第38話 幼馴染はついて行きたい
「え!? クレーべの村に支店を作りたいだって?」
客がいない道具屋に僕の声が響き渡っている。倉庫で在庫管理をしているところにビックリするような話を持ちかけてきたおふくろは、代わりにカウンターに座っていた。
「そう! ちょっと向こうの友人から土地を貸してくれるかもしれないって話になってね。ここはあたしとアンタでやることは変わらないんだけど、向こうで人を雇いつつ店を出そうかと考えてるのよ」
いきなり急展開というか、ぶっ飛んだ話が舞い込んだものだ。上手くいけば大儲けのチャンスかもしれないけど、大赤字の原因にもなりかねないハイリスク、ハイリターンな話である。
「でもさー。あっちにも道具屋はあるんじゃなかったっけ?」
「ええ。確かにライバル店はもう存在するわ。でも場所はだいぶ離れているのよ」
「余所者が店を出しやがって! っとか絡んできたりしないの? 危ない気がするなー」
「クレーべの管轄はアカンサスだし、王様に申請して許可が通れば何も問題ないのよ」
まあ、確かにクレーべもアカンサスの領土ってことになってるから、何か問題が起これば国が対応してくれる部分もある。でも僕は気が進まない。向こうの人脈が薄いと問題は幾らでも出てきそうだったから。
「まだ決定というわけじゃないわ。それでねえ、この際だから店を2、3日お休みにして二人で偵察に行こうと思うのよね。向こうで雇う人達との面談も含めて」
「うーん……そんなに休んで大丈夫なの?」
在庫のチェックが終わりカウンター業務を交代する。おふくろは笑いながら僕の肩を叩いた。
「大丈夫よお! 実際ほとんど売り上げ変わらないんだから」
悲しい話だと思う。おふくろはギリギリ黒字という現在の状況を打破したいらしい。
「うーん、でもさあ……」
心配性な僕が話を続けようとしたところで、扉が開いた鈴の音がする。
「アキト! おばさん、おはよー」
暇人勇者パティの登場だった。最近はポーションの配達をお願いされていないから、朝一番に顔を合わせるお客さんでもある。
「あら、パティちゃんおはよう。そうだわ! パティちゃんって、元々はクレーべの村出身だったわよね?」
「え? うん、そうだけど」
パティはキョトンとした顔でおふくろを見つめている。
「実はねえ。私とアキトでクレーべの村に行こうと思ってるのよ。向こうで安い宿屋さんとかあるかしら?」
「え!? クレーべの村に行くの」
驚きつつも子犬みたいに喜び出すパティ。ここにきて嫌な予感が膨らむ。
「じゃあ良かったらだけど、私のおじいちゃんとおばあちゃんのお家に泊まったら? きっと泊めてくれると思う。私も行くからっ」
「え? ちょっと待ってくれよ。パティも行くって……冒険は?」
今更ながら聞いても無駄な質問だけど、一応はしておきたかった。一応ね。
「冒険には出る予定は未定。私には時間があるっ。だから大丈夫!」
「全然大丈夫じゃないだろ。流石に悪いって」
「大丈夫だよっ。私も里帰りしたかったの。お祭りもあるし」
「まあ、じゃあ丁度いいじゃない。アキト、ご厚意に甘えましょうよ」
宿泊代が浮くとあっておふくろも乗り気だ。僕は正直降りたい気満々なのだが。
「やっぱり店を休むのはまずいんじゃないか。僕はここで店番してようと思う」
「えー。アキトが来ないとつまんない」
「お前は遊ぶ気満々だな。さては祭が目当てだな?」
「ギク! ど、どうして解ったの? アキトは心が読める隠しスキルでもあるの?」
「パティが単純過ぎるんだよ!」
「いいじゃないのー。クレーべのお祭りはとっても楽しいことで有名なのよ。いい機会だから行ってみましょうよ」
「そうだよ! アキト、一緒に行こっ」
カウンターに笑顔で詰め寄るパティの顔が近い。この眩しい笑顔を曇らせるのも気が引ける。僕は渋々首を縦に振った。
「まあ、たまにはいいか」
「やったー! アキトとお祭り」
「パティはお祭りで頭がいっぱいだな」
「じゃあ決まりね。あたしは早速準備を始めるわ。ここは頼んだわよ」
おふくろはルンルンで店から出て行った。楽しそうで何よりだ。
「ふふふふふ……」
パティがニカニカしながら固まってる。
「おいおい、大丈夫か? 魂が抜けたみたいになってるぞ」
「だって。メチャメチャ楽しみだから。温泉もあるよ」
「何!? 温泉が?」
これはテンションが上がってくるのも無理はないな。ただの村だと思ってたけど、実はいろいろあるわけだ。
「じゃあ私も準備してくるねっ。ダンジョンに行くよりもしっかり整えてくるから」
「はい。どうぞどうぞ」
完全に旅行に行くようなテンションである幼馴染。僕としてはあまり気が進まないのだけど、とか考えていると彼女はポーションを買い物カゴいっぱいに詰め込んできて、
「その前にポーション下さい! 8個」
「買うねー……8マネイになります」
「アキト、向こうに行ったらいっぱい遊ぼうね!」
「遊ぶ気しかないんだな……そうだな。時間があったら行こうか」
「時間は私が作っちゃうから大丈夫っ。楽しいスポットも案内してあげるから心配しないで! じゃあねー……あぐ!」
スキップしながらこっちを振り向いていたパティが盛大にドアに激突した。日に日にドアが痛んでくるのは多分彼女のせいだろう。かくして僕達はクレーべの村に行くことになってしまった。
王の間にはハラースと大臣達、ルフラースとマナ、マルコシアスとガーランドが集められていた。あれから魔王軍が侵入してきたという話はなく、各地の厳重な警戒も少しずつ解かれ始めている。
「皆の者、今日は忙しいところよく来てくれたの。ではマナよ、この前の結果を報告してほしい」
片膝をつきながらも無念そうにうつむく僧侶は、
「申し訳ございません王様。失敗してしまいました。アキトはなかなかブレない男でしたわ」
ルフラースは安堵したようにため息をつく。
「そのとおりだよマナ、今回の真似は良くない。もうやめるんだ」
「私だって反省しているわ。今は罪悪感でいっぱいよ」
王様は思案するように腕を組み天井を見上げる。
「やはりのう。一筋縄ではいかんか。ここは真っ当に説得するしかないようじゃな」
みんなが考え込む中ガーランドが右手を挙げた。
「でしたら自分が勇者を説得しましょう! 熱意を持って話を続ければ、きっと解ってもらえるはずです」
「お主の熱意は散々嫌がられているように見えるぞい。やっぱりここはルフラースやマナ殿が、正面から説得するのが効果的な気がする」
マルコシアスは賢者と僧侶に目を配りながら淡々と喋る。戦士は少々腑に落ちないという顔だったが、否定するだけの根拠はなかった。王様は静かに立ち上がり、
「マルコシアスの言うとおりじゃな! では引き続きルフラース達に任せるとしよう。もしそれでも勇者が動かぬと言うのなら、お主達だけで旅に出るほかあるまい。ということで今日は解散……と、言いたいところじゃが、実は小耳に挟んだ話があっての。アキト達親子と勇者殿が今度、クレーべの村に行くらしいぞい」
突然の王様の一言に、四人は騒然となった。
「な、なんですと!? 一体いつですか?」
ガーランドが唸り声と共に鬼気迫る表情になり、マルコシアスはあんぐりと口を開けっ放しになった。
「ふむ。詳細はまだ不明じゃが……小耳に挟んでの。ワシは何でも知っておるのじゃ!」
「王様……ここは我々も動く必要があるかもしれませんわ」
マナの言葉に、ルフラースはまた何か嫌な予感を感じている。
「今度はヤバイ行動はしないでくれよ。頼むよ」
「もう! 私を何だと思っているの? 慎ましい淑女に向かって失礼よ」
賢者はまだ考え込んでいるような様子だった。
「というかあれだね。クレーべの村から転移の祠までは距離にして半日もかからない。勇者をクレーべの村で説得して祠に連れて行ってしまえば直ぐにサフラン国まで到着して、なし崩しに旅をスタートできる気がするんだが……」
ルフラースの言葉に、大臣以外がハッとした顔になり、思わずガーランドは叫ぶ。
「それだ! ルフラースよ。実は今我々……チャンスなのではないか?」
「来ましたぞ! 千載一遇の好機が。ワシらもクレーべに行くしかない!」
マルコシアスはここ数年で一番興奮していて、マナは怪しく微笑を浮かべる。全員がほぼ同じことを考えている姿をみて、なぜか賢者はマズイことを言ってしまったような気がした。
「ふむ! ここに来て爆弾情報を投下してしまったようじゃわい。どうするのかはお主らに任せる! ではこれにて解散!」
「承知しました。では失礼します!」
ルフラースは代表して返事をし一同は解散となった。王様は四人がいなくなった後豪快に笑い声をあげる。
「いやはや! まさかルフラース達が村で先回りしていたら、勇者はどうなるかのう。ワシとしては嫌いじゃない展開じゃ」
大臣は呆れた顔でため息をつくほかない。
「王様、不謹慎でございますよ。もっと真面目にお考えいただきませんと」
「大丈夫! いろいろと紆余曲折あるじゃろうが、結局は何とかなるわい! ガッハッハ」
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