第34話 幼馴染は魔法で妨害する
次の日、あっという間に道具屋の仕事時間は終了し、僕はいよいよイザベラ酒場にやって来た。
ランプの灯りが怪しく照らす店内の階段を一歩ずつ上る。どうやら彼女は先に着いているらしいのだが。それにしても慣れない状況だ。普通に考えて、僕みたいな小僧がこんな大人のパーティーに参加するなんてあり得ない話だし、更には相手はあのパティの次くらいに男子達から人気がある女性だし。
「あら、アキトさーん。こっちですぅ」
屋上いっぱいに並べられた丸テーブルのほぼ中心にいる、魅惑の赤いドレスを着た美女。マナさんがワイングラス片手に手を振っている。僕はちょっとだけぎこちなく手を振り返しながら、彼女の元へ向かった。
「い、いやー。なんていうか、ちょっとばかり緊張しますね。こういう席は」
「うふふふ! 何も緊張することなんてありませんわ。今は……」
今は? 少し違和感を感じる返答だったものの、あまり深く突っ込んでも仕方ない気がした。彼女はしゃなりと立ち上がると、
「お飲み物を持ってきますよ。何がよろしいかしら?」
「あ! すみません。じゃあ……リンゴジュースか何か」
「あらん。今日は特別な夜でしょうに。赤ワインの間違いではなくて?」
「いえいえ! 僕はまだそんな年齢じゃないので、流石に……」
突如赤いドレスが目前に迫ってくる。妖艶な笑みを浮かべた美女は、どういうわけか耳元で囁いてきた。
「今のアキトさんは大人の男に見えますよ。みんなには勿論内緒にしますから、たまにはイケないことしちゃいましょうよ」
い、イケないこと……。僕の脳裏にすぐさま浮かんだのは、お酒うんぬんじゃなくてピンク色に包まれた妄想だ。だが僕は必死に沈みかけていた理性を呼び戻し、首を横に振った。
「流石によくないんで。すいませんが、やっぱりジュースで……」
「あらん。残念だわぁ」
もしかして機嫌を損ねてしまっただろうか。飲み物コーナーに歩いていく彼女の後ろ姿を落ち着きなく見送っていると、不意にパティのことが頭に浮かんだ。
昨日はパーティーに参加すると聞いて凄く嫌そうな反応だったけど。今日は姿を見ていないし、なんだか心配になってくる。
「アキトさーん。じゃあ早速乾杯しちゃいましょうか」
「は、はい! かんぱーい」
いつの間にかジュースを持って帰ってきたマナさんと乾杯して、そのまま店員さんが運んできたサラダとか、豪勢な肉料理とかを食べ続ける。マナさんとはその間いろんなことを話した。彼氏であるルフラースの話題ばかりになると思っていた予想は覆り、なぜか冒険に関してのことがほとんだったから意外だった。
「マナさんって、やっぱり冒険者なんですね。旅に出て魔王を倒すっていうことに使命感を感じているみたいで、ちょっと尊敬します」
「使命感なんてほどのことではないのですよ。ただ、私の本当の目的は、魔王よりも少しだけ前にあるのですけどね……」
「少しだけ前? 魔王城の近くにある洞窟とかですか?」
「いいえ。きっと魔王城だと思うのですけれどね。勇者様と一緒に旅立つことができればと……いけませんわ! こんな硬い話題ばかり話していては。せっかくの夜ですから」
薄暗い明かりの中で微笑むマナさんの美貌は底知れない破壊力がある。こんな女性とお付き合いしちゃってるルフラースが羨ましいと何度思ったことか。僕にもそろそろ春がほしいけど。
屋上ではお金持ちっぽい人達が談笑していたり、ダンスを踊ったりしているが、中には人前でキスしちゃっているような輩までいる。けしからん、実にけしからんとか考えていると、
「ねえアキトさん。私達もダンスをしませんか? 今日は思いっきり弾けたい気分ですの」
僕は内心焦ってしまった。ダンスは未経験なのでできません、という答えを先読みしたのか、彼女はすっと立ち上がると右手を差し出してくる。
「私が教えてあげますから心配ありませんよ。少しは運動しないと体が鈍ってしまいますから……ね?」
「は、はあ……じゃあ、少しなら」
彼女の手を握って立ち上がった時、若干体がフラついてしまう。もしかして疲れが溜まっているのだろうかと思ったが、なんだか妙な気分にもなっていることに気がつく。
「あらあらー。大丈夫ですか? やっぱりお酒はキツかったのかしら」
僕を引っ張りながら、マナさんがサラリと予想もしていないことを口走った。ちょっと待ってくれ。
「え……お酒!? あれはただのジュースじゃ?」
「ふふふ……世の中には、ジュースのようなお酒なんていくらでもありますわ」
「ぼ、僕を騙したんですか?」
彼女はダンスフロアに到着するとクルリと身を翻し、今度は両手を優しく掴んでくる。このフラつきは酔っ払っているからだったのか。一体どうしてそんな真似をするのか理解ができない。
「騙したなんて人聞きの悪い。大人の世界を教えてあげているのですよ。この後はもっと……素敵なことを教えてあげますね」
「ファ!? な、何を教えるつもり……わわっ」
音楽に合わせて彼女はステップを踏み、僕は必死についていくしかない。自分には全くできないとばかり思っていたのに、上手い人と一緒だとなぜか踊れてしまう。なんだか楽しくなってきた気がするぞ。
「凄いや……これがダンスかぁ」
「楽しいでしょう? こうやってスマートに男女は仲を深めていくのですよ」
「は、はあ。そういうものですか」
あ、あれれ。どうしたというんだろう。マナさんの顔がちょっとずつ近づいてきているような……。これもダンスではよくあることなのか。お酒の力もあってか、ちょっとずつドキドキしてきた。僕という人間の中にいる理性達が一人ずつ眠りについて、代わりに欲望という野獣が起きてきたような錯覚を覚える。
彼女が体を仰け反らせて美しいポーズを決め、元の体勢に戻すべく僕は引っ張った。その時だった。
「あらぁ」
思っていたよりも強く引っ張り過ぎてしまったのか、彼女は想像以上にずいっと目前まで顔を近づけ、あわやキスをしちゃうんじゃないかというタイミングで、なぜか突風が巻き起こって僕は吹き飛ばされてしまった。
「うわあー」
「あらあら、アキトさん! 大丈夫ですかぁ」
床に倒れこんでしまったが、なんとかマナさんに起こしてもらう。そんな中またしても突風が!
「きゃー!」
「ぬわー」
今度は僕とマナさんが吹っ飛んでしまった。一体どういうことかと立ち上がり、風が吹いた方向を眺める。
「げ! あれは……」
イザベラの酒場とほぼ同じ高さの宿屋屋上から、何かがこっちを見ていた。でも、僕がこっちを見ていることに気がついたのか隠れてしまい、今は誰もいないように見える。
「まさか! パティか?」
彼女の風魔法はさながら刃のように敵を斬る魔法だったが、距離が遠くなればなるほどただの風になってしまう。逆にそれを利用して妨害した? というのは考え過ぎだろうか。
マナさんは隣にやってくると、手すりに肘をもたれさせて不敵な笑みを浮かべる。まるでどっかの悪役みたいに見えるんだけど。
「まあ……やっぱり見に来たのですね。計算どおり……」
「え? どういうことですか?」
「うふふふ。気にしないで下さい。アキトさんと素敵なダンスができたので、想像していたとおりに楽しかったということですわ! じゃあもう少しだけ飲んだら帰りましょうか?」
また耳元で囁かれて、僕は気がおかしくなってしまうかと思った。
「あ……そうっすね。飲んだら早めにじゃあ帰りましょう」
良かった。何事もなく今日のお食事は終了したみたいだと安心しきっていたのだが甘かった。マナさんは予想以上にお酒を飲み、さっきよりも大胆になっていったからだ。
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