第37話 幼馴染と僕は誤解されてしまう

 もうすっかり暑くなってきた昼下がり。


 僕はパティに唯一使える魔法である「ステミエール」が、実際どういう風に効果が発動しているのかを、紙を使って説明していたところだった。


「ねえ……あの前にいるカッコいいおじさんに使ってみて」


 パティは小声で僕に囁きかける。1回目はおじいちゃんで2回目は猫だったワケで、本格的な強いステータスを見てみたくなったのだろう。実際僕も正面の男性には興味があった。ここら辺ではまず見かけない物凄く高価そうな鎧を身につけているし、どう見ても強そうだったからだ。


 決して目前のベンチに座っているおじさんに聞こえることのないように、口元を手で抑えつつ小さく呟くように唱える。目線も若干高めを見ているように装った。


「ステミエール」


 僕の視界に広がるステータス画面。最初は普通の兵士的な能力値が出るだろうと予想していた。まあパティより強いということはないだろうとタカをくくっていたのだが。



====

名前:ガルトル

肩書き:魔王軍幹部筆頭

タイプ:攻撃特化成長型

Lv:90

HP:12000

MP:9000

攻撃:9010

防御:6400

素早さ:8856

運:2020

魔法:

ハイイヤース

特技:

ランダム八連斬

凍てつくオーラ

配下を召喚する

気合いため

装備:

Eデビルソード

Eデビルアーマー

Eデビルシールド

累計経験値:6789054658999

====



 へえー強いじゃん。あれ……なんか、桁が全然違うっていうか……。え? っていうかこの肩書きって。


「う、うえええ!? な、なんだあ!?」


 僕はあまりの衝撃的なステータスに時間差でショックを起こし、ベンチの上で悶絶した。当然隣にいるパティも驚いたわけで。おじさんはこっちを見てちょっと慌てた素ぶりをして、持っていた雑誌を落として駆け出して行く。


「ど、どうしたのアキト?」


「今の人のステータスが……ヤバイ」


「強かったの? 見た目からして凄そうだったよね」


「強いなんてもんじゃないぞ。というか……肩書きが信じられない!」


 僕は急いで紙に表示されていたステータスを書きパティに見せる。昼寝が終わって若干とろんとしているようだった青い宝石みたいな瞳が、徐々に丸く開かれていった。


「え、えええ。す、すす凄い。まるで最上級モンスターみたい」


「モンスターみたいっていうか……多分モンスターだったんじゃないかな。だって、この肩書きだぜ?」


 確かに僕は魔王軍幹部筆頭と表示された肩書きを見たのだ。あれは幻覚でも見間違いでもなかった。


「で、でも。どうしてそんな人が、この街に来てるの?」


「それは……解らん。っていうか、野放しにしておいていいのか? 追っかけよう!」


「え……えええ」


 パティは露骨に怖がった顔を見せたが、このまま逃がしたらもっと大変なことになるかもしれなかったので、彼女の手を引っ張って僕は走った。中央通りから辺りを見回すが、やっぱりというか彼はもういない。探す必要があると考え、とにかく街門まで走ってみる。アカンサスの兵士が眠そうに突っ立っている。


「すいません! ここに、青い鎧を着た強そうな男の人が通って行きませんでしたか?」


「ん? ああ……結構前に通っていったよ。かなり急いでいる様子だったけど」


「アキト……もう街の外に出ていっちゃったみたい」


「遅かったか。……よし! ちょっと王様に報告だけでもしてこよう!」


 もしかしたらクレーべの村に行っているのかもしれないし、またこの街に入ってくる可能性もある。何より魔王軍幹部がいたとあれば、王様に報告しておくべきだろう。今度はお城に向かって走って行く。パティは不安そうな顔になりながらも、ずっと僕から離れなかった。


 城内はいつも騒がしく人で溢れかえっているが、謁見の間では待ち時間が少なくて済んだ。兵士さんに呼ばれて扉を開けると、眠気まなこで玉座に座る王様がいた。


 僕とパティは片膝をつき、


「失礼します。今日は王様に報告があって参りました!」


 心なしかいつもより大声を出してしまった。でも王様はうつらうつらと頭を揺らしている。どうやら本当に眠ってしまっているようで、大臣が駆け寄って王様を揺らし始める。


「国王様! 勇者殿とアキト殿がお見えになっておりますぞ! さっさと起きてください」


「むにゃむにゃ……ワシはポイズンミーコよりヒットちゃんが……ん!?」


 やっと目を開いた王様はハッとした顔で少々固まっていたが、やがていつもの威厳たっぷりな真剣顔になると、


「よくぞ参ったぞ勇者達よ。パティよ、お主が次のLvに上がるためにはあと25ポイントの経験値が必要じゃ。おお! 初めてLvが上がっておるの。ラッキーアイテムは赤。ラッキーアイテムは雑誌じゃ。後で読んでおきなさい」


「は、はいっ」


 王様のいつものやつが始まってしまった。急いで報告したいところなんだけど。


「あ、あの王様。今はそれどころでは……」


「ふむ! アキトよ、お主が次のLvに上がるためには、あと10ポイントの経験値が必要じゃ。むは! こっちもLvが上がっておるではないか。一体どんな冒険をしておったんじゃ? ラッキーカラーは青。ラッキーアイテムは鎧じゃ。いろいろ見ておくようにな」


 さっきのおじさんとの出会いで、大体ラッキーアイテム系はクリアしている気がする。いや、そうじゃなかった!


「すみません王様! 今はそれどころではないのです」


「それどころではないじゃと? ふむ……いよいよこの時が来よったか。アキトよ、皆まで言わずともワシは解っておる」


「な、なんと! もう僕の言うことを察知しているんですか。凄い」


 流石は一国の王。既に魔王軍が侵入していたことに気がついていたのか。王様は白いあご髭を弄りつつ、なんだか怖い顔になって僕を見つめる。


「勇者殿……悪いが席を外してもらえんか?」


「え? あ……はい!」


 パティはちょっと焦るように立ち上がり、トコトコと軽い足取りで謁見の間から出て行った。


「王様……僕らは一体どうしたらいいのでしょうか? もしかしたら戦わなくてはいけない、そんな気がしているのですが」


「ふむ。お主は戦うことになるであろうな。世間や友人、親戚の面々……そしてこのワシと!」


「……はい?」


 王様の目はギラついてる。どうして僕が世間や友人、何より王様と戦うことになってしまうんだろう。目前にいるアカンサス一の権力者は玉座から立ち上がり、一歩一歩ゆっくりと噛み締めるように近づいてくる。


「当然じゃろう。世は魔王の脅威に晒されておる。世界の安否よりも、自身の幸せを優先するとなれば、これはもう放置できん問題じゃ!」


「ちょ、ちょっと待って下さい。何か勘違いをしていませんか? 僕はただ、」


「僕はただ幸せになりたかっただけなのに……などとは言わせんぞ! この若気の至り野郎め!」


「誤解です! そんな言葉頭に浮かんでもいませんでした」


「アキトよ。もはや誤魔化せんぞ。貴様ワシに……あろうことか結婚の報告に来たな?」


「ファ!? い、今なんて?」


「今更トボケるのやめい! ワシにはもう解っておったわ。二人仲良く謁見の間に現れた時点で、あー……いよいよこの時が来ちゃったかー。ワシに結婚式に出てほしいなんて厄介極まりない話を持って来ちゃったかー……と完全に見抜いておったのが解らんかぁ!」


「解りません! 完全に誤解です! 僕が言いたいのは、この街に魔王軍の幹部が現れたって言うことです!」


 目前で唾を飛ばしながら熱弁をしていた王様の動きがピタリと止まる。そして徐々に青くなっていくのが手に取るようにわかった。大臣様が遠くのほうで咳払いする音が聞こえた。


「コホン。国王様……勇者殿をこちらに戻されては?」


「う、うん。そうじゃな! あっははは! ワシってばドジっ子じゃったわー。そこの兵士よ。勇者殿を連れて参れ」


「はは!」


 兵士さんがパティを連れて来て、改めて報告を受けた王様は、なんだかバツの悪そうな顔のままでウンウンと頷いていた。


「あいわかった! まさか魔王軍幹部がこの街を偵察に来るとはのう。ううむ……アキトよ。そのステータスを書いた紙、後でワシにくれんかの? 引っかかることがあるでな」


「え? あ、はい! 承知しました」


「よし! アカンサスとクレーべの村には、特別警戒指令を出すとしよう。とにかく兵士達を動員して厳重に警備するから、何かあったら頼むぞ、勇者殿」


「はい……」


 なんだよ、そのやる気のなさそうな返事。


「よし! ではこれにて解散じゃあ! ……アキトくん、さっきはごめんね。てへ!」


 可愛い子ぶった声を出す王様はとっても不気味だ。


「いえ、お気になさらず。では失礼します」


 これで出来る限りの手は打った。後は奴が攻めてこないことを祈るだけだとか考えていると、城の渡り廊下でパティがツンツンと僕の肩をつついてくる。


「ねえアキト。さっき王様と何の話してたの?」


 ギクリ。ちょっと背中に冷たいものが走った。これは正直に言わないほうが良さそう。


「え? あ、うん。世界情勢について、ちょっとな」


「絶対嘘っ。アキトにそんな話するわけない」


「い、いろいろあるんだよ! 男同士の秘密なんだ」


「う! アキトはまた私に秘密を作ってる。どうしてよ、ちゃんと教えてよー」


 ぷくーっとむくれた顔も可愛いパティに詰め寄られたが、僕は絶対に口を割らなかった。厄介なことになる未来しか見えない。


 まさか王様に詰め寄られるなんて想像もしてなかったからヒヤヒヤものだった。僕にとって本当の脅威は、魔王軍かパティか……よく解らなくなってきた。

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