第45話 幼馴染はお腹を触りたい
かくして幼馴染の親戚宅に戻った僕達は、夕方までは特に何事もなく過ごした。
大広間でおふくろと支店を作るかどうかについて話し合いを続けたが、やっぱりお互い気が進まず、ほぼ計画は見送ることに決まってしまった。まあしょうがないなっていう感じ。変に手を出して失敗したら余計にお金を失ってしまう。
そして夕方を過ぎた頃、個室の扉を勢いよく開いたパティは開口一番、
「いよいよこの時が来たよっ。アキト!」
子供みたいにワクワク感が思いっきり出ている幼馴染。こんなにキラキラした顔は、アカンサスではなかなか見られない。
「そうか! パティ。いよいよ旅に出るんだな。頑張れよ!」
「出ません! お祭りに行きますっ」
「もう返答に何の躊躇もないな……はあ」
ため息まじりの僕を急かしたてるパティをなだめつつ、とにかく外に出てみると、もう村中がお祭りモードに入っているようだった。暗くなっている道に灯されているランプ一つ一つにお祭り用の飾りが付けられていて、ただ景色を見ているだけで楽しめる。
会場までの道のりを二人で歩く時も、彼女はニヤニヤが止まらないらしい。
「アキトとクレーベのお祭りに来れるなんて、何だか夢みたい」
パティはわざわざ着替えたらしく、ボーダーのシャツと赤いロングスカート、それから白いサンダルを履いていた。夏らしさが充分にある上にオシャレで、行きかう村の人達がチラチラと視線を向けてしまう。
「オーバーだな。それにしても、お前がそんなにお祭り好きなんて知らなかった」
「お祭りが嫌いな人はいないよ。アキトも行ってみれば解るっ。すっごく楽しい」
薄明かりに照らされているパティの笑顔は、普段よりも綺麗に見えてちょっとドキドキしてしまう。こんな些細なことで心臓が高鳴っちゃう僕って何なんだとか思っていると、遠くから巨大なゴーレム……の着ぐるみを着た誰かが近づいてきた。
「うわー……メチャメチャリアルじゃん」
「うん! あのゴーレムは人気高いよ。凄くおっきな人しか着れないけど」
田んぼ道で本当にゴーレムと遭遇したら死ぬほど怖いが、作り物と知っていれば別になんてことない。そんな風に考えていた僕は、30メートルほど先にいたゴーレムがこちらを見つけた瞬間に、猛然とダッシュしてくることでビビりまくってしまった。
「う、うわわわ! ちょっとちょっと」
「きゃあっ」
余りの恐怖にパティの手を引いて来た道を走り出す。流石のお祭り経験者パティもこれは想定外だったらしく、同様に怯えてしまっている。マジで怖いんだけどとか思っていたら背後から追いついて来たゴーレムが、
「待つのだ! アキト殿、勇者殿!」
「うわあああ……あ? この聞き覚えのある声は」
「も、もしかして」
僕らは立ち止まり、同様に目前で止まったゴーレムを見上げる。このデカイ着ぐるみを着たまま走れる体力、野太い声、もしかして。
「ガーランドさん?」
「へ……変態、戦士」
「勇者殿!? 誰が変態戦士なのだ? お祭りが始まったので二人を誘おうと思い、こうして馳せ参じたのだ」
「そうでしたか、なんか悪いですね」
「……別にいいのに」
パティはちょっと嫌そうな顔になっている。ゴーレムはウンウンと頷きつつ、左手の親指をお祭り会場にクイクイと向ける。
「万が一道に迷っては大変と思ってな。さあ、行くとしようか!」
かくして人間二人+魔物一匹みたいになったパーティーはお祭り会場に向けて再度進み始めた。パティはさっきまでとはテンションが全然違う。まるで歩く氷みたいに感じる。
「アキト殿……」
「え? な、何ですか」
突然トーン低めに呟いたガーランドさんは、ゴーレムの見かけも相待って結構怖かったので、ちょっと返事が上ずってしまった。
「昨日はすまなかったな。悪かったのはマルコシアス殿なのに、アキト殿のことまで疑ってしまって」
「いえいえ、気にしないでくださいよ。ちゃんと止めなかった僕も悪いんです」
「女湯を覗こうという行為を見てついカッとなってしまった。我ながら恥ずかしい」
「ガーランドさんは硬派ですよね。異性と付き合いたいって思わないですか?」
「うむ。前にも話したが、剣の道に女は不要だ。……不要だが」
お祭り会場までは後五分も喋っていたら着くだろう。子供達が僕らを抜かして会場まで走って行く姿に、何となく癒されていると、言い淀んだガーランドさんが話を続ける。
「以前一人だけいた。交際してほしいと、遠回しに言われたのだ。その時は気がつかなかったが」
「ファ!? が、ガーランドさんに告白した人が……」
脳天を突き抜けるようなショック。なんてことだ。気がつくと右隣のパティも唖然とした顔で僕らのやり取りを見守ってる。
「うむ。だがあの時はつれない態度を取ってしまった。今となっては申し訳なかったと思っている。彼女はアカンサスからも去ってしまったからな。プライドが高くて周りからは好かれていない女だったが、その実は繊細な心の持ち主だったのだ。どうして好かれのかは後になって解った。恐らく……」
「お、恐らく?」
「……腹筋だな」
「え?」と僕が訊き返して、パティは「ふえ?」と間の抜けた声を出してしまった。
「うむ! 恐らくは鍛え抜かれた腹筋に惚れてしまったに違いないだろう。あの時俺は腹筋を徹底的に鍛え続けていた。他の筋肉はまだまだ細かったのだ。だからアキト殿も、まずは腹筋を鍛えぬくことだ!」
うーん。ガーランドさんらしい発想といえばそうなんだけど。間違ってるよなー、それ。
「は、はい。じゃあ鍛えることも考えておきますわ。ははは」
「ちなみに今はどのくらい腹筋があるのだ?」
「うわ! ちょ、ちょっとー」
ガーランドさんは着ぐるみの手で強く僕のお腹を触ってきた。一介の道具屋なんてそこまで筋力が必要ないので、はっきり言って自信ない。
「うむ。悪くないぞ! これはなかなか素質がある」
「え? 素質とか……あるんですか?」
「何人もの腹筋を触ってきた俺が言うのだから間違いない!」
「な、何人も触ってるって、怪しいっ」
パティのいうこともごもっともだ。ガーランドさんは本来のゴーレムもやりそうな両手を上げて拳を固めるポーズを取り、
「ともに筋肉仲間になろうぞ! パティ殿も触ってみろ、彼の腹筋は才能に溢れている」
「……え」
「いや、別に触んなくても」
「さ、触る! 触ってみたい」
さっきまで氷の女王さながらだったパティが、急に真夏の太陽みたいに熱気に溢れた笑顔を取り戻した。そろーりと小さな右手が僕のお腹周りに近づいてくる。
柔らかい掌の感触が、みぞおちからヘソあたりまで優しく撫でるように降りてきて、妙なくすぐったさに少しだけ身がよじれてしまう。
「うわっ。な、なんかくすぐったいぞ!」
「えへへへ。すっごい固いお腹してるんだね。でも気持ちいい」
「僕のお腹を猫とか犬のお腹と勘違いしてないか」
話しながらもパティは、またみぞおちに手を戻しては触ってくるので、ちょっとずつ気持ちまで妙になってきた。
「もう終わりだ終わり!」
「ええー。もうちょっとだけっ。まだまだ触り足りないの」
「ダメ! 終了」
「アキトのケチー。……じゃ、じゃあ、私のも触ったら、もうちょっと触らせてくれる?」
「ファ!? な、何でそうなるんだよ」
しれっと爆弾発言をしてくるので、僕は飛び上がりそうになり、そんな様子を右隣を歩くゴーレムは黙って見ているようだったが、
「ふむ。お互いに触れておくこともいいかもしれん。良い筋トレパートナーになれるかもしれん」
「ガーランドさん、これは筋トレとかそういう問題ではーわわわ!?」
突然腕を引っ張られ、着ぐるみゴーレムの背後に隠れる形になった幼馴染と僕。
「は……はい。アキト」
心臓が止まりそうな光景が視界に入る。パティは恥ずかしそうに上目遣いになりながら、シャツの端を上げてお腹を見せてきたからだ。
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