第46話 幼馴染とお祭りを楽しむ
夕日が沈みかけている中、上着をあげてお腹を見せてくる幼馴染。思わず唾を飲み込んでしまう自分がいる。
なんて細くて綺麗で、それでいて滑らかそうなお腹なんだろう。でも、ここで触ってしまったら本当に祭りどころじゃなくなる。
「ば、バカ! その柔らかそうなお腹をしまえ。今すぐに!」
「……ご、ごめん。嫌だった?」
ガーランドゴーレムの背後に隠れるようになった僕らからは、あまり人目には目立たないといっても、誰かしらには見える位置どりなわけで。女の子のお腹をさわさわしている男なんて発見した日には何を言われるか……。
「乗り気ではないかな。乗り気では……」
そんなことを考えていたのだが、僕の右手が勝手に伸びてしまい……。
「あ……んむ……」
急に冷たい手が触れたからか、彼女はビクッとお腹を震わせた。言ってることとやってることが反対の僕を責めるわけでもなく、ちょっとの間目を閉じてしまっている。暖かい感触が指先から掌全体に広がってきて、このままずっと触っていたい衝動に駆られたが、
「どうした? 二人とも」
「え? い、いや別に!」
ガーランドゴーレムが背中を向けたまま話しかけてきて、直ぐに手を引っ込めてしまう僕。パティは上着を元に戻すと、またしてもお腹に触ってくる。
「えへへへ! アキトのお腹好き! 触り心地が良すぎっ」
「他の奴と感触なんて変わらないぞ。はい! もう終わり」
「ええー。もうちょっとだけいいでしょ。あー! もう」
完全シャットアウトに不満があると言わんばかりの顔になったパティを尻目に、もうお祭りどころじゃなくなった僕の肩を、振り振り向いたガーランドゴーレムはポンポンと叩いてくる。
「お祭り会場に着いたぞ。おお! 見るがいいアキト殿。あそこにルフラースとマナがいるぞ」
広い会場は沢山の人に溢れているが、親友とその彼女さんは直ぐに解った。これはまた一波乱あるような気がするという僕の予感は大抵の場合当たる。二人はこちらを見つけるなりにこやかに手を振って歩いてきた。いやー、それにしても絵になる二人だと思う。
「よう! 楽しんでるか?」
僕の声かけにイケメン賢者は首を縦に振り、
「なかなか見所のあるお祭りだよ。そこのゴーレムはガーランドさんかな?」
「左様だ。村のみんなに期待されてな。答えぬわけにはいかん」
「ははは。似合ってるよ。にしてもこの会場は凄いね。中央でみんな踊っているみたいだけど、もしかしてクレーベの伝統のダンスかな?」
「あ……はい。お祭りの時とかしか、もう踊らなくなったんですが」
パティはちょっとテンション低めに答える。以前よりは対応が冷たくなくなっているが、今の勇者に一番必要なのはコミュ力かもしれない。
「せっかく来たんですもの。一緒にお祭りを見て回らない? 私、この村にとっても興味があるわ」
「……え、あ、はい」
うーん。はたから聞いててもパティが嫌そうなのは丸わかりだ。それでも全く怯まないあたりマナさんは凄い。
「あらぁ、嬉しいわー。では早速行きましょ!」
かくして僕ら五人はお祭り会場を一緒に散策することになった。ガーランドさんは子供達と冒険ごっこをしたり、ルフラースは村娘数人に逆ナンパされてマナさんに睨まれたりしていて、それぞれ楽しんでいる感じはある。
左腕の袖を誰かが摘んでいることに気がついたのは、ルフラース達がそれぞれ違う何かに視線を向けている時だった。
「ねえアキトー。射的してみない? 私けっこう取れるんだよ」
「射的? 全然やったことないからちょっと不安なんだけど」
「大丈夫大丈夫! 教えてあげるから。ほら、早くー」
「おわ!? ちょ、」
ヒュン! という音がしそうなほど俊敏になったパティに連れられていった小屋は、オモチャのような弓矢を使って的から景品を落とすゲームをやっていた。的は数メートル程の距離だから、普通に当たりそうに見える。
「一回1マネイだよ。やるかい?」
店員のおじさんが気さくな笑顔を振りまきながら声をかけてくる。まあ妥当な値段、なのかなあ多分。
「じゃあやってみるかな。簡単そうじゃん」
「ふふふふ……」とパティが意味深な笑いをしたので、なんだか嫌な予感。
「ふふふふ……じゃあ頑張りなよ兄ちゃん」
おじさんも同じ笑い方だ。僕はオモチャの弓を引っ張って、一番奥にある兜を狙うことにした。こんなカッコいい兜アカンサスにだってないのにとか思いながら矢を放つと、どういうわけか明後日の方向に矢が飛んでいってしまう。
「あれ!? なんだよこれ。ちゃんと狙ったのに」
「あはは! これ実はすっごく難しいんだよ。じゃあ次は私の番ね」
パティは僕から受け取った弓矢を持ってゆっくりと構える。うん、なんていうかサマになってる気がする。すうっと小さく息を吸いながら、吐くと同時に矢を放つ。
ストン! という小気味良い音と一緒に、三等賞くらいの魔王のお面を撃ち抜いて床に落とした。
「うお! す、すげえ!」
「お嬢ちゃんやるねえー。はい、三等のお面だよ」
「ありがとー。ねえねえ、似合う?」
魔王のお面を側頭部に被ったパティは満面の笑みを浮かべている。まるで子供みたいだなと思いつつ、
「勇者が魔王のお面っていうのはどうかと思うけどな、まあ似合ってるぜ。よし! じゃあ僕は引き続きあの兜を撃ち落としてやる」
「「ふふふふ……」」
またしてもおじさんとパティが同じ笑い方をしてる。なんだよ、ちょっと怪しいな。
意外に自分が負けず嫌いなのかもしれないなと思いつつ、その後数回ほどトライしたが、なぜか矢はほとんど兜に当たらず、当たったように見えても弾かれてしまう。
「アキトー。そろそろ行こうよ。射撃だけでお祭り終わっちゃうよ」
「くううー! わ、解った。じゃあなおっちゃん」
「まいどありー。惜しかったなぁ兄ちゃん。また来いよ!」
店を出るとさっきよりも人で溢れている。凄い賑やかさと、モンスターや英雄の仮装をしている人達によって派手さも加わっており、確かに楽しい。
「ねえねえ。あの一等賞……実は当たっても倒れないんだよ」
「へえー。倒れないのか。……なに!? じゃあインチキじゃないのか?」
「あはは! お祭りの屋台には昔からつきものだよ。みんな、そういうのを引っくるめて楽しんでるのっ」
「不思議な文化だなー……なんて納得できるか! ち、ちくしょーあの親父め。パティも知っていたら教えてくれよな」
「だってムキになってるアキトが面白いんだもん」
軽いステップを踏みながら幼馴染は桜色の舌を出した。普段見せない大胆な仕草に胸が高鳴ってしまう自分が恥ずかしい。
「悪魔め。お前の発言には充分な警戒が必要だな」
「警戒しないでよ。たまにしか騙さないから」
「たまに騙すのかよ! 真実だけを話せ真実だけを!」
「やー。嘘も時として必要なのですっ」
悔しい気持ち全開だった僕とは対照的に、満足げなパティはクスクス笑っている。そういえば射的に夢中になって気がついてなかったが、ルフラース達とはぐれてしまったらしい。
い、いや待てよ。さっきのパティの動き。もしかしてマナさんを巻こうとしたのでは? 歩きながらも考えを巡らせる僕を、隣にいる幼馴染は微笑みながら見上げてくる。
「ねえねえ。今度は金魚すくいしない? 金魚を取った数で勝負っ」
「えー。まだやるのかよ。まあいいぜ経験があるしな。僕は金魚すくいならきっと勝てる」
「じゃあ金魚すくいで勝負ね。アキト、負けたらバツゲームだよ」
「ハッハッハ! 吠え面かくなよ。今度は勝ってやる」
さっきの悔しさを晴らすべく金魚すくいの場所に向かい、悠然と捕獲を試みたものの、想像以上に腕が立つ幼馴染にまさかの惨敗を喫してしまう。僕が三回トライして二匹で、パティは三回トライしてなぜか五匹。嘘だろ。
「やったー! 今回も私の勝ち」
「パティお前……さては何かズルをしたな」
「アキトとは年季が違うの。といっても小さい時以来だけど。じゃあバツゲーム……の前に、ついてきて!」
「お、おいおい。今度は何処に行こうっていうんだよ」
僕の服の裾をまた引っ張ってくる。今日はいつもより饒舌だし、やっぱりテンションが高い。普段とは違うパティをみれるだけで、お祭りに来た甲斐があるのかもしれない。
しかし、どういうわけかお祭りの会場から出て行くことになった。何故かは解らないが、ちょっとずつ人気のないところに彼女は進んで行ったんだ。
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