第49話 幼馴染はイヤイヤ祠に向かう

 小鳥のさえずりが聞こえ、眩しい陽光が窓から視界に入ってくる。


 朝になったことに薄々気がつきながらも、もう少しだけ眠っていたいと体を左によじらせると、何かが邪魔になって十分に体勢を変えられない。変だなと思いつつまぶたを開くと、目前に誰かがの寝顔があった。


 この寝顔は間違いなく僕の幼馴染だ。


「おいパティ……。どうしてここで寝てんだ?」


「……んん」


 もしかして、僕を起こしにベッドにやって来たけど寝ちゃったとかいうパターンだろうか。普段の彼女を考えれば充分にあり得ることだった。


 まだ眠りから覚めないパティはまるで天使みたいな寝顔で、ちょっと起こすのが勿体無くなってくる。思わず白く透き通った肌と桜色の唇を見つめ続ける僕の肩を、誰かが叩いてきた。


 おふくろか、それともパティの親戚の人達か。僕は朝からかなり気まずい。


「朝からお熱いのねぇ。お二人さんは」


「ファ!? こ、この声は……」


 ここ最近で最も警戒するべき美女の声が耳元から聴こえてくる。まさかと思いつつ顔を上げると、女僧侶マナさんが色っぽい眼差しで見下ろしていた。


「ま、マナさん。一体どうしてここに」


「うふふふ。実はね、私達東にある転移の祠に見学に行こうかと思ってるの。いずれ祠から大陸に行くことになるじゃない? それで、勇者ちゃんも誘おうと思ってきたのだけれど……」


「へええ。わざわざ朝から誘いに来てくれたってことだったんですか。なかなかご親切に」


「でも、そんなことがどうでも良くなっちゃうくらい衝撃的な光景を目の当たりしちゃったわ。どうして二人で同じベッドにいたの? もしかしてあなた達、」


 いつの間にかベッドに上がり込んで来て、四つん這いになりながらにじり寄ってくるマナさん。巨乳がゆっくりと揺れて、何だかとってもいやらしい。僕は仰け反りながら後退しつつ、


「ご、誤解ですよ! 僕らがエッチなことをしていたとか思っていますよね? 朝目が覚めたらパティが眠っていたんです。きっとお越しにきて寝ちゃったんですよ」


「アッキー。お姉さんに嘘はいけないわ。どうしようかしら……朝からこんな姿見せられたら、私も変な気持ちになっちゃいそうよ」


「勘弁してください。朝っぱらから」


 ベッドの隅に追い込まれた僕は、ジリジリと迫り来るマナさんに覆い被さられる直前だ。まるで以前経験した酒場帰りの再現じゃないか。


「ん、んん……あ」


 目をゴシゴシさせながらパティが上半身を起こしてきた。ま、まずい。超まずい!


「アキトー。起きたの……え」


 女の子座りになって視線だけをこっちに向けるパティの動きが止まる。マナさんは四つん這いで僕にのしかかったまま、


「あら勇者ちゃん。おはよ!」


 徐々に全身がカタカタと震え始める幼馴染。破壊のカウントダウンが始まる。


「パティ。解ってるとは思うけど誤解だぞ。僕もこの状況にはビックリして」


「ふ、ふえ。ふえええー!」


「おわあー! 風魔法飛ばすなー!」


「いやああーん!」


 朝から僕とマナさんの悲鳴が家中に響き渡り、おふくろとパティの親戚さんからはかなり白い目で見られてしまった。




 パティの親戚の皆さんと挨拶を終えて、おふくろと一緒に馬車に乗る。


 本来ならここで帰るところなんだが、祠を見学する為に寄り道をすることになってしまった。パティとルフラースやマナさん、マルコシアスさんにガーランドさんも乗り込み、けっこうな大所帯になった馬車は一路東へ。進む程に森林が幅を利かせてくるのだが、草原自体は続いているので通行には困らない。半刻もしないうちに転移の祠と呼ばれる所へたどり着いた。


「まあ! やっぱり古代からある由緒正しい祠だけのことはあるわ。さあさあ勇者ちゃん、中も見学してみましょうよ。モンスターも出ると思うから、気をつけてね」


 馬車の中から顔を出したマナさんが興奮気味に叫び、次の瞬間にはパティの手を引っ張っている。相変わらずの強引さだ。


「ちょ、ちょっと待って下さい。私中に入るとは一言も、」


「ま、まあ……見るだけ見てもいいんじゃないかな。せっかく来たのだし」


「うむ! 俺としても中のモンスターとの戦いに慣れておきたい。ここは入ってみるとしよう」


 ルフラースはいつも通りの苦笑でマナさんを庇い、ガーランドさんも普段と変わらず熱い気持ちが伝わるコメントをしつつ馬車から降りて行く。


「そうじゃなー。じゃあワシも」


「マルコシアスさんはいいです。アキトっ! ちょっと来て」


「ファ!? ど、どうして僕が?」


「け、見学じゃ終わらない予感がするのっ。信頼できる仲間が必要!」


「あらん? 私は信頼できる仲間じゃないのぉ? 本当につれないわ」


 パティはマナさんに引っ張られつつも必死に助けを求めているような目を向けてくる。うーん、確かにこれは何か怪しい。


「……解った。じゃあマルコシアスさんとガーランドさん、馬車の見張りを頼みます」


「え? ワシが見張り……いやー、そうすると旅に」


「旅ってなんです?」


「おっと! 何でもない何でもない」


 慌てて右手を振っているおじいさんの信頼は今日も下がっていく。ガーランドさんも不満そうだったが、マルコシアスさんとは対照的に黙って馬車に乗り込んだ。


「じゃあメンバーは勇者殿とマナ、俺とアキトってことだね。とりあえず行ってみようか」


 ルフラースの先導のもと祠に入りかけたのだが、そこで女僧侶が慌てたように声をかけてくる。


「あ! ちょっと待って。勇者ちゃん、今丸腰じゃない。そのままじゃこの先モンスターと戦えないわ」


 この先って言葉が引っかかるが、多分突っ込んでも目の前にいる僧侶はのらりくらりとかわすに違いない。


「はい。特に必要ないと思ってたんですけど」


「何事も準備が大事よ。安心して勇者ちゃん、私が全部用意しておいたから!」


 マナさんの道具袋から、鉄の剣と鱗の盾、それから銅で作られた兜が飛び出してくる。


「す、凄い。マナさん……準備していたんですか」


 呆れたようにつぶやくパティ。僕も彼女と同じ気持ちだった。


「俺とマナで準備していたんだよ。ほら、クレーベで最初に会った時にさ」


「あの時か! まさかパティの装備を買っていたなんて意外だ」


「でも、でもでも。マナさん、私今こんな服装なので……。戦いなんてできないと思います」


 パティの服装は水色のワンピース姿だった。確かにこんなふわふわした格好で鉄の剣とか盾とか兜なんてつけられても、戦える気はしない。マナさんはまるで答えを予測していたかのように笑顔を崩さず、また道具袋を漁り始める。


「うふふふ。大丈夫よぉ勇者ちゃん。ちゃんとメインディッシュは最後に残してあるわ。これはアカンサスで買っておいたのだけどね。さあ、これを装備なさい!」


 マナさんが勢いよく道具袋から出したものを投げつけ、僕らの視界にははっきり物が見えなかったが、パシッとした音と共にパティが掴んだ時にはあっと驚いた。そしてギャラリーであるマルコシアスさんとガーランドさんからもどよめきが起こる。


「は、はわわわ。こ、こ、これは……」


 パティの両手がプルプル震えている。あっという間に透き通る肌に赤みが刺していき、僕は全身が縮み上がる思いでそれを見た。


「アカンサスの女戦士御用達のビキニアーマーよ! ワンピースは脱いで、今こそプロポーションを披露する時だわ」


「プロポーションを披露って、何だか目的変わってませんか!?」


 思わず突っ込んでしまったが、うん……悪くない。正面からマナさんに反発したくない自分がいる。いい、実に良い。


「い……いやああー!」


 幼馴染の悲鳴が草原いっぱいに響き渡った。

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