第44話 幼馴染は僕の記憶を消したい

「みんな、俺はそこのお兄さんと話すことがあるから、遊ぶのはまた今度にしよう」


 店内にいたルフラースは僕と一緒に外に出て、子供達はみんなぞろぞろとついてくる。既にガッチリと子供心を掴んでしまった様子で、すぐにみんなは嫌そうな顔を見せた。羨ましいと内心思う。


「えー。つまんないー」


「ねえお兄ちゃん、もうちょっとだけ遊ぼうよ!」


 小っちゃい女の子が地団駄を踏んで引き止めようとしたり、男の子がぐいぐい服の袖を引っ張っていたりしているが、イケメン賢者は微笑を浮かべてさらりとかわしていく。本当に人の扱いが上手い。子供達はなんだかんだ去っていき、僕らは田んぼ道をひたすら歩く。


「この先に面白いものがあるんだ。散歩がてら君に見せたくなってね」


「確かにこの村には珍しいものがいっぱいあるみたいだな。所々で祭の準備もしてるしさ」


「祭りはいいねえ。いくつになっても、誰とでも楽しく過ごせるイベントだ。……話は変わるが、マナが君達に随分と迷惑をかけてしまったようだね」


 ギク……やっぱり話ってそれだったのかよ。さっきのパティよろしくUターンして駆け出したい衝動に駆られたが、こうなるとどうにも逃げられない。


「いや……別に気にしてないよ。マナさんって凄い大胆な人なんだなってことは、その……理解できたというか」


「ははは! 君が気にすることなんて何もない。彼女はね、必死なんだよ。どうしても旅に出なくてはならない理由があるんだ。勇者と一緒に冒険することができるなら、彼女に嫌われても構わないって思ってる。矛盾してるだろ?」


「確かに矛盾してるな。マナさんがそこまで躍起になる理由ってなんだ?」


「悪いがここから先は口止めされている。俺は約束は守る主義でね。ただ一つ言えることがある。彼女はここクレーベの村で、これまで以上に必死になってくるだろう」


「勘弁してくれよ! あれ以上ヤバイ行動されたら死んじまう」


「アキト、君の骨は俺が拾ってあげよう」


「拾ってないで助けろ! 骨になる前に助けてくれよ、頼む」


「俺には不可能だ。棺桶にぶち込まれるのがオチだよ。マナを何とかしたいのであれば、早々にクレーベからアカンサスに戻ったほうがいいかもしれない。だって、ここから東は転移の祠がすぐそこだ。説得に成功すればすぐに旅に出れちゃうからね」


「マジかよ、そういうことか。そりゃーマナさんも必死になっちまうよな」


「アドバイスしちゃったのは俺だが」


「余計な一言が多いんだよお前は」


「つい親切心が働くのさ」


「親切というか意地悪だろ!」


「愛は時として人の足を引っ張るのさ。マナが迷惑をかけてすまない。そして俺は、彼女の内面を知れば知るほど、むしろ好きになってくる」


「変わってるよなお前。そんなにドMだったっけ?」


「Mではないよ。かといってSでもないと思っているが。彼女が俺から離れることがあるとしたら、それは俺の愛が足りなかっただけだ」


 まるで僕が心の奥で遠慮して言えない心配を読んでいるかのように、風みたいにサラリと親友は言った。こういう境地には普通の男はきっと到達できない。だからいきなり賢者になれたのかもしれないと、僕は心の中で結論付けた。


「さて、彼女の話はここいらで終わりだ。実は見せたいものもあってさ。アレだよ」


 ルフラースは持っていた木の杖を正面に向ける。どうやらお祭りの会場みたいで、本当に何もない野原みたいな空間にその場限りの小屋をいくつも立てているようだった。会場自体は宿屋を五つくらい建築できそうなほど広い。


「凄いな! 思っていたよりスケールデカいじゃん」


「アカンサスのお祭り程じゃないが、なかなか面白そうな感じがしてくるだろう。それにほら、アレ」


 イケメン賢者の視線の先にはモンスター……ではなく、モンスター達を模した着ぐるみがいくつも作られては、柵みたいな奴に立てかけられていた。


「え! もしかして仮装したりすんの?」


「そういうお祭りなんだよ。モンスターに仮装したり、過去の勇者達みたいな英雄に仮装したり、とにかく普段とは違う自分になって遊び回るのさ」


「面白そうじゃん。普通に小屋でゲームしたりお菓子買ったりするだけかと思ってた」


「実はさ。俺達も仮装に協力してほしいって言われてるんだ。アキト、よかったら君もやらないかい? 彼女は興味津々みたいだよ」


「へ? 彼女って……あ」


「……あ!」


 向こうもほぼ同時にこっちに気がついた。まるで子供みたいにモンスターや有名人のお面が並べられているスペースに食いついていた幼馴染が、慌てて周りを見回し、どういうわけかトロルのお面を被った。


「パティ! お前こんな所で油売ってたのかよ」


 仕方なく近づくと、トロル面は不審者感バリバリのそわそわした動きをしながら、


「ひ、人違いでは? 私はただのトロル」


「お面だけで誤魔化せるか! 服がまんま変わってないだろうが」


 さっと右手でお面を外してみせると、パティは耳まで真っ赤にして両手をブンブン振り回してくる。ポカポカと頭に命中してHPを削られてしまう僕。


「ひゃああっ。わ、私の正体を知られたからには、生かしてはおけませーん」


「ちょっと! ちょっとやめろって。一体誰の真似しているだよぉ。おい! ルフラース、助けろ! ルフ、」


 後ろを振り向くと、もうイケメン賢者の姿はない。奴め逃げたな!


「わたたた!」


「いててて! やめろ、なんで叩くんだよ」


 さっきの占いの結果で思いっきり意識してしまったのか。もしくは記憶を消したいほど恥ずかしいのか解らないが、今日も幼馴染は暴走を繰り返している。こうなったら反撃に出るまで!


「殺す気か! やめろと言っているのだぁ!」


「だってだってー。あんなの恥ずかしくて、どうしようも……え」


 突拍子もなく小さな頭に手が乗ったことで、パティの目が点になり攻撃の手が止まった。


 さわさわさわさわ……。


 犬や猫を可愛がるような要領で、僕は幼馴染のふわふわした髪を優しく撫でる。凄い……この感触はそこらのモフモフでも太刀打ちできない反則級の柔らかさを秘めていて、こっちがとろけてしまいそうになる。


「え……えへへ」


 まるで夢の中でプレゼントを貰っている子供みたいな顔で目をつぶっているパティ。勝った! 僕はクレーベの村で棺桶に入らなくて済んだらしい。


「さてー。じゃあ一旦家に帰ろうぜ。お祭りは夕方からなんだろ?」


「はああ……気持ちいい。え? うん。夕方になったら一緒に行こうね!」


 占いの件を上手く封印することに成功した僕は、とにかく飯を食うために幼馴染の親戚の家に戻った。

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