第39話 幼馴染と馬車に揺られ、クレーベの村へ
おふくろが支店を作るっていう相談をしてきた日から三日後。早朝からクレーベの村に行くことになった。
僕は馬車の荷台にいて、みんなの荷物を中に入れている。荷台の中は焼けるように暑くなってきて、もう汗が止まらない。
「わあー。やっぱりアキトは力持ちだねっ。凄い!」
パティはこっちに荷物を渡しながら、正義の味方を見る子供みたいな目をしてる。
「お前のほうが力ありそうだけどな」
「むうう。レディに向かって失礼な!」
ちょっとむくれつつも、里帰りが楽しみなのか彼女は直ぐに上機嫌な笑顔を取り戻した。なんでも、ご両親は仕事の都合で今回は同行できないらしいのだが、彼女自身はあまり気にする様子がない。
「よーし! じゃあ出発するぞ。おふくろ、パティ! 準備はいいかい?」
馬車の運転も僕がすることになり、おふくろは後ろの席で親指を上に立てながら笑っている。あれ、パティがいないぞ。
「準備オッケーですっ」
「うわ! ビックリした!」
どういうワケか僕の隣にちょこんと座ってきた。
「おいおい。どうして僕の隣に座るんだよ」
「私が道案内する。きっとアキトだけじゃ迷っちゃうよ」
そうか。確かに地図を見ながら進むより、元地元民の案内があったほうがいい。
「わかった。じゃあしっかりサポートしてくれよな! 出発」
手綱を引くと予想していたよりも勢いよく二頭の馬が駆け始め、あっという間にアカンサスを出て草原を進んで行く。雲ひとつない晴天の元、草原ですら眩しく光っているように見えた。
「このまま進むと橋。そこを超えたらずっと草原を真っ直ぐ進むんだよ」
「わかった。けっこうルート的には簡単だったよな」
「うん。アキトとこうして馬車に乗るなんて初めてだね」
隣で座っている幼馴染は馬車の上から見える壮大な景色を楽しみつつ、僕におおらかな笑顔を向けてきた。橋を超えるとソシナの塔や果てしない大海が見える。モンスターはたまにいても向かってくることはほとんどないので、あまり飛ばす必要もなかった。
「そうだなー。パティはいつも街から出ていかないし、僕も道具屋にずっといるし」
「うん。これからもずっと街にいるので、よろしくね」
「よろしくじゃない! お前はやればできる子だ。そろそろ本気を出せよパティ」
「うんっ。お祭りで本気出す」
「お祭りでかよ! 冒険で本気を出してくれ」
僕は支店を出すか検討するためにいろいろ調べなくちゃいけないし、ほとんど遊んでいる暇はなさそうだけど。見渡す限りの大草原を馬が駆けていくと、深い森やたまにスライム達がチラチラと見えた。右前方に見える深い森は、カマキリ達が隠れていた小屋があった所だ。
ちょっとだけ後ろを向くと、おふくろはスヤスヤと馬車の中で眠っていた。ここ最近忙しかったもんなとか考えていたら、パティがゴソゴソとピンク色の道具袋を漁りながら、
「まだクレーべまでは時間が掛かるよ。ねえアキト、ちょっとご飯にしない? 今朝から何も食べてないでしょ」
チラリと隣を見ると、白い膝の上に弁当箱が乗っている。どうやら作ってきたらしいが。
「ああ。僕はいいよ。向こうについてからにするわ。だって馬車を引いてるわけだし」
「じゃあ食べさせてあげるっ」
ニコニコ笑いながら、弁当箱から卵焼きを取り出してきて、フォークで僕の口元へ持ってくる幼馴染。
「な、なんか恥ずかしいな。こういうの」
「え? 誰も見てないよ。はい、あーん」
「い、いや。やっぱり村に着いてからに」
「まだまだ先だよ、元気なくなっちゃうよ。あーん」
こういう時のパティはなかなか引かないから困る。まあ卵焼きだけならいいか。
「あーんぐ」
「美味しい?」
「ん、まあな」
「えへへ! じゃあもう一回、あーん」
今度はトマトを口元に持ってくる。勘弁してくれ。これ一体いつまで続くんだ?
「あ、あーん」
「今度はお肉だよ。あーん」
「こ、こら! もしかしてその弁当箱の中身、全部食べさせるつもりじゃないだろうな?」
「そうだよ。だってこのお弁当はアキトの分だから。はい、あーんっ」
子供みたいに無邪気な笑顔で豚肉を食べさせようとしてくるパティ。ずっと食べさせてもらうのは、正直かなり大変だし照れるんだけど、今この場では上手く拒否できない。結局弁当が本当に空になるまで食べさせられてしまった。
「ご馳走さま。もう充分だ、ありがとな!」
「どういたしましてっ。私、アキトの食べてるところ見るの好き!」
「何が楽しいんだよそんなところ見て。あ! あそこに見えるのクレーベだよな?」
「うん! もうすぐだよ。ちょっとだけ右に曲がってから行ったほうがいい」
草原の向こうに小さな集落が見えてきて、進むほどに予想していた以上の大きさになっていく。この大陸にたったひとつしかない村だから、意外と栄えているようだ。ギリギリ街っていうサイズには及ばないけど。
「このまま真っ直ぐで大丈夫だよ。ほら、あそこに見えるのが村門なの」
「うわ……ちょっと小さいな。馬車通れるかな」
「アキトのテクニックなら大丈夫。頑張って!」
村門はやっぱりアカンサスとは比較にならないほど小さかった。田舎はギリギリサイズの道が多いんだけど、集中して真ん中を意識していたらなんとか入れた。
「さすがー。ここを左に曲がって、しばらく真っ直ぐだよっ」
「うん。やっぱり村はいいなー。のどかで」
「私も故郷だから落ち着くっ。あそこにいる戦士さんの辺りで右折して……あ」
「あれ……なんだか妙に見覚えのある人がいるんだけど」
筋肉ムキムキの戦士が大きく両手を振っている。どう見てもガーランドさんに見える男を見つけたパティの顔がみるみる青くなっていく。
「きっと他人の空似だよ。ちょっと早いけど右折で」
「え!? お、おう」
「勇者殿ーっ、うおー!」ていう声も聴こえたけど、僕らは気がつかないフリをしつつ右折して通り過ぎた。できれば関わりたくない。
「このまま真っ直ぐ、突き当りを左……ふぇ!?」
「あれー。どっかで見たことあるような魔法使いのおじいさんがいる……」
左の道からのそのそと近づいてくるおじいさんは、間違いなくマルコシアスさんのように見える。
「おおー。勇者殿にアキト殿。これは奇遇じゃなー」
「あ! どうも。マルコシアスさん、なんでここにいるんです?」
「みんなでお祭りを見に行こうということになっての。ではまた後での」
「う……ううう」
「みんな……って言ってたぞ」
とりあえず突き当たりに来たので左に曲がった。後は一本道のようだ。
「嫌な予感しかしない。アキト、このまま真っ直ぐ行けばおじいちゃんとおばあちゃんのお家が……お、お家が」
「いるねー。僕の友人と僧侶のお姉さんがいるねー!」
思わず僕の声が裏返りそうになる。右手に見える武器屋で買い物をしている風の、ルフラースとマナさんがこっちを見て笑って手を振っていた。
「まあー。勇者様にアッキーじゃない。この前はどうして黙って帰っちゃったの?」
「………」
プイッと左側を向いて、マナさんに気がつかないフリをするパティ。彼女にだけはちょっと反応が違うというか、なんか怒っているような感じさえする。僕は苦笑いしながらも、
「あ、あははは。ちょっとあの時は急用があって!」
「ふうん。急用なら仕方ないわね。私達湯治で来たのよ。まさかバッタリ会えるなんて、これはもう運命ね!」
嘘つけ! パティを待ち構えていた感バリバリじゃないか! という言葉が喉元まで出かかるのを必死で抑える。
「運命とまではいかないと思いますけどね。僕は仕事関係で、パティはちょっと里帰りしたかったらしくて」
「君も忙しいんだね。じゃあまた後で!」
ルフラースがちょっと申し訳なさそうに苦笑しながら、マナさんの手を引いて何処かに去って行く。良かった、今日一番のプレッシャーから解放された気分だ。
「マナさんまで来ちゃった。最悪っ」
なかなか見られない幼馴染のジト目を一瞥しつつ、僕は一応フォローを入れる。
「彼女を敵視してないか? 良くないぞそういうのは」
「彼女は私の敵。モンスターよりも厄介」
「失敬だぞパティ。モンスターと並べるなんて」
「っていうかモンスター。泥棒キャットという最上級の悪魔」
「悪魔モンスターじゃないだろ! れっきとした神様に仕える僧侶だ」
もう完全に嫌ってるな。マナさんが本当にモンスターだったら真っ先に討伐するに違いない。僕としては、できれば仲良くしてほしいなと思うのだけれど。
「ふわあー。あら、アキト! そろそろ到着かしら?」
「ああ、今着いたよ!」
おふくろがようやく目を覚ましたらしい。なんだかんだ喋っているうちに、ようやく僕達はパティのご親戚のお家に辿り着いた。
まさかルフラース達が村にきていたなんて。今回は何をやらかす気だと不安に思いつつ、村での三日間が幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます