第42話 幼馴染は覗きに気づかない
「ちょっと、声が大きいですって」
混浴フロア内で響き渡るエロジジイとなった魔法使いの声に、僕は凍りつきそうになった。彼はとうとう発見した女湯を覗けそうな小穴に必死になっている。
マルコシアスさんは四つん這いになって穴を必死に覗き込んでいる。これを見てドン引きしない人間はきっと存在しないだろうと断言できるくらい醜い。
「く……穴が小さすぎる。見えそうで見えん……」
エロ魔法使いの言葉には気がついていないのか、マナさんの話はまだ続いている。きっと温泉に浸かりながら、
「ねーえ勇者ちゃん。私……どうしても不思議だなーって考えてしまうことがあるの。どうしてそんなにアッキーにこだわるのかしら、って」
それにしても、マナさんはいつの間にか距離を縮めるのが上手い。自然とタメ口になってくるし打ち解けたような雰囲気も出せるし、人たらしなのかもしれない。
「……別にこだわってないです。友達です」
「あらあら、嘘が下手だわ。私ってばもう完全に気がついているのよ。あなたが旅に出ない理由は彼にあるって」
「……違います」
パティはなんか動揺している感じが伝わってくる。この慌てようにはつけいる隙があるっていうか、マナさんなら食いついてきそうとか考えていると、
「うふふ! 私の勘違いということかしら。このまま勇者様が冒険に出ない毎日が続けば……きっと後悔することになるわ」
「え? どういう意味です……か」
二人の会話が気になって仕方ない僕は、いつの間にか壁に耳をくっつけていた。い、いけない。本当にマルコシアスさんの同志になってしまった。
「ぬくく! ダメじゃ、やはり見えぬ。こうなったらワシがこの前覚えた爆発魔法ドンで穴を広げるしかない」
「馬鹿な真似はやめて下さい。そんなことしたら完全にバレちゃうじゃないですか」
「チッチッチ。安心しなされアキト殿。ワシは魔法の威力調節など簡単にできるんじゃよ。本当に小さな、微かな爆発にしてしまえば誰も気づかんて」
なんて末恐ろしいことを考えるんだこのエロ魔法使いは。僕は慌てて両手を振り、やめて下さいというアピールをするが、彼は小声で詠唱を始めてしまった。そろそろ勘弁してくれ。
「だってぇ。私とアッキーに何かが芽生えてしまう可能性もないとは言えないのよ」
「な! アキトとあなたに何が起こるっていうんですか? 信じられません。いい加減にしてください」
「この前みたいに……ふふ! あなたはパーティーも見ていたし、私の家にも来ていたでしょう。でも邪魔をするにも限界はあるわ。誘惑するのは自信があるのよ、ふふふ! そんなことにならない為にも、やはりまずは冒険に出るべきだわ。私と一緒に」
なんて強引なんだマナさん。目的の為なら手段を選ばないって感じ。
「え、えええ。も、もう私上がります」
勇者は逃げ出した。代わりに女子達が何人か入ってきた声が聴こえる。マナさんの無茶苦茶すぎる説得をよそに、どうやらエロジジイ魔法使いの詠唱も終わってしまったらしく、いよいよ小さな穴を爆破しようと魔力を込め始めたところで、僕は強引に彼の両手を掴み引っ張った。
「いけませんよ。さあマルコシアスさん、もう出ましょう」
「止めるな同志よ。ワシの人生最後の楽しみを!」
「同志じゃないです! 違う楽しみを見つけて下さい。山登りとか山菜を取るとか、読書とかいろいろ」
「エロティックな趣味がワシには必要じゃあ! ゆけードン!」
「し、しまっ……」
止められなかった! 話ではちょっと穴を広げるくらいの爆発ということだったが、想像よりもデカイ爆発音がして周囲がどよめくと共に、マルコシアスさんは壁ではなく空中に魔法を放ってしまったことに気づく。
「し、しまったー! ワシとしたことが空振りとは」
この爆発音には男湯からも女湯からもどよめきが起こり、音の原因を突き止めるべく誰かがこちらに駆けて来た。
「一体何事だぁー! ん!? マルコシアス殿、アキト殿!?」
正義感の塊ゴリマッチョのガーランドさんだ。これは更に状況がややこしくなりそうとか思っている暇もなく、彼は僕ら二人を捕まえると、
「こんなことは以前にもあったぞ。マルコシアス殿……まさか」
えー。以前もやってたのかよこのじいさん。マジでヤバイ。
「さては女湯を覗く為に、爆発魔法で穴をあけようと企んだな!? そうなのだろう! 二人とも正直に言え!」
完全にバレてる。前科持ちでという時点で、マルコシアスさんは終わってる感がある。
「わ、ワシはアキト殿がやってくれと言うから」
「な! 何言ってんですか!? 僕は止めた側でしょうが!」
「ぐぬぬぬ。許せーん! 貴様らぁ……天誅!」
「やめいガーラン……どおお!?」
「うわー!」
ガーランドさんは僕ら二人を同時にラリアットをしつつ女湯の壁に叩きつけ、さっきよりも凄まじい音が鳴り響くと共に我々は壁を突き抜けた。正面から突き抜けてしまったのだ。
「きゃあああ!」
ガーランドさんのぶっとい二の腕しか見えていないが、女子達の猛烈な悲鳴が全方位から聞こえる。マズい、マズすぎる! マナさんはもういないのだろうか。
「うお! し、しまった。女子の諸君、誤解するな。これは事故だ。ぬわああー!」
その後、僕らは女子達に風呂桶を投げまくられ、近くに来ていたアカンサスの兵士たちに捕まえられ、もう散々な目に遭ってしまった。
村でもかなり権力があるらしいパティのおじさんおばさんがやって来て僕らを庇ってくれたおかげで、何とか牢屋に入れられることも裁判沙汰にもならなかったが、見事に温泉を出禁になってしまった。
マルコシアスさんがなぜか秘められた魔力を暴走してしまい、助けようとしたガーランドさんが勢い余って壁を破壊してしまったという、とんでもなくぶっ飛んだ理由が通ったのもきっとパティ一族のおかげだろう。もう僕らは死ぬほど彼女達に感謝する他ない。
ちなみにおふくろもやって来て、僕はこっぴどく説教されたわけで。更には後からパティも駆けつけて来て、もう恥ずかしくてしょうがない。
全く、酷い思い出を作ってしまった一日だった。
でも村での生活は、実は楽しいこともけっこうあったんだ。
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