第57話 幼馴染は買い物に夢中

 魔王の間にやってきたガルトルは、いつにも増して緊張していた。片膝をついて見上げる主の姿が普段より大きく見える。


 今回は魔王に呼ばれたからやってきたわけではなく、自分から謁見を申し出たからだ。白く巨大なカーテンの向こうにある大きな二つの目は、強い好奇心でいつもより光っている気がした。


「ガルトルよ。今日はお主から聞きたいことがあるらしいな。一体なんの用だ?」


「は……。お聞きしたい点は二つほどございます。一つはアルゴスとネクロに関係することです」


 ここまで喋って一旦ガルトルは話を切る。魔王から何か言われるのではないかと思ったが、無反応だったので話を続ける。


「彼らに何かご指令を出されたようですが、私は幹部の纏め役です。どういったご指令だったのかだけでも教えていただけないでしょうか」


「ギク……お主、やっぱり有能じゃのー。四年前にお主をスカウトしたのは正解じゃったな。はははは!」


「勿体無いお言葉です。魔王様に助けてもらえなかったら、自分は死んでいたに違いありません」


「あれは壮絶じゃったな。魔王城に侵入した冒険者と戦い、勝利したもののお主は深手を負い倒れておった。そして今までの記憶まで失ってしまったのだからな。……何か思い出したか?」


「……いえ。何も思い出せません」


「ふむ。そうかそうか。ネクロには何も指示なんて出しておらんよ。何故か知らないけどアルゴスが連れてきただけだ。内容に関しては言えぬな。これは極秘なものでな」


「承知しました。ではもう一つお聞きしたいことがあります」


「なんでも聞いてみ!」


「は! アカンサスという始まりの街に関することです。以前偵察に向かった際、私にはどうにも違和感と言いますか……何か奇妙な感覚を街全体に感じたのです。魔王様はアカンサスについては何かご存知でしょうか?」


「ギクギク……お主。なかなか感受性が高いのではないかな。流石はたった四年で幹部筆頭にまで上り詰めた男よ。我の目に狂いはなかった。はっはっは!」


「とんでもございません。全ては魔王様のお力があってのことです」


「ふむ! あの街はなー、我もよく知らん。代々勇者を輩出している非常に重要な街であるこということ以外はな。あ……いや。世界中で、暮らしやすい街トップ3に毎年入っておる。この魔王城がそのランキングに食い込むのもそう遠くはないがな」


 ガルトルは話を聴きつつ、本当に魔王は何も知らないのだろうかと疑いを持った。しかし、主に二度同じ質問をするわけにはいかない。


「承知しました。私から魔王様にお伺いしたいことは以上です。お時間をいただきありがとうございます」


「気にするでない。我からも一つあるのだが……」


「はい。なんでございましょう?」


「……なんか面白い小説とかない? すっごい暇なんじゃけど」


「かしこまりました。早急に探して参ります」


「うむ。頼りにしておるぞガルトルよ。強いて言えば、甘酸っぱい恋愛モノが希望じゃ。あ……もしくは成り上がり系ファンタジーでも良いぞ、可愛いヒロインが登場すればな。必ず恋愛要素のあるものにせよ!」


「は、はい。探して参ります。では失礼します」


 ガルトルはため息を我慢しつつ魔王の間から去って行った。巨大な金枠の赤い扉から出た時、つい独り言を漏らしてしまう。


「たった四年か。俺にはその四年以外何もない……ぐぅ」


 不意に頭痛がした。ここのところ何度か鋭い痛みに襲われることが続いている。恐らくは働きすぎであり、少し休養を取らなくてはいけないと思いつつ、巨大ないくつもの丸い柱の間を歩いて行く。


 その姿を細部まで観察している者が柱の陰に隠れている。会話の一部始終を魔法を使い聞き耳を立てていた。魔王軍幹部の一人、ベーラが潜んでいた。彼女は柱の陰から、遠くなって行くガルトルの後ろ姿を眺めて微笑を浮かべる。


「うふふ……そうなの。アルゴスに指示を出していたのね。魔王様は」




 さて、今日はおふくろが仕事を半ドンで上がらせてくれたので、僕はパティと一緒に買い物に行くことになってしまった。今は丁度服屋さんに入ったところなのだが。


「まさか勇者ちゃんが水着を持っていなかったなんて。私としたことが不覚だったわ。アッキーの分も含めて、最高のものをチョイスしてあげる」


「アキトは海には全く興味がなかったからね。無理もないだろう。さて、今年の流行りはなんだったかな? 確か……」


「え、えええー」


 パティがちょっとばかり呆然としてしまってる。ルフラースとマナさんがついてきたからだ。昨日マナさんに相談したところ、水着選びも手伝ってくれるという話になってきて、正直センスに自信のない僕としてはありがたい話ではあった。


「あったわ! 勇者ちゃんには、これなんかいいんじゃないかしら?」


 マナさんは沢山ハンガーに並んでいる水着の中から、どう見ても紐しかないんじゃないかという際どすぎる物を取り出してくる。


「ひゃああ! 無理です。そんなの絶対無理ですっ!」


「あらん。残念ねえ。露出が多いほうが男の心を揺さぶれるのに」


 なんか目的が違ってないか? ルフラースは広い店内を歩き回り、無難そうな黒のショートパンツっぽい水着を持ってくる。


「君にはこれでいいんじゃないかい? ちょっと花柄が入っていて、本当に無地というわけではない。うん、悪くなさそうだ」


「お! なかなかカッコいいじゃん。うん! これにしよう。ありがとな!」


 僕の水着選びはルフラースのおかげでサクッと決まったが、パティのほうはそうはいかないらしい。まるで着せ替え人形の如くマナさんはあらゆる水着を彼女に当てがっている。


「勇者ちゃんはスタイルが良いから、どんな水着でも似合うみたいね。アッキーを夢中にさせるには、」


「そ、そんな! 普通に海水浴ができればいいですからっ。私としては、目立たないようなもので」


「ダメよー。ダメダメ! 目立ってこそよ水着は! 私に任せておきなさい。あ……これよ。これを試着してみましょ」


 水着の試着かー。ちょっと……というかかなり興味が湧いてくる。パティはどんな格好になるんだろうか。三人で試着コーナー付近で待つこと数分。やっとカーテンが開かれ、恥ずかしそうに佇む幼馴染の姿が瞳に映る。


「アキト……ど、どう? 似合ってる?」


 僕はちょっとばかり口が開いたまま固まっていた。全体が薄っすらとした桜色で統一されている、たしかフレアビキニとかいう水着だったと思う。


 か、可愛すぎる……。どうしても言うべきセリフが口から出てこない。ただ思っていることを正直にいえばいいだけかもしれないが、何故だか僕は急に恥ずかしい気持ちが込み上げてきて、


「……お、おお。いいんじゃん、それで」


 隣いたルフラースはやっぱり苦笑しているが、マナさんはちょっとだけ眉を吊り上げて睨んできた。


「まあ! なんて適当な返答なの。そんな言葉を待っていたんじゃないのよ。これだからアッキーには困ってしまうわ!」


「す、すんません」


 確かにあまりにも淡白すぎる返答だった気がする。マナさんはちょっとパティが心配になったようで、試着室のほうへ体を向けると、


「勇者ちゃん。何も心配しなくて大丈夫よ。あら、勇者ちゃん?」


 僕は気まずくなりつつも幼馴染のほうへ顔を向けると、意外なことにニコニコ笑いながら両手を胸の前に置いて喜んでいる。


「えへへ。良かった。引かれちゃうかと思ってた」


「誰も引いたりなんかしないわ! むしろすっごく素敵よ。勇者ちゃん、自信持っていいのよ!」


 マナさんが絶賛するのも頷ける。幼馴染はなんでも器用にこなせるし、見た目は言うまでもなく可憐だし、優しくていつも僕を気遣ってくれる。だけど、どうも自分には自信がないようだから、つくづく不思議な存在だと思う。


 女子二人が試着室で話している間、ルフラースは僕の肩を軽く叩いてきた。


「彼女なりに、悪かったと思っているみたいだよ。勇者殿にしつこく迫りすぎたってね」


「ん。まあ、別にもう気にしなくていいと思うけどな」


 どうやら二人は徐々に仲良くなってきたらしい。喋っているパティの顔から警戒心が薄れてきているのが解る。マナさんは話しながら、何かが気になったのか不意に試着室に上がった。


「勇者ちゃん。ちょっと水着外れそうになってるんじゃない?」


「え!? ほ、本当? 私、しっかり付けた筈なんだけど」


 マジかよ! ポロリなんてしちゃったら大変じゃないか。思わずまた試着室に釘付けになってしまう僕。マナさんは水着のホック部分に手をやる。


「あ! 本当ね、これなら大丈夫だわ。えい!」


「へ? ……ひ、ひゃうあー!」


 女僧侶のイタズラにより、勇者の水着の上部分が外れて白いブラジャーが姿を現した。慌てて両手で隠しながらバタバタした後、カーテンを閉めて試着室の奥に逃げ込んだ。そっか、下着つけてたのか。


「マナさん! ダメじゃないですかそんなことしたら」


「あはは! ごめんなさーい。でもねえアッキー。あなたが言っても説得力ないわよ。だって、鼻血出ちゃってるし」


「え? う、うわわ! こ、これは違う。違うんだー!」


「何を騒いでいるんですか! あなた達!」


 あまりにも騒ぎすぎていたので、僕らはやってきた店員さんに怒られてしまった。そしてパティは、結局のところマナさんへの警戒Lvが上がってしまったようで、帰り道は思いきり距離を置かれていたのだった。

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