第54話 幼馴染は幽霊退治を頑張る

 今更だけど、幽霊退治って半端じゃなく怖い。まさか自分がいくとは思わなかったから、内心後悔の嵐が巻き起こっているが、もう覚悟を決めるしかないことも解っている。


 宿屋の受付にいたリサは、僕らを見つけるや大きく手を振ってきた。


「勇者さん、アキトさん! こっちですー」


 いつ幽霊が出てくるのかとビクビクだったのだろう。僕らを見てホッとしている。とにかく詳しい情報を得ないことには始まらない。パティと一緒に受付で話し合うことにした。


「問題の現象が発生しているのは1階なんです。私が何もなくただ受付にいると、夜な夜な恐ろしい声が聴こえてきて……」


 そんな中、入り口からやってきたカップルらしき連中が受付に。思いっきり知っている顔だから逆に驚いた。ルフラースとマナさんだ。


「あれ? 珍しいなアキト。君達も泊りにきたのかい?」


「まあ……アッキーと勇者ちゃんったら。村から帰るなりアツアツになっちゃったの?」


「ふぇ!? ち、ちちちち」


「またコオロギみたいになってるぞパティ。違いますって。このあたりに幽霊が出るかもしれないって、調査に来たんです」


「まあ、怖いわ! 明日あたり私が見てもいいのだけど、今日はオフだから無理なのよね」


 マナさんは何処まで本気なのか解らないオーバーリアクションをする。なんか余裕だな。もしかしたら普通のモンスターより幽霊の相手のほうが得意だったりするんだろうか。


「じゃあ俺達はこれで。気をつけてくれよ」


「ああ、ルフラース達も何かあったら教えてくれ」


 二人は仲良く腕を組んで一階の奥に消えて行く。全く、お互いちゃんと家を持っているのにこんな高級宿屋を利用するなんてどういうつもりなんだ。唖然としたままだったリサは、二人がいなくなってからまたそわそわしだした。


「マナさん、お忙しいって話だったのに。今日お祓いしてほしかったんですけどね。とにかくお願いします! きっと幽霊は一階にいるはずなのです」


「解った。じゃあまずは歩き回るだけでもしてみようかな。行くぞ、パティ」


「わ、私は受付でリサさんを護衛したい」


 こ、こいつ。この期に及んで恐怖に負けたな。


「護衛なんてしなくていいよ。受付に襲いかかってくるわけじゃないんだから。とにかく行くぞ、ほら」


「ひゃあっ! こ、怖いー」


 ガクブルになっているパティを引っ張りつつ、とにかく僕は暗くなっている一階の廊下を歩き出す。途中まではズルズル引きずっていた彼女もようやく観念したらしく、ちゃんと自分の足で歩き始めた。


「ねえねえ。本当に幽霊なんているのかな? リサさんの思い過ごしじゃない?」


「ああ、きっと思い過ごしの可能性もあるだろうよ。でもさ、思い過ごしって何度も続くかな?」


 この宿屋はとにかく広い為、客室も本当に沢山ある。とにかくぐるっと一周回るだけでも時間が掛かった。


「思い過ごしってことにしたいの。怖いっ。ねえアキトは平気なの?」


 腕にくっついてくる幼馴染は、まるで小動物みたいで可愛らしい。無理をさせてしまっているなと、今更ながらに湧いてくる罪悪感。


「僕だって怖いよ。でも、あんなに困っている人を放ってはおけない。一周したけど何もなかったな、」


 突如、背後から悲鳴が聴こえた。この声はもしかしてリサじゃないだろうか。


「きゃあ! なになに? どうしたの」


 ビクつきながら腕にすがりついてくるパティをなだめつつ、


「とにかく戻ろう! もしかしたら出たかもしれない」


「ひいい! 出ないでー」


「出ないでーっ、て言っても出ちゃうんだよ幽霊は。残念だが、ここは戦う必要があるかもしれない」


 僕らはとにかく来た通路を戻って行くと、曲がり角にリサはいて両手で耳を塞ぎしゃがみ込んでいる。


「リサ! 大丈夫か!?」


「こ、声が……声が……」


 言われて耳を澄ますと確かに聴こえる。壁が厚めなのか微かな声だが、確かに女性だ。僕は耳を澄ませつつ部屋を探す。パティは泡でも吹きそうなくらい顔色が悪くプルプルしている。やっぱ無理だったか、連れてこなきゃよかった。


 一歩一歩慎重に歩みを進めると、該当の部屋と思われる箇所を見つけて足を止めた。この部屋の向こうから悲痛な女性の声が聴こえてくる。


「アキト……ここなの? す、凄い声! 何だか苦しそう」


「ああ……。ここだな。間違いなさそうなんだけど」


「けど? なに?」


 僕は耳を澄まして声を聴いているうちに、徐々に声の中に会話があり、固有名詞までもが出ていることに気がついた。その悲痛な声の主は、明らかにルフラースのことをなにか言っている。そして、なんだかベッドがギシギシ揺れているような音まで聴こえた。


 ま、待てよ。この声は……。僕はハッとした。


「……パティ。僕らは判断を誤った。大きな勘違いをしていたらしい」


「え? ど、どういうこと」


「幽霊の声なんかじゃないよ。声の主は、マナさんだ」


「マナさんが幽霊と勘違いさせるような声を出していたの? 一体どうしてっ」


 僕は説明に困ってため息をついてしまう。なんてことだ。パティもリサも解ってないのか。これは幽霊が悲痛な声をあげてるんじゃなくて。


「とにかく盗み聞きは良くないから、リサに事情を説明しよう」


 リサはあまりの恐怖に体を丸めている。純情なのかな、世間知らずなのかな。


「ねえねえリサさん。アキトが心配いらないって言ってますよっ」


「へ? で、でもあの声は……」


「いや、あれはさー。何といえばいいのかな。お楽しみ中なんだよね」


 何をサラッとほざいているのか自分でも恥ずかしくなってくるが、直接的な表現はしたくないんだよね。ちくしょうルフラースの奴、アカンサスに戻るなりこんなことを。


「え? お、お楽しみ中? 違います! そっちの声ではないんです」


 あれ? なんか意外な反応。純情過ぎて知らなかったってことではないのか?


「よく耳を澄まして下さい。奥のほうから聴こえませんか? ブツブツとした奇怪な声が」


 僕はマナさんの声とは違う何かを聴き取ろうと耳を澄ます。


「……あ」


 そうか。ハレンチな声にかき消されて上手く聴こえていなかったが、確かに何か聴こえてくるぞ。パティは僕の表情の変化に気がついたのか、のほほんとした顔が一気に恐怖に染められていった。


「な、何なに!? やっぱり幽霊がいるの?」


「解らない。とにかく行ってみよう」


 声の主は一体何処にいるんだろう。もう一度一階をゆっくりと歩いて行く。ブツブツとした声なのに、しっかり耳を傾けると頭の中に響いてくるような奇妙な感覚がした。ルフラース達が使っている部屋から四つ、五つほど離れた部屋で立ち止まる。


「この中から聴こえるっぽい。しかし、幽霊というよりは……何か呪いの言葉みたいだ」


「ひゃひい! の、呪いの言葉って。私の専門外。アキト、頑張って!」


「僕だって専門外だけどな。ちょっと待っててくれ。人がいるかもしれないから、ノックしてみる」


 実は普通のお客さんが泊まっているかもしれない。理解が追いつかない状況だけど、とにかく何度かノックをしてみる。だが反応はない。怨念を感じる老女のような声はまだ続いてる。怖過ぎだろ。


「あ……あの。合鍵ならあるんですが」


「う、うん」


 僕はリサから静かに鍵を受け取ると、鍵穴に差し込んで回し、ロックを解除した。パティは内股になって無言でふるふる体を揺らしている。今にも泣きそうなので、もう頼りにはならない気がする。


「よし、開けるぞ」


 静かに開いたドアの先は薄暗かった。部屋の奥には奇妙なロウソクが何本もベッド脇に立てられていて、二人の老女がずっとブツブツ声を出している。どちらも何年も洗ってなさそうなボロボロの布服がガクガク揺れていて、ヤバい人にしか見えない背中だ。しかも二人とも全く同じタイミングで呟いている。


「「……さあ、この街に住む人間に災いを。今こそ…………誰だ!?」」


「きゃああ!」


 振り向いた姿に僕は声も出せず唖然とし、パティは跳ね上がるような悲鳴をあげ背中に隠れてしまった。老女達は赤々とした目と、垂れきったシワシワの顔をした……それはそれは不気味な奴らだったんだ。

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