第48話 幼馴染はドラゴンの着ぐるみに根掘り葉掘り聞かれる

 僕とパティはお祭り会場まで戻ろうとしている途中なんだが、仮想とは思えないほどリアルな子供ドラゴンが隣をくっついて歩いてくる。


 間違いなく中に入っているのは子供なのだろうけど、四足歩行になっているしどうなっているんだとか考えていたら、


「お兄ちゃんは冒険者なの?」


 と聞いてきた。どうもこちらに興味津々みたいだ。


「僕はただの、アカンサスの道具屋だよ。こっちはバリバリの勇者様だけどな」


「勇者……引退しよっかな」


「引退なんてできないし、きっとみんなが阻止すると思うぞ」


「私は周りの追い風にも負けないっ」


「それを言うなら向かい風だ」


「う……と、とにかく。旅には出ません。以上!」


 子供ドラゴンが駆けながらちょっと前にいるパティに寄ってきて顔をあげる。


「きっと魔王様が怒っちゃうよ。本格的に世界侵攻を始めるかもね。それでもいいの?」


「へ? どうして魔王が怒るの?」


 パティが不思議そうに子供ドラゴンを見つめている。確かにそうだ。別に勇者が討伐に来ないからって、魔王にとっては何も悪いことはない。むしろ脅威がなくなって嬉しいことだろうに。


「魔王様はね。お姉ちゃんとの勝負を待ち望んでいるんだよ。他の人間達じゃ全然相手にならないし、そもそも魔王城に辿り着くこともできない。だから退屈で退屈で堪らないんだって」


「どうして君がそんなことまで知ってるんだ? 魔王のことなんて誰も知らないはずじゃないか」


「おいらは教えてもらったのさ。あるおじさんにね! お姉ちゃんが来ないと魔王様が本格的に動き出して、世の中が大変なことになっちゃうかもしれない。それでもいいの?」


「え? そ、それは……なんていうか。私としては、阻止したいとは思った時代もあったけど。今は自宅警備に忙しいっていうか、なんていうか、その」


 勇者が困惑しておかしなことを言い出した。痛いところを突かれてしまったということだろう。目を逸らしていたことを正面から詰められているようで、ちょっと可哀想になってくる。


「どうして魔王退治に行きたくないのー? おいらに教えてっ」


「ん。えーと」


 チラチラとこっちを見てくる幼馴染。これは助け舟を求めている感じだろうか。ならフォローに入るしかないな。


「なあ少年よ。彼女は元々戦いが嫌いなんだよ。昔からコミュ障でおとなしい性格だったし、争いごととか戦いとかはしたくないんだ。だから、勇者になってしまって困ってる」


「そう! そうなの。私は平和主義だから」


「……しい」


「「え?」」


 僕とパティの声が重なり、同時に耳を子供ドラゴンに傾けていた。


「怪しいー。お姉ちゃん本当はそんな目的じゃないでしょ。実はおいら、遠くからお姉ちゃん達のこと見てたんだ。花火の時からね。お姉ちゃん、そこのお兄ちゃんとべったりしていたいから、旅に出たくないんでしょ?」


「はぁう!? な、なななにぬねの」


「どうしたパティ! しっかりしろ」


 子供ドラゴンは楽しそうに彼女の周囲をピョンピョン飛びかいながら、


「やっぱり図星だ! お姉ちゃんはきっと冒険より恋愛がしたいんだ。お兄ちゃんがいないのが寂しくなっちゃうんでしょ」


「な、何言ってるの! 違うよっ。私はそんな浮ついてなーい」


 完全に我を失ったパティが子供ドラゴンを追いかけて、僕は半分呆れ顔で二人のやり取りを見守っている。子供のほうは軽快に彼女から逃げつつも、


「どうしてもダメなの? ねえねえ」


「ダメ! 私は行かない。行くべきではない」


「いやいや、行くべきだろ」


 思わず突っ込んでしまう。ドラゴンはちょっと呆れ顔になりつつも、逃げながらパティを見上げる。


「お姉ちゃんの脳内はお花畑なのかなー。それとも、そのスカートの中みたいに真っ白なのかな」


「ちょ……こ、こ、こらー!」


「お、おいちょっと待てよパティ」


 いよいよパティが本気になって突っ走り、とうとう子供ドラゴンは捕まってしまった。子供とはいえさっきの発言は許されなかったか。関係ないが僕は鼻血が出そうになってきてる。断じてスカートの中を想像したわけじゃないよ。


「うわわ! 捕まっちゃった。凄いやお姉ちゃん。まだ低Lvなのに僕を捕まえるなんて」


 持ち上げられているドラゴンの着ぐるみは、自分が捕まってしまったのが信じれないという顔だ。


「もう! お姉ちゃんをからかうんじゃないの。何処のお家の子なの? お父さんとお母さんに言いつけちゃうからね」


「ごめんなさい。お姉ちゃんをからかうつもりはなかったんだけど、ちょっと楽しくなっちゃって。こんなこと命令されてないんだけど」


「ん? 命令?」


 僕はちょっとだけ子供の言葉に引っかかりを覚えたが、パティはハーハーと荒い息遣いのまま気がついていないようだった。暗くても顔がタコみたいに赤くなっているのは容易に想像がつく。


「嘘だよっ。でも、あんまり年上の人をからかっちゃダメだからね」


 白い両手が優しく子供を地面に降ろした。もうそろそろお祭り会場に到着しそうだ。


「解った! でも最後にもう一回だけ確認させて。旅には出るつもりないの?」


「もう! 出るつもりないよ。今日更に決意が固まったからっ」


「え? ちょっと待て。一体何があったんだよ? 祭りに参加してただけだろ」


「もう。き、今日はいろいろあったでしょ。アキトは鈍感系」


「僕は鈍感かもしれないけど、きっと普通の奴も気がつかないって」


 ちょっとだけ怒った幼馴染と僕を交互に見ていた子供ドラゴンは、パタパタと小さい背中を動かし始めると、なんと本当に宙に浮き始めた。


「え、えええ!」


「ファ? 飛んだ!?」


 空高くまで浮き上がった子供ドラゴンは、こちらにニッコリと可愛い小動物の笑顔を振りまきながら、


「解ったよ。じゃあ伝えておくね、ガルトル様に!」


 と一言残して飛び去って行った。


「凄い……あの着ぐるみ、欲しい」


「違うぞ! あれは本物だ、本物」


「え、えええ! う、嘘ー。本物だったの!?」


「ああ……多分。仮装に紛れて本物のモンスターが入ってきていたんだ。ガルトルって言ってたしな。この前アカンサスに現れた魔王軍幹部の名前だ」


 また僕らを偵察に来るなんて予想もしていなかった。ということは、奴が話していた魔王のことも本当の話ってことになる。なんて酔狂な魔王なんだろうか。


「勇者殿ぉー!」


 気がつくとゴーレムの仮装をしたガーランドさんを含め、マルコシアスさんやマナさん、ルフラースがやって来ていた。


「きゃあっ! が、ガーランドさん?」


 突然のゴーレム着ぐるみのダッシュに怯えて僕の背中に隠れるパティ。


「うおわっ! ちょ、ちょっと! そんなにダッシュで来ないで下さいよ、めっちゃ怖い」


「探したぞ勇者殿にアキト殿。まさか二人で失踪したのではないかと心配になってな」


「ワシも遅れて参加したが、勇者殿がいなくなったと聞いて、もしやと思いましてな。見つかって良かった良かった」


 ガーランドさんとマルコシアスさんは僕らを探し回っていたらしい。ルフラースはまた苦笑したままだったが、マナさんは目を輝かせながらパティの両手をガッチリ掴んでくる。


「ひゃひい! な、なんですかマナさん」


「もうー。勇者ちゃんったら、お祭りは二人だけで楽しむじゃないのよ。さあ、今から私達と心ゆくまで遊びましょ!」


「も、もうそろそろお開きになるので」


「いいえー。まだまだ祭りはこれからよ。さあ勇者ちゃん、さあ!」


 グイグイ突っ込んでくるマナさんを拒めないパティは、半ば強引にお祭り会場に引き戻されていき、ルフラースと僕はただただ見守るばかりだ。そうだ。とにかく報告はしておかないといけないと思い、隣に立っているイケメン賢者に、


「なあ。仮装に紛れて、本物のモンスターがやって来ていたぞ。ちっちゃいドラゴンだ」


「え? 本当かい。珍しいこともあったものだ」


「な、なんかリアクション薄くない?」


「ははは。あれだけの仮想の中には、一匹くらい本物がいるんじゃないかと思っていたんだ。小さいドラゴンならまだ良かったんじゃないかな」


「よく平然としてられるなー……流石だわ……」


 ルフラースは相変わらず動じない。その後もお祭りは続き、家に帰ってから泥のように眠ったのだった。そして次の日、やっぱりというか彼女が動き出した。

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