第43話 幼馴染は占いたい

 とんでもない体験をしてしまった翌日、僕はおふくろと一緒に村を見て周ることになった。


 ルトルガー道具屋2号店を作ろうというおふくろからはかなりの野望を感じたものの、現在使われていない空き地を見ていると、ほとんど客入りしそうにないくらい中心部から離れていたのである。


 これじゃあ客寄せに苦労しちゃうだろうなとか考えていると、今度は店員になってくれるらしき村人とも会いに行ったが、僕もおふくろも信用していいか微妙な感じがした。


 まず仕事を任せるにあたって、誰しもが第一に勤勉さみたいなものを求めると思うのだが、その村人達は何か引っかかるところがあったからだ。会話していると何となく解ってきたりする時あるよね。


 そんなこんなでおふくろと相談した結果、道具屋二号店を作る企画は延期することにほぼ決まった。僕らが真面目に日中考えたり視察している間にも、興味津々な幼馴染はついて来てるわけで、ホントに暇なんだなと帰り際に心の中で思っていたら、


「ねえアキト! もうお仕事の件はおしまいでしょ? じゃあ一緒にオモチャ屋さん行かない?」


 田んぼ道を三人で歩いている中、前に出た幼馴染が誘ってくる。


「オモチャ屋さん? そんなところあるのか」


「うん! 意外と大っきいし、見てるだけでも楽しいよっ。ねえ、行こうよ」


 僕は隣を歩いているおふくろをチラリと見ると、


「いいんじゃない。二人で行ってきなさいよ。あたしはちょっと今日調べて来たことを整理したり、いろいろあるからね」


「解った。じゃあ行くか」


「やったー! 行こ行こー」


 昨日はマジでドン引きされてしまったかと思ったんだけど、幼馴染の態度は全く変化がない。きっと彼女のドン引き評価はガーランドさんとマルコシアスさんに矛先がいったのかもしれないが、そこら辺はあまり突っ込まないほうが賢明だ。


 田舎の田んぼ道をずっと歩いた先には、宿屋とか武器屋とか防具屋とかお馴染みの店が並んでいて、一番奥まった裏手にポツンと立っている年季の入った小屋がどうやらオモチャ屋さんらしかった。


「あそこだよ! 私前から欲しかったのが……あれ?」


 小屋の前にはベンチがあって、子供達が一人の男と遊んでいた。見慣れたこのイケメンフェイスは間違いなく、僕の友人である賢者ルフラースだった。


「おっと。こんな所で会うなんて、随分と奇遇じゃないか」


「ルフラース。珍しい所で会うな。オモチャを買いにきたのか?」


「ははは! 買うつもりとかなかったんだけどね、近くにいた子供達に誘われてさ。なかなか楽しいものだね」


 うーん。女子達のみながらず子供にもモテるとは、やっぱり僕とは根本的に違うな。まず話しかけられたりしないし。


「ねえアキト。お店の中に面白いものがあるよ。見て見て!」


「お、おお。解った解った!」


 パティはそこら辺の子供と大差ないくらいはしゃいでいる。店内はお菓子とか古いオモチャとかが沢山置いてあって、僕ももう少し小さかったらきっと興奮していただろうなとか考えていると、彼女は一番奥で手を振っていた。


「これこれ! ねえアキト。これやってみようよっ」


「あれ……なんだこれ? 売り物じゃなくて……何かの装置か?」


 古ぼけた店内の一番奥にあったのは、年季が入った木製テーブルに置かれた魔力水晶と呼ばれるもの。よく占い師とかが使う水晶に近いが、けっこう見た目が違うから別物だろう。


「水晶っていうと透明な物を連想するんだけど、これってピンク色してるな。一体どうしてこんな色をしているんだろう」


「えへへ! これはね。恋愛運を占ってくれる水晶なんだよ。特別な魔力が元々込められているから、大抵の人は使えちゃうの」


「れ、恋愛運ねぇ……」


 占いが目的だったわけか。パティは本当にブレない。きっと脳内は、いつもこの水晶みたいにピンク色になってるのかも。


「じゃあアキト。早速占ってあげる」


「別にいいよ」


「どうしてー? 占いしようよ。未来が解るかもしれないのに勿体無いっ」


「とんでもない結果が出たらどうするんだと思ってな。知らないほうがいいことも世の中にはあるじゃん」


「私は知りたい! 大丈夫。すっごい酷い結果が出たら教えないから」


「それ教えない時点でめっちゃ気になるじゃねえか!」


「じゃあ始めまーす」


 彼女は小さくて白い手で水晶を包むようにしてから、うっすらと両手から青い光を放ち始めた。


 仕方なく僕は向かい側に座って結果を待つことにした。全く、僕の意思なんて聞いちゃいないんだなと思いつつ、占いの結果がわかるまで店内を見回しているが特に気になったオモチャはない。強いて言えば竹とんぼとかボードゲームくらいだろうか。


「は、はわわっ」


「何々ー? うわ! お姉ちゃん凄いー」


 急に幼馴染が狼狽しだした。水晶が輝いてあたり一面にピンク色の光が広がり、驚いた子供達が集まってくる。そして何故かルフラースまでもがやってきた。


「どうだパティ。僕の占い結果はもう出たか?」


「う、ううう。なんて言うか、うん」


 ハッキリしない答えだけど、何か大変な結果が出てしまったんだろうか。パティの背後にたルフラースが少し驚いた顔をして、


「これは凄い結果が出ているね。アキトが魔物に囲まれている! しかも魔物達の中心には女性がいて、君を見て笑っているよ」


「えええ! なんてホラーな結果なんだよ。パティ、お前何か占いのやり方をミスっただろ?」


「ううん。私失敗なんてしてないよ。はうう! あ、アキトは私が守らなきゃ」


「いいよ。パティに守ってもらったら逆にやられそうだ」


「ど、どういう意味? 私が近くにいれば安心なのに」


「逆に不安になるんだよ。まあ、占いなんて大抵は当たらんからな」


 と言ってはみたが、リアルな映像が出ているともう当たる予感しかしない。


「じゃあ次は僕がパティを占うとするか」


 ピンク色の光がようやく収まり、今度はパティの見よう見まねで水晶を両手で包むようにしてみる。だけど、いくらやってみても魔法が出てこないし変化はなかった。そっか、僕はステミエールしか使えないからか。


「どうやら、ここは俺の出番のようだね」


 僕の隣に座ってきたルフラースが、幼馴染が行った動作をまるっと再現するように軽やかな手つきで水晶近くに手を起き、あっという間に光を放ちだした。ルフラースの場合は両手から青い光ではなく、赤い光が発せられているのがパティとの唯一の違い。


「き、きき緊張してきた。アキト、どうしよ!?」


 ちょっとばかり猫背になってしまっているパティが、ふるふる体を揺らしながらこっちを見つめてくる。まるで猫みたいで微笑ましい。


「大丈夫だって。きっとこの先何もねえよ」


「ひ、酷い! 何かあってほしいのに」


「ふふふ! どうやら見えてきたよ」


 ルフラースに言われて水晶を覗き込むと、何か薄っすらとだが映像が浮かんできた。


「おやおや、君と勇者が映っているね。ふむ……買い物の帰りかな。新しい盾を勇者は持っているようだよ。何故かは知らないが、アキトはお札のような物を大量に買っているようだ」


「か、買い物の帰りで……新しい盾を持って。アキトはお札をいっぱい」


 見るとパティは懐から取り出した紙と筆でメモを取り始めた。たかが占いなのに、そんなに必死にならなくてもいいのに。


「うん。ここはアカンサスなのかな……。おっと。これは驚いた。君達、」


「ファ!? ちょ、ちょちょちょちょ」


 流石のイケメン賢者も動揺が顔に出ていて、僕はもっともっと驚いていたに違いない。


「え? な、何? どうなったの。もしかして……二人でお家を借りたの?」


「違うよ。なんで家を借りる必要があるのか解らんけど、ちょっと違う場所だ」


「うん。ここは……アカンサスの宿屋だ」


「や、宿……」


 イケメン賢者の放った言葉にパティの顔が無表情のままで固まり、少しずつ少しずつ頬に朱が刺していき、やがてオクトパスよろしく顔中が真っ赤になってしまった。


「や、や、やど、ヤドカリ……」


「パティ! 落ち着け、宿屋だ!」


 喋っている僕もきっと耳まで赤くなっているに違いない。ルフラースの占いは終わり、爽やかボイスが店内に響く。


「どうやらアカンサスの宿屋に二人で入って行ったようだね。しかも、アキトのほうが手を引っ張って中に連れていたよ。これはもう間違いなく、」


「あ……あああ! わ、私ちょっと急用がっ!」


「あ! ちょっと待て、パティ! パティー!」


 僕の制止も虚しく、顔を真っ赤にした勇者は店から逃げ出して遥か彼方へ消えてしまった。


「いやー。君もなかなか隅におけないね。まさかここまで大胆な行動に出るなんて」


「うるせえな! 占いなんて当たるかどうか解らん。きっと現実には起こらないぞ」


 苦笑している友人をよそに、心臓が強く叩かれたドラムみたいに鳴っていた。こんな未来が本当に起こってしまったらどうしようかと、もう心の中はモンスターに襲撃された村人状態だ。


「可能性は半々かな。アキト、ちょっとだけいいかい? 話したいことがあってさ」


 え? もしかしてマナさんのことじゃないよね。すっごく嫌な予感がしたものの、拒む理由が見つからなかった。

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