう見ても亡霊の類ではない。大量に買い込んだ札が無駄になったことに後悔しているがいまはそれどころじゃないだろう。このモンスターは強そうだ。不意に僕の中に三つの選択肢が浮かぶ。


 ・とりあえず普通に戦う。

 ・見なかったことにして逃げる。

 ・今お楽しみ中のルフラース達の部屋に乱入し、この戦いに加勢してもらう。


 バカ! 何を考えているんだ僕は。普通に戦うしか選択肢はないじゃないか。パティがオロオロしながら僕にサファイアを思わせる瞳を向けてくる。


「ね、ねえアキト。普通に戦っちゃっていい?」


「待て! ステミエール!」


====

名前:ガバラス

肩書き:魔王軍の下っ端・兄

タイプ:早熟型

Lv:21

HP:36

MP:22

攻撃:43

防御:37

素早さ:29

運:44

魔法:

バケール

特技:

悪臭の儀式

装備:

累計経験値:10820

====


====

名前:ガリオス

肩書き:魔王軍の下っ端・弟

タイプ:早熟型

Lv:20

HP:38

MP:20

攻撃:46

防御:32

素早さ:28

運:45

魔法:

バケール

特技:

悪臭の儀式

装備:

累計経験値:10010

====



 弱いじゃねえか! 僕でも勝てるわこんなもん。


「おう! やっつけちゃおうぜ。パティ、コイツはただのモンスターだ。幽霊なんかじゃない」


「クックック。ただのモンスターだと? この俺のおぞましき所業の餌食に、」


「えーいっ!」


「ぐのわああー!」


 サクッと鉄の剣が脳天にヒットした。パティは幽霊騒ぎで恐怖心が残っていたのか、踏み込みが浅くて倒すには至らなかったが、ガバラスは頭から火山みたいに血を流して悶絶しのたうち回ってる。うん、絶対勝てる。


「兄貴ー! お、おのれええ。かくなる上は俺が隠し持っていた自爆スキルを」


「なんだと!? ステミエールにはそんなスキルは出てなかったぞ」


 ヒョイっと二匹は窓から外に逃げ出した。


「「その通り! あばよぉー!」」


「あ、あんの野郎ども。くそ! 追いかけよう!」


「う、うんっ」


 僕らは同じく窓を通って奴らを追いかける。まだ夜になったばかりなので、街にはけっこうな通行人がいて、モンスター二匹を見つけて大パニックに陥っている。


「クワックワッ! 奴ら追いかけてきたぜ兄貴」


「弟よ。こうなれば作戦Bだ! 我らは別々に逃げよう」


「あ、あの恐ろしい作戦を……兄貴は最高にクレイジーだぜ!」


 作戦がどうとか言ってるが、何を企んでいるのか。


 奴らの逃げ足は遅い。もうしばらく走れば追いつくところで、中央通りのY字路で二手に別れた。どちらか片方を逃しても厄介なことになってしまうだろう。僕は後ろを走っている幼馴染に一つの提案をするべきだと考えた。


「パティ! ここは二手に別れないか? あのくらいのモンスターなら僕でも戦える! お前は左、俺は右で」


「わ、解ったよ。でもこれを持っていって!」


 彼女は僕に鉄の剣を渡してきた。なんか心配かけさせちまってるなぁ。


「私は魔法でなんとかするから、無理しないでねっ」


「ああ! 悪いな……じゃあ後で!」


 右に行った先には住宅街が広がっている。これは相当隠れるところが多そうだし、街の人達に被害が及んでしまう可能性もある。とにかくキョロキョロしながら走り回っているが、どうにも見つからない。アイツらは足が遅かったのにどうしてなのか。


 やがて住宅街を抜けて、武器屋や防具屋が並ぶ通りに出ようかという所で、見慣れた後ろ姿がトボトボ歩いていることに気がつく。


「……え? な、なんで。パティ!」


「あ、アキト」


 なんだか間の抜けた顔でこちらに振り向く幼馴染に、僕は全く理解が追いつかない。


「どうしてこっちにいるんだ? 左の繁華街方面に向かっていただろ」


「ああ。あれね。もうとっくに片付いたよ。アキトこそ何してんの? まだモンスターを見つけてないの?」


「い、痛いところついてきやがるな。そうだよ! 見失っちまったんだ。一体何処に行ったのか……」


「ねえ、もう探さなくていいんじゃない?」


「は? お前何言ってんだ。あんな奴ら野放しになんてできるわけないだろ」


「ねえアキトー。放っておいてさ。私といいことしようよ。宿屋の賢者みたいに」


 ピタッと早足だった足が止まってしまう。目前にいるパティの言葉が僕には信じられなかったんだ。


「いいことって……なんだよ?」


「クスクス。解ってるくせに、アキトってば照れ屋さんなの? 私とエッチなことしようよって、言ってるの」


 静かに近づいてくる幼馴染は、今まで見せたことのないような恍惚とした表情で僕の脳を溶かしにくる。落ち着け、どうなってるか知らないが落ち着け。パティに何が起きた? そしてこれからどうなってしまうんだ?


「さっきの宿屋に戻ろうよ。私今日は帰りたくないんだ。ねえアキト……あなたもそうでしょ?」


 とうとうパティは僕のすぐ側にやってきた。そして右耳に静かに口元を寄せてきて、吐息が全身に甘美な電流を流させる。頭が錯乱してくる。これはもしかして夢か? 夢オチか? でもこんなにハッキリと彼女の左手は僕の尻に触れている。そして右手は……右手は。


「……パティ。一言だけいいかな。たったの一言だ」


「ん。ちゃんと私をドキドキさせてね」


「ああ。それはもう心臓が高鳴ると思うぜ。二度と僕の幼馴染に化けて破廉恥な真似をするな。この大根役者!」


「へ?」


 僕は言うなり奴の胴体に思いっきり蹴りを入れた。


「うぶおっ! おお!?」


 おおよそどんなことがあっても、パティはこんな気味の悪い声でうめかない。倒れた奴から白い煙が吹き出し、さっきのヤギ面が正体を現す。見えないように後ろに隠していた右手には何かの糞が握られていた。


「て、てめえー! その糞で僕に何をするつもりだったんだ!?」


 僕は沸き上がる怒りをそのままに鉄の剣を振り降ろした。


「ぐはああー! 待った。参った! 参ったー」


 胸を斬られて悶絶したモンスターの兄か弟は、必死になって体を起こすと翼をはためかせて空に浮かび上がる。


「くそ! 待てー」


「こ、こんな街二度と来ねえ。本当に斬りつけやがったな、人でなしー!」


 捨て台詞まで吐きやがって。僕は満月の向こうに逃げ出しているモンスターを遠い目でただ見ていた。そして同じようにもう一匹も空を飛び、奴らは合流しながら何処かに逃げ去ったところまで確認した。


「……走ってないで、最初から翼を使えば良かったのに」


 なんてアホなモンスターなのだろう。僕とパティは合流して宿屋に戻り、リサに事の顛末を伝えると、ようやくホッと胸を撫で下ろしていた。受付にいる彼女は安心していたようで、僕らも役に立てて良かったと心から思う。


「本当にありがとうございました。お二人がいなかったら、私達の街も危なかったかもしれません」


「ああ……半年後くらいにちょっとだけピンチになってたかもな」


「幽霊じゃなくて良かったですね! 本当に良かったっ。私、今日はゆっくり眠れそう」


 幼馴染はなんだかはしゃいでるようなテンションだ。ちょっと疲れてしまう。


「パティはいつだってゆっくり眠ってるだろ。何もしてないんだから」


「私にはアカンサスの警護という仕事があるっ」


「警護なんていつしてたんだよ。ブラブラしてるだけだろ」


「あれは世を偲ぶ仮の姿!」


「ずっと仮の姿しか見えてないけどな」


「じゃあアキト! 今度海に行こうねっ」


 うわ……忘れてた。海に行く約束してたんだった。面倒くさいけど、もうこの際行くしかない。

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