第47話 幼馴染が見せたかったもの
「もうちょっとで着くよ。坂道だから、ちょっとだけ大変だけど気をつけてね」
パティの喋り方が、まるで子供に言い聞かせるみたいな感じだったので思わず僕は苦笑する。すっかり暗い田舎道は多少のランプがあるおかげで、微かだが周りが見渡せた。
「あのお祭り会場にいるより楽しいことってなんだ? もしかして肝試しじゃないよな」
「違うよ。私お化け嫌いだもん。もしゴーストが現れたら、アキトがやっつけてね」
冗談っぽい言葉ではない。勇者なのに臆病っていう矛盾を抱えてる幼馴染は、その矛盾のせいでむしろ魅力が増しているような気がした。
「僕じゃどうやったって倒せない上級モンスターだったりしてな。いきなり背後から……」
「や、やめてよっ。怖くなってきちゃった」
パティは小さな肩を縮こませて、ちょっとだけ歩くペースを緩めて僕と並ぶ。予想していたとおり細い指先が上着の裾をつまんできた。
「冗談だよ。こんな村のど真ん中にモンスターなんて出ないって。仮装している奴らだって会場から離れないし」
「う……うん。やっぱりこうしてると落ち着くっ。あそこだよ!」
彼女が右手で指差した先にあったのは単なる小山の頂にしか見えなかった。でも近づいてくるにつれて、クレーベの村全体を眺めることができるなかなかのスポットであることに気がつく。そしてご丁寧に小さなベンチまで設置してある。
「すげえー。お祭りの会場から、温泉からお店から、何でも見渡せるんだな」
「うん! でもね、みんなお祭りの時はあんまりここには来ないの。すっごい良いものが見れるのに」
「これから見れるのか? 一体何が始まろうっていうんだ」
「えへへ! 待ってれば解るよ」
僕とパティは小さなベンチに座った。虫の鳴き声や風で草木が揺れる音くらいしかない世界で、彼女と二人っきりになる。どっちも会話下手だから、実際のところは黙っている時間も結構あるんだけど、不思議とパティとは無言でも気まずくなることがない。
それは小さな頃から仲良くしてきた幼馴染だから、ということが一番大きいんだろう。でも、他にも何か理由があるのかもしれない、と最近僕は思い始めている。でも、その何かがよく掴めないんだ。世界の成り立ちとかモンスター達よりも、隣にいる銀髪の少女にこそ不思議が込められているような気がした。
「私ね。小さい頃はお祭りの日に、よくお父さんとお母さんにお願いして、ここに連れてきてもらってたの。一人で行くと怒られていたから」
「一応言っとくけど、今でも一人で来ちゃ危ないんだぞ。お前は」
「え? どうして?」
キョトンとした顔でこっちを見上げてくるパティの声は透き通っていた。この静かな空間で聴くと、やっぱりいい声だなって再認識する。
「だって、年頃の女子じゃないか。勇者とか言ったって、いろいろと危ないことに変わりはない」
「あ……もしかして、心配してくれてるの。えへへ! なんか嬉しい」
「いや、別に心配とかそういう、」
言いかけた時、正面に何か光るものが見えた。それはよれよれの軌道を描きながら空高く上昇すると、まるで爆発魔法みたいに弾けて散っていく。でも、魔法よりも鮮やかで美しくて、僕は言葉を失って見惚れてしまった。
「凄いでしょ! クレーベ祭のメインイベント、花火だよ!」
「ああ……これが花火ってやつか。初めて見た」
丸い光の芸術は一度始まったら、なだれ込むようにドンドン続いていく。何発も色とりどりで形も様々な花火を眺めているうちに、心の中が感動でいっぱいになってきた。
「凄い! これは凄いぞ。しかもこの眺め……最高じゃないか」
「うん! 本当に綺麗だよね。私……ずっと前からアキトと一緒に、この景色を見てみたかったの」
「え? な、なんか照れる言い方だな……やめてくれよな」
左隣に座っているパティとは、肩が触れるか触れないかの距離感だった。そんな彼女の右手が僕の左手に触れてきたから、てっきりいつもみたいに手を繋ぎたいのかと思ったんだけど、何かが違った。
細くて小さな白い指が、まるで絡みついてくるようだ。指と指の間に入ってくるこの握り方は、もしかして恋人繋ぎとか言われるものではないだろうか。いや、間違いなく恋人繋ぎだ。
「…………」
僕は何を言っていいのか解らなくなる。柔らかい感触に夢中になってしまい、思わず握り返す。抱きついているわけでもないのに、こんなにくっついているような感触を体感するなんて。
ふと視線を彼女に向ける。花火を見ているようだが、なんだかいつもより大人しくて、瞳や頬が艶やかに潤んでいるような気がした。ずっとこうしていたい。いや、もっとくっついてみたい。僕自身がいけない心の声と戦っている時、
「花火、終わっちゃったね」
「え? ああ……終わったのか。マジで綺麗だったな。パティも綺麗だけど」
「……え」
しまった! 本当に、勝手に口が動いたみたいに喋っていた。急な言葉に反応してこっちを見上げる幼馴染に照れ笑いを作りつつ立ち上がった僕は、
「冗談に決まってんじゃん。じゃあ帰ろうぜ!」
「も、もうっ。そこは本当だ! でいいのに」
不意打ちみたいな感じで立ち上がったので、恋人繋ぎは解かれてしまったが、特に気にした素振りも見せず帰ることにした。小さな山を降りて田んぼ道を歩いている間も、まだドキドキがおさまらない。そういえばバツゲームの話は何処かに吹っ飛んでしまった。
「お前が綺麗なんて言われるのは百年早いんだよ。まだお子様じゃないか」
「ひどーい。私がお子様なら、アキトは赤ちゃんだよ」
「そこまで幼くないだろ! 僕は大人の男だからな」
「大人の男はレディに失礼なことは言わないのっ。ねえアキト、やっぱり旅に出るのやめていい?」
なんで冒険に出るか出ないかの判断を僕に委ねるのか知らないが、ここはやめてもいいよと言うわけにはいかない。
「駄目だ。旅に出て魔王を討伐せよ。これは僕からの依頼だ」
「お断りしますっ」
「断るのはええ! なあー。どうしても、どうしても魔王討伐は嫌なのか?」
「うん。私は魔王討伐には行かない。だって魔王を倒しちゃったら、」
言いかけてハッとした顔になって口元を手で塞ぐパティ。
「何か隠しているな。吐け」
「いや! 絶対言わないから」
「そこまで頑なだと尚更気になるだろ。さあ吐け」
「やーだよ。アキトだって秘密にしてるんだから、おあいこでしょ。じゃあ、私を捕まえたら教えてあげてもいいかもっ」
「何をー。僕の足を舐めるなよ!」
そう言いながら走りだすパティ目掛けて僕は駆け出した。こういうじゃれ合いみたいなのが今後も続くのかなとか考えていると、突如数メートル前を掛けていた彼女が前のめりに転ぶ。ドジっ娘の鏡である。
「い、たぁーい!」
「前を見て走らないからだぞ。大丈夫か?」
「痛いのはこっちだよ。お姉ちゃん」
不意にドジっ娘の傍から奇妙な声が聴こえたが、キョロキョロと辺りを見ましても誰もいない。本当に幽霊が出てきたかもしれないと、ちょっと不安になってくる。僕だって幽霊は怖い。
「え? もしかして、幽霊か」
「ひ……や、やだ! アキト、浄化してよ」
「僕はお祓いなんてできないって!」
「幽霊じゃないよ。下だよ、下」
言われるがまま下を向くと、どう見ても黄色いドラゴンの子供にしか見えない奴がこっちを見上げていた。
「ええ……。もしかしてドラゴン? この村を襲いに来ちゃったの?」
慌てて体を強張らせるパティに、ドラゴンは首を横に振る。
「違うよー。これは仮装」
「マジかよ。メチャクチャリアルだな。口だって普通に動いてるし」
「ねえねえ、それよりさ。お姉ちゃん達、本当に冒険にいかないの?」
きっと子供が中に入っているんだろう。ドラゴンベビーの仮装は、パティが冒険に出ないと言っていたことが気になっているようだ。
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