第52話 幼馴染の魔法は強烈過ぎる

 アカンサスの南西には、ほとんど人が住んでいない草原地域がある。僕とパティは魔法の練習をする為に、道具屋から3キロメートルほど歩いてここまでやってきた。


「アキトとこの草原に来るのも久しぶりだよね。ピクニックの用意もしておけば良かった」


「ピクニックなんかより、早くリサを助けることを考えてくれよな」


 ちょっとばかり小言を言っても幼馴染は全く気にしない。彼女が意外に前向きだと思うところの一つだ。僕は草原の中央に一本の杭を刺した後、分かりやすいように赤い旗を巻きつけてから、30メートルほど後ろにいる幼馴染の元へ向かう。


「これで的はできたぞ! さて、一発ぶちかましてみろ」


「うん! じゃあアキトも一緒にやろうね。私だけじゃなくて、みんなのMPを使う魔法なんだから」


「あ! そうだったっけ。え? でも具体的に僕はどうしたらいんだ?」


 元々ステミエール以外の魔法は全く使えないので、MPを一人に集めるっていう行為がよく解らない。パティは普段よりはいささか落ち着いた微笑を浮かべつつ、右手をダラリと下げて左手を握って胸元に置いた。


「大丈夫大丈夫っ。私が魔法発現状態を作るから、アキトは何もしていなくても、じきにどうしたらいいのか体が教えてくれるよ」


「ほ、ほほう! まあ、とにかく待つとするか」


 魔法が発動するのは予想していたよりもずっと早かった。鍛え抜かれた戦士が獲物に飛びかかるよりも、きっと早い。


 隣にいる幼馴染勇者の全身から青いオーラが湧き上がって、それはまるで光の柱のように上空まで伸びていく。柱は蛍の光を大きくしたようなものに囲まれて、まるで神が降臨するのではないかと全身が震える思いがした。


「お……おおお。なんか、暖か……い」


 口に出さずにはいられなかった。やがて、僕自身の体からも光が湧き上がってきたからだ。パティとは違う緑色の輝きだと思うそれは、多分同じように空高く昇っているのだろうか。


「アキト。私にMPを送るように念じてみて。きっと出来るはずだよ」


「パティにMPを送る? こ、こうか?」


 僕は目を閉じて静かに、隣に立っているパティにMPを送るように念じてみる。不意に自分の体から、何かが流れ出ていくことを感じた。体から力が抜け、足元の感触が解らなくなる。どうしたことかと目を開いたとき、足が地面から離れていた。数メートルではあったが、僕自身が宙に浮いている。


「う、うわああ。浮いてる……浮いてるぞ」


「うん。なんだかすっごく気持ちいい。アキトの心が私に入ってくるみたい」


「え? な、何だよそれ」


 左を向くとパティの体も宙に浮いている。僕のオーラから枝分かれするような光が何本も彼女に向かっていき、青と緑が混ざり合って光の巨人でも生まれそうな予感すらした。光の中で目を閉じる彼女は、生まれる時とタイミングを間違えた女神なのかと錯覚するほど美しい。


「ねえアキト。もうちょっと送ってみて。MPを受け取る側のことを考えながら送ると、上手くいくんだって」


「つまり、お前のことを考えながら送ればいいのか。解った」


 パティは更に高く浮かびだし、僕より頭一つ分だけ高い位置にいる。ずっと胸元に置いていた左手を、静かに何かをつたうようにゆっくりと動かしていき、最終的には的に向けて掌を向ける姿勢で止まった。きっともう撃てるのだろう。だが彼女は最大の力で試してみたいのだろうと僕は察する。


「よ、よーし! パティのことパティのこと……」


 今までのことを頭に浮かべる。幼馴染との記憶。それはもう膨大なまでに沢山あった。出会ったばかりの頃、親父が旅立った頃、道具屋での毎日やクレーベの村でのこと。


「す、凄い! 伝わる、伝わるよ!」


「へ!? 伝わるって何が?」


 意味が解らなかったが僕はまだパティとの記憶を辿り続ける。だが思い出に浸っていたはずの映像に何か不思議な現象が起こる。今までの記憶に明らかにないものが混じり始めた。


 僕の視点でもパティの視点でもなく、第三者の視点のようだった。パティと二人でリサの元へ向かう映像。二人で見たこともない室内にいる映像。そしてどういうわけか浜辺で僕らがお互いに瞳を閉じ、キスをしようとしている映像が浮かんだ時、隣から破裂したような妙な音が響いた。


「ひゃ……ひゃう! な、なんで私とアキトが、浜辺で!?」


「え!? ちょっと待て。さっきのっていうか、今までの映像とか、見えてるのか!?」


 この魔法は精神感応というか、心の中まで共有できちゃうのか? あり得ないことだが、パティが言ったことは僕の脳裏にまさにあった映像だ。動揺した彼女はプルプル震え出した。嫌な予感がする。


「え、ええーっ。そ、そんな。私達、いきなり急展開して! はわわわ、はにわ!」


「お、おいおい! 落ち着けって! なんだよハニワって。魔法を使用している最中……ってあー!」


 錯乱したパティが、まるで暴走するように左手から特大の光を放った。青と緑が混ざり合い宝石のように光りながら、一本の馬鹿デカイ線となって的に命中した途端、アカンサス全土が震えるような目を疑う大爆発が発生してしまった。


「あ、あわわわわー! アキト、なんかすっごいの出ちゃった!」


「マジでやり過ぎだろこれはー!」


 的が消滅してしまったのは勿論、きっと民家があったら10世帯くらいは木っ端微塵になっていたと思われる爆発を、ゆっくりと魔力を失って地面に降りていく僕らは見守っていた。そして当然アカンサスの兵士さん達がやってきたわけで、事情を説明するのにかなり大変だったのだ。




「今回のことは王様に報告しておきますが、とにかくもう魔法の練習などはやめてください。いいですね?」


 怖い顔をした兵士さんに睨まれ、僕らはシュンとした顔で首を縦に振るしかない。


「は、はいー。ごめんなさい」


「すいませんでした。もう勇者に街中で魔法なんて使わせませんので」


 必死に頭を下げていたら、ようやく兵士さん達は去って行った。ポッカリ大きな穴が空いてしまったが、草原だったからまだ良かった。


「全く! パティ、やり過ぎだぞ」


「ご、ごめんなさいー。だって、あんな爆発するとか思ってなかったから」


 確かに凄い破壊力だ。愛に弱いとかじゃなくて、喰らえばみんな即死だと思うんだけど。


「まあ、今回のことは僕も共犯だからさ。よし! じゃあ一旦道具屋に戻っておふくろと話してから、リサのところへ行ってみようか?」


「あ……そうだった。う、うんっ! 私、頑張る!」


 ガッツポーズも可愛らしいパティと一緒に道具屋に戻ってから、今度はリサちゃんの所へ向かった。さて、いよいよ幽霊退治だ。

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