第53話 幼馴染は街に潜む幽霊を探す

 魔王城にはいくつもの施設が存在するが、中にはモンスター用の酒場もあった。


 店内は薄暗いランプがあるくらいで、カウンターも椅子も何もかもがボロボロに痛んでいる。モンスター達は直ぐに物を壊してしまう。沢山の大型モンスターが酒を飲み交わす中、一際体の大きな黒い鎧を纏うモンスターがカウンターに座りウイスキーを飲んでいる。


「ウマイ! 仕事ノ後ノ酒ハ最高」


 彼は魔王軍幹部の一人アルゴスだった。隣に座っている老人はベロベロに酔っ払い、赤ワインの匂いで充満した息を吐きつつアルゴスの腹部分を叩く。同じく魔王軍幹部ネクロだった。


「お前は眠ってばかりで、ロクに仕事もしておらんじゃろうが! ワシがせっせと魔王様の為に動き回っておるというのに。ところでアルゴス、ガルトルの奴の話、聞いたか?」


 漆黒の鎧を纏ったモンスターは首を横に振る。


「ふん! どうやら手下のドラゴンが戻ってきたらしいぞい。勇者はどうしても、何があろうとも冒険には出たくないのだそうだ! 説得にも失敗したらしい。カァー! つまらん奴よのう」


「勇者ハ頑ナダ。誰ガ説得シテモ同ジ」


 ネクロはかぶりを振りつつ更にワインを飲みながら、


「違う! ワシにやらせれば上手くいったんじゃ。そうに違いない。あんなパッと出の成り上がりに任せるから失敗続きなんじゃ。ワシはなぁアルゴスよ!」


 黒い鎧を纏ったモンスターは面倒くさそうに黙ったままだった。しかしネクロは気にも止めずに話を続ける。


「ワシは先代の魔王様の頃から幹部をしておるんじゃぞ! 今の魔王様など生まれた時から世話しておる。四年前に突然現れた男を、何も解らぬヒヨッコを幹部にするなどということを……なぜ決行してしまったのか。今もって理解できぬ」


「ネクロ、ガルトルヲ妬ンデル」


「違うわ! ワシはもう少し魔王様にはしっかりしてもらってだな、」


 ネクロが喋っている最中、6本の腕を持つ高そうな武器と防具に身を包んだ骸骨が側に寄ってきた。


「お話中失礼します。アルゴス様、魔王様がお呼びです」


「エ……何故ダ」


「理由は仰っておりませんでしたが、少々お怒りの様子で」


「ははーん。さては居眠りがバレておったな。いよいよ魔王様の雷が落ちるぞ、お前」


「怖イ……ネクロモ一緒ニ行コウ」


「嫌じゃ、なんでワシー」


 言いかけたネクロの背中を掴んで、強引に引っ張りながらアルゴスは歩き出す。


「こ、こら……ワシまで巻き込むなー! 離さんかぁ!」




 幽霊とか超常現象の類には、きっと関わることはないだろうと思っていた。だけど人生ってやつは解らない。


 僕と勇者パティが、リサから借りた紙に書かれていた住所をもとに辿り着いたのは古びた一軒家で、如何にも幽霊が出そうな感じがプンプン臭っている。入り口前で立ちすくんでしまっていた。


「ねえアキト。……ここ、絶対出るよね?」


「何も考えるな。出ると思えば出る。出ないと思えば出ないんだ」


「心頭滅却みたいなこと言わないでっ。そもそも出てるって話で来てるんだし」


「考えたら負けだ! 入るぞ。すいませーん」


「きゃああー」


 怯えるパティをがっちり捕まえつつ扉をノックしていると、中からちょっぴり顔色の悪いリサが出て来て、


「お待ちしていました。もう困り果てて、今か今かと二人が来るのを待っていたんですよ。さあ、どうぞこちらへ」


「い、入り口でお話しさせて下さいっ。私、遠慮とかはいらないですから」


 パティの往生際の悪い言葉を無視して中に入ると、室内はごく普通の空間で、平凡なリビングに案内されてからも亡霊らしき気配は感じない。長テーブルに紅茶が二つ置かれ、ちょっぴりそわそわしつつも僕らは椅子に腰を降ろした。


「大体の事情は察したよ。確かに幽霊が出そうな感じはしてる」


「え? もう察したのですか? まだちゃんと話してないのに」


 リサは驚きが顔に出ていて、右隣に座っているパティは恐怖心が顔に出ている。どちらも顔色は悪い。パティが急に周りをキョロキョロ見渡し始める。


「ど、どの辺りに出ますか? 教えて下さい。そこには近づかないので」


「近づかないとダメだろ。僕らは退治する為に呼ばれてるんだから。一階は何も感じないけど、もしかして二階に出るのかな?」


 玄関すぐに階段があったが、何か湿った空気感というか、近づいてはまずいような物を感じた気がする。


「え? あの……もしかしてここに幽霊が出ると勘違いされてますか?」


「「え?」」


 僕とパティの声が重なる。てっきり現場はここだと思い込んでいたが。


「実は……私が働いているところで、幽霊の声がしてるんです。それも……三日程前から」


「そうだったのか。じゃあなんでわざわざここに呼んだんだ?」


「仕事場で説明してたら、何か迷惑になりそうで。私は今週は夕方から深夜まで勤務なんです。一週間ごとにローテーションになっていて、来週は朝早くからなんですが。三日前から丁度深夜の番を任されていたのですけど……あんな声が聴こえてしまって」


 彼女は紅茶のカップを見ながら小刻みに体を震わせている。そんな姿を間近で見ているといたたまれなくなってきた。


「じゃあ今日は夕方……つまりもうすぐ仕事始めなんだね。よし。僕らも同行しよう」


「……えー」


 やる気のなさを隠さないパティの声は黙殺した。リサはちょっとだけ顔から正気を取り戻したような笑顔を見せて、


「ありがとうございます。もう仕事に行くのが怖くて怖くてたまらなかったので、本当に助かります! では、そろそろ宜しいですか?」


 彼女はすぐに出かける支度を始め、僕らはとにかく後について行った。幽霊が出るというから、街外れの寂れたところに店を構えているのかと思ったら、どんどん栄えている中央区にリサは足を進めていく。ようやく辿り着いた所は、想像よりもずっと大きくて明るさのある綺麗な建物だった。


「あれ? ここって……宿屋?」


「はい。ここの一階に幽霊らしき声がしたんです。もし出てきたら、勇者さまの魔法とか剣でやっつけちゃって下さいね!」


「あ、あの……ちょっとだけ待ってもらえませんか?」


「どうしたんだよパティ。此の期に及んで帰るとか言わないよな」


「ううん。帰りたいけど……海が待ってるから頑張る。でもね、私達さっきMP使い切っちゃったよね?」


「あ……」


 そうだった! パティが魔法の練習をするとか言って、盛大に魔法をぶっ放してしまった時、もう完全にMPを消費しきっていたんだ。


「マズイな……実にまずい!」


「どうされました? もしかして何か心配なことがあるんですか?」


「……解った! リサ、君は宿屋で待っていてくれ。幽霊を退治する為の準備をしてくる。パティ、お前は装備を整えてくるんだ。僕は教会に行って、お祓いに必要なアイテムを受け取ってくる」


「ま、魔法なしでなんとかするってこと? ん……怖いけど……解った。家から持ってくるっ」


 かくして僕は教会に向かい、パティは家に戻って武器を調達することにした。魔法なしでもパティは強いだろうが油断はできない。教会ではひたすらお札を買いあさり、魔除けの聖水も貰ってから宿屋に戻る。彼女は鉄の剣とラウンドシールドを装備していた。


「いよいよ幽霊と戦うのかな……。私怖い。お家が恋しい」


「さっき家に戻ったばっかりだろ。僕だって怖い。でも放ってはおけないことだと思うぞ。っていうか、この状況」


「え? どうしたの」


 心配そうな顔つきで少しだけ後ろをついてくる幼馴染の顔を見て、ちょっと説明するのが躊躇われたが、やっぱり言うことにした。ガッカリするべきか、ホッとするべきか。


「クレーべの村でやったパティの占い結果って、多分今の状況だよな?」


「クレーべの占い……あ」


 ピタッと足を止めた後、なぜか幼馴染は魂が抜けたような顔になっていく。どうしたんだ?


「なぁんだ。私ってば、アキトが迫ってくると思ってドキドキしてたのに」


「迫らねえよ。僕のキャラは知っているだろ」


「草食動物の皮を被った悪魔」


「それを言うなら野獣だ」


「肉食全開のアキトなら、いつ襲っても不思議じゃない気がしてたのに」


「普段どういう目で僕を見てるんだよ。誤解にも程があるぞ」


「……ちょっとだけ、野獣になってほしいかもっ」


「え? な、なんでだよ。ほら、宿屋についたぞ。行くぞ!」


「ま、待って! 深呼吸させてっ。やっぱり怖いー」


 呪われないことを祈りつつ、ビクビク震える勇者を支えながら、僕は街で一番栄えていそうな宿屋に足を踏み入れた。

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