第36話 幼馴染は魔王軍幹部に気づかない
彼がこの街に辿り着くまでには半日も掛からなかった。
魔王軍幹部ガルトルは自らが指揮する竜騎士軍のドラゴンにまたがり、アカンサス近くの草原に降り立つと、あまり目立たないように徒歩で街に侵入した。
(全く……どうして幹部である俺が、このような街に来なくてはならんのだ)
彼は明らかに苛立っている。本当は部下である竜騎士のドレイクや、参謀役であるレオパルドを向かわせるつもりだったのだが、どちらも仕事に追われている状況でとても任せられそうになかった。
昼間ではあるが街門から中に入ることは簡単にできて、彼は少々警備の緩さに呆れる。見たこともない騎士風の男が街に入ってきたというのに。念の為顔だけは魔法で変えていた。
彼の目的は勇者が現在どうしているのかを探ること。発見するまで手間取るだろうという予想は呆気なく外れた。
(ああ……あの銀色の髪と青い瞳。間違いないな)
アカンサスの中央にある石畳でできた道を真っ直ぐに歩いていたところ、噴水がある中央広場のベンチに座っている少女を見つけた。隣には、カマキリからの報告にあった容姿と酷似している少年がいる。
ガルトルは彼らと向かい側のベンチに座り、途中店で買ってきた雑誌を広げて読んでいるフリを始めた。耳を澄ましていると二人の会話が聴こえてくる。
「ねえアキト! 今度一緒に遊びに行くところ、決めた?」
「え? いや……まだ決めてないな。っていうかアカンサスで遊べる場所なんて、ほとんどないからさ」
「んー。そうだね。ゆっくりでいいよ。すっごく楽しみにしてる!」
「でもさー。お前はもうすぐ魔王を倒す旅に出るわけだし……その」
「た、旅には出ませんっ」
「な、何? 旅に出ないだと!?」
勇者の言葉に驚いたガルトルが思わず大声を上げてしまう。パティとアキトはビックリした顔で視線を向け、彼は思わず咳払いをして雑誌に目を戻した。
(いかんいかん。冷静になれ、冷静に)
バツが悪い顔になったアキトが、頭を掻きながら隣で座っている少女に苦笑いを浮かべる。
「あんまり期待するなよ。僕はもともとボッチだから、遊びには詳しくない」
「ううん。場所じゃなくて、アキトといろんなところに行けるからいいんだよ。もっともっと思い出を作りたいの」
「よ、よせよ。なんか照れるだろ」
少年の頬が赤く染まっている。そんな彼の姿を見て意識してしまったのか、少女もまた薄っすらと桜色に白い肌を染め始めた。
「なんか……こうしてのんびりしているのもいいよね」
「パティ、お前はいつものんびりしているじゃないか」
「私だってけっこう頑張ってる時もあるんだよ。……ふわあ。なんだか眠くなっちゃった」
「そうか……って、おいおい。寝るの早すぎるって」
気になって雑誌から少しだけ視線を外すと、少女は少年の肩に頭を預けていた。彼女の寝顔をチラチラと見やる姿はぎこちなく、恐らく相当惚れていると推測される。間違いなく恋人同士だろう。何が悲しくてこんな姿を観察していなくてはならないのかとガルトルはため息をつく。
街行く人々はみんな彼女の姿をチラチラと見ている。魔物である彼から見ても、少女の姿は非常に綺麗であり幻想的とさえ思える容姿だった。きっとパティという少女は、自分というものがどう見られているのか解っていないのだろうと考えるほど、隣にいる少年に対して疑問が湧いてくる。
この二人は明らかに釣り合っていない。かたや銀髪の麗しい容姿をした、ある意味では人間離れした妖精を思わせる美少女と、かたや黒髪の何処にでもいるような一庶民という組み合わせ。
しかしその不釣り合いな様子がガルトルの興味を刺激した。少しだけ時間が流れ、やっとパティは目を覚ますとアキトに微笑を送る。
(こうなればとことん暴いてくれよう。勇者……貴様の秘密を)
ガルトルが雑誌を読むフリをしながらチラチラと見つめる中、パティとアキトのやり取りは続く。
「アキト。そういえば私気になっていることがあったんだけど」
「ん? なんだよ。気になってることって」
「アキトの覚えた魔法あるでしょ? あれってどんな風に見えてるの。私知りたいっ」
「ああ……ステミエールのことか。どんな風って、ステータスが文字になって見えるんだよ」
キョトンとした表情を浮かべるパティに、アキトは懐から紙と筆を取り出すと、
「説明するより、実際書いてあげたほうが解りやすそうだな。ちょっとやって見せようか?」
「え! うんっ。ワクワクしてきた」
パティは両手を胸の前で握りしめ、明らかに興奮している。アキトは周囲を見回しふらふらと前を歩いていた老人を見つめて小さく呟いた。
「ステミエール」
(なんだ? 始めて聞く魔法だ。一体どんな能力があるというのか)
勇者達を攻略する上で何かの手掛かりになるかもしれない。ガルトルは緊張しつつ目を離さなかったが、特に何か光が出てきたわけでも、天変地異が起こったわけでもなく、少年は紙に何かを書いているだけだった。
「ほら。こんな風に見えるんだよ」
「ん。……ええー! 凄いっ。面白い!」
アキトの書いていた紙を覗き込んだパティは興奮気味に声をあげた。意味不明な状況に困惑していると、今度はガルトルの左10メートル先ほどにあるベンチで寝ている野良猫に向かって、
「ステミエール!」
彼は数秒ほどしてから、また同じように紙に何かを書き出した。パティは興味津々に瞳を輝かせながら彼の動きを見守り、なぜか満面の笑みを浮かべた。
「あははっ! 猫ちゃんってこんなステータスだったんだ。肩書きが可愛い!」
「猫だって一匹一匹ステータスが違うんだよ。じゃあ今日はこのくらいかな」
「ねえ! 最後にもう一回だけお願いしていい?」
「え? まあ、一回だけならいいぞ」
「ありがと! えっとね……」
耳打ちをしている勇者を見て、ガルトルの雑誌で隠している目が開いてくる。一体何を囁いているのか、知らなくてはならないと意気込んでいた。少年は公園より遠くの何処かを見ているような仕草をしつつ、今までで一番小さい声で魔法を唱えた。
「ステミエール」
少年はただぼーっとしているような感じで、動きが止まっているようだったが、やがて目が大きく見開かれ口元も開いたままになり、体も後ろに仰け反ってしまうほど驚き出した。そして瞳が捉えているのは、完全に自分自身であったことに気がつく。
「う、うえええ!? な、なんだあ!?」
(俺を見て驚いたのか? まずい、もしや変装がバレたか!?)
ガルトルは雑誌を投げ捨ててベンチから立ち上がり、直ぐに早足で公園を後にした。秘密を知ろうとしていた自分が、もしかしたら何かを知られてしまったのかもしれない。彼は自分の失態に苛立ちつつも、初めてきた街から出ようと歩き続ける。
途中、奇妙な感覚がガルトルを襲った。足はただ自然に動いている。初めて来た街だというのに、気がつけば直ぐに街門まで辿り着いてしまった。まるで何かに誘導されていたかのように。
門を出る前に彼はもう一度振り返り、街全体を眺めてみた。一見すれば普通としか思えない景色の中にある奇妙な感覚。一体何なのか。
(ここは本当に、ただの始まりの街なのだろうか?)
更に彼にもはもう一点不思議に思っていることがある。勇者の隣にいた少年についてだった。なぜか平凡な街人でしかないアキトという少年に、今もなお奇妙な興味が沸いたままだ。一体なぜそこまで彼のことが気になるのだろうか。
ガルトルは不審に思いつつも、勇者達が自分を追ってくるかもしれないと考え、足早にアカンサスから去って行った。
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