第50話 幼馴染は祠の一番奥まで行ってしまう

 転移の祠っていうのは、アカンサスが建国される前から存在しているらしい。


 とても歴史の深い祠であると同時に、遥か彼方にある大陸にワープできるという優れた建造物だが、アカンサス民もクレーベの民も滅多なことでは利用しない。理由はモンスターが通常の村人Lvでは勝てないくらい危険だからだ。


 僕らは薄暗い通路をひたすら進んでいる。通路はひたすら真っ直ぐのようだ。ルフラースから銅の剣と皮の盾を借りたんだけど、これで戦えるだろうかと不安になっていると、隣にくっついている幼馴染勇者が呟くように話しかけてきた。


「ねえ。けっこう奥まで来ちゃったから、もう帰ってもいいんじゃない?」


 結局パティはビキニアーマーを装備していない。剣と盾、兜とワンピースという滅茶苦茶な格好になっている。


「ルフラース。勇者はもう帰りたいらしいぞ」


「ダメよ。まだ通路を歩いてるだけじゃない」


 瞬時にマナさんが割って入る。流石だと思う。僕らの会話は聴き逃すまいとしているのだろう。


「ははは! まあ、もうちょっと先に進んでからでもいいんじゃないかな」


「勇者よ。もう少し頑張るのじゃ」


「アキト。王様の真似したって誤魔化されないんだから。こんな所でモンスターに会うの怖い」


「怖いよなー。でも大丈夫だ。意外と出てこないこと多いじゃん。今回だってそうなる……よ!?」


 パティを見ながら歩いてた僕は何かに体が沈み込み、反動で跳ね返されたことに気がつく。あれ? もう壁にぶつかっちゃったとか? 不思議に思って正面を見つめると、どう見ても動物のお腹っぽいのが見える。ゆっくりと顔を上げると、それはそれは大きなクマがたっていた。


「う、うわああー。出た! 出やがったー」


「あ、あわわわ! 強そう。強そうなオーラ出過ぎ!」


「二人とも落ち着くんだ。ここはチームワークで乗り切る」


 ルフラースが単切に叫ぶ。僕らは戸惑いつつも声に従い武器を構える。もうルフラースがリーダーでいいんじゃないかという気がしてきた。よく見ると熊の後ろにはデッカい蜂とカエルもいた。


「よ、よーし! 任せろ!」


 僕は勢いよく巨大熊に接近して剣を振り下ろし、その強靭な肉体に幾分かの傷をつけようとしたが、大きなダメージを与えられた様子はなく、すごすごとバックステップでみんなの元へ帰る。な、情けねえ。直後、熊は猛烈な雄叫びと共にこちらに突っ込んできた。


「グオオオオ!」


 厄介なことに、背後にいた蜂やカエルも突っ込んできたので、このままだと一気に全滅の危機だ。やばいかも。


「喰らえ! ヒー!」


 しかしルフラースが火炎魔法を放ち、丁度熊の顔面にぶち当てることで奴はひるんだ。続くように迫ってきた蜂の牙を、勇敢にも飛び込んだマナさんが槍で抑える。


「今よ! パティ!」


「え、えええ……」


 幼馴染はちょっと内股になりつつ、剣を持ってオロオロしている。だが一発の破壊力で彼女に勝てるものはいない。今攻撃してもらうしかない僕は叫んだ。


「頼む! パティ、お前ならできる!」


「アキト……え、ええーい!」


 勇気を振り絞ったパティはまるで突風の如く瞬時に熊の目前に迫ると、鉄の剣をゆらりと振るい、まるでなぞるように通り抜けた。


「ブ、ブオア!」


 熊が喘ぎながら崩れ落ちたと同時に、勇者はマナさんの抑え込んでいた蜂に稲妻のような袈裟斬りを見舞い、舞うように今度はカエルに接近する。蜂は悲鳴こそあげなかったが、明らかに熊よりも悶絶しながら生き絶えたようだ。


 僕らが何かをいう間もなく、カエルが飛ばしてきた長いベロをかわしたパティは脳天に鋭い垂直の斬撃を叩き入れ、あっという間に最後のモンスターを仕留めた。


「す、凄い……」


 思わず口に出してしまう。幼馴染は普段はヘタレだが、実はできる子でもある。


「流石だね。これもアキトへの想いの力かな」


「違うわい! なんでも結びつけるなよ」


「惚れ惚れするわー。どうしても私、勇者ちゃんと旅に出たい!」


「はあー。怖かった! アキトー」


 半泣きになって剣を振りながら僕に抱きつこうとしてくるパティ。勘弁してくれ、四番目の犠牲になってしまうじゃないか。


「う、うわわわ! ちょっと待て! 待てってー。僕を殺す気かー!」


「癒してー。早く私を癒してー」


「癒す前に殺されるわ! その剣をしまえ!」


 その後パティが落ち着くまで僕は逃げ回るしかなかった。通路はまだ続いていて、迷路のように入り組んでいる箇所もある。悩みつつも歩いている間中、マナさんはパティのすぐ隣で、


「素晴らしいわー。パティちゃん。あなたってば天才じゃない」とか、


「センスっていう言葉は、きっとあなたの為にあるのね」とか、


「歴史に名を刻む英雄になれるわ。今がその時なの!」とか、もう完全に誉め殺し作戦としか思えないことを続けている。


 当のパティは、


「は、はあ」「凄いんですか、そうなんですか」「マナさんにはかなわないです。マナ英雄伝説を頑張って作って下さい」


 なんて適当な返答を繰り返していたので、ちょっと笑いそうになった。結局モンスターとは沢山遭遇したが、僕とルフラースで撹乱、マナさんが回復、パティが攻撃という流れで撃破を繰り返す。けっこうLvも上がってるんじゃないかなと思っていたところで、とうとう最深部にたどり着いた。


 祭壇らしき所の中心に、丸く渦巻く青い霧が見える。この中に入れば遠き大陸にワープできるわけだ。


「アキト。着いちゃったね」


「あ、ああ。着いちゃったな。これは凄い」


「本当だね。この霧みたいな空間からは特殊な魔力が常に発散されているらしい。何千年という長い間、絶やすことなく続いているんだ」


「素晴らしいわ……もう壮大! じゃあ行きましょうか」


「はい? あ、ああ! ちょっとやめて、やめて下さいっ」


 気がつけばマナさんは、パティの背中を押して霧の中に入らせようとしてる。これはストップしないとやばいことになっちゃうので、


「ちょっとー! 止まって下さいマナさん。我々はここまで来たら帰るだけでしょう」


 僕に体を抑えられ、マナさんは仕方なく引き下がった。ように見せかけてもう一度パティの前に立つ。


「勇者ちゃん! 今世界では魔王軍によって、沢山の人々が苦しんでいるのよ。あなたも聞いたことがあるでしょ?」


「……はい」


 ちょっとうつむきながら、そっぽを向きつつも勇者は小さく頷いた。


「魔王軍はとっても強力だわ。あなたのような力を持った存在が立ち向かわない限り、きっとどうにもならないでしょう。日に日に力を増しているとも聞いています。ならば、今なんとかしなければ!」


 僕は小声でルフラースに話しかける。


「なんか今日のマナさんはとびきり熱いんじゃないか? どうしたんだよ」


「勇者を旅立たせるまたとないチャンスだと思ってるからね。ここは引けないんだろうな」


 パティはマナさんの熱弁を聞いている間も、チラチラと僕のほうへ視線を送ってくる。徐々に宝石みたいな瞳がキラキラしてきたところを見ると、もうちょっとで泣いてしまうかもしれない。そうなったら僕も辛い。ゆっくりとマナさんに歩み寄った。


「あのーマナさん。ちょっといいですか?」


「いーい勇者ちゃん。この先にある世界に行けばあなたの考えも……え?」


「今日のところは帰りませんか? パティもちょっと、疲れちゃったみたいだし」


「もう。アッキーはいつもいいところで邪魔をするのね。……良いこと思いついた!」


 ポンと手を叩くマナさん。嫌な予感しかしないけど。


「アッキーも冒険に出ましょうよ! これから」


「え? 僕がですか?」


「そう。アッキーが行くなら勇者ちゃんも勿論旅に出るのよね? さっきの戦いぶりもなかなかだったわ。魔王を討伐して、最強の道具屋として名を馳せれば、世界中からルトルガー道具屋店に通う人々が現れるわ!」


「なるほどー! 僕の道具屋も大きくなるわけか」


「そうよ! じゃあ決まりね。広大な世界へ、レッツゴー!」


「あ、あれ? 決まったのかい?」


「え、えええー! 衝撃的な展開っ。いろんな意味でついていけない!」


 ルフラースとパティが狼狽する中、僕は肩で風を切るように歩き祭壇前に立つ。勇者と共に魔王を討伐して、最強の道具屋として世界中に名前を知らしめる。いよいよここからみんなで大陸へ渡るんだ。


 そして、壮大な冒険が幕を開けたのだった。



「………ってなるかぁ! 行くわけないでしょーが!」


 僕は振り返ってマナさんに叫ぶ。彼女は同じように精悍な顔で立っていたが、すぐにガッガリした表情に変わる。


「ええー。ここまで高まらせておいて、それはないわー」


「いいえ! ダメですよいきなり旅に出るなんて。とんでもない話です。じゃあみんな、帰ろうぜ!」


 どさくさに紛れて強引に旅立とうとするマナさんを食い止め、僕たちは祠から出てやっとアカンサスに帰ることになった。運転は僕で助手席はパティ。何だかんだ無事に帰れそうだ。


「やっぱりアキトは頼りになるっ」


「そうかい。でもさー。今日は流石に無茶だから止めたけど、いずれは旅に出ないとダメだぞ」


「アキトが一緒なら旅に出るかも」


「おいおい、そりゃ無理だ」


「えへへ! 今日も助けてもらっちゃったね。アキトは道具屋さんっていうより」


「ん? なんだ」


「私の王子様っ」


「な、何言ってんだよ! こんな王子様がいるかっつーの」


 きっと顔が赤くなってしまったのだろう。幼馴染は僕の頬を見て、空に映る夕日の輝きに負けないくらい眩しい笑顔を見せた。

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