第33話 幼馴染は何としても阻止したい

「お、おいおい……ビックリさせるなよ。昼間からゴーストが出たかと思っただろ」


 道具屋の中に異様な雰囲気が漂う。心霊現象さながらの登場をしたパティはいつもより顔が白くなっている気がするが、気のせいだろうか。


「……何してたの?」


「何って……世間話を少々」


 ゆらゆらと近づいてくるパティは、もう白昼に現れたお化けそのものといったオーラが出ている。はっきり言って怖い。


「マナさんと何の話してたの?」


 誤魔化されんぞ、という気迫を感じた僕は堪らず全てを正直に話すことにした。


「ああ……えーとな。実はさあ、マナさんとパーティーに行くことになっちゃったんだ。イザベラ酒場の屋上で開かれているやつだよ」


「え? パーティーに? 二人で?」


「……ああ。まあそうなるな。ルフラースが来れなくなっちまって、チケットが余ってしまったんだとさ。だから誘われたみたいなんだけど」


「う、ううう! アキトがいかがわしいパーティーに、いかがわしい人と行くなんて」


 突如、パティは両手で頭を抱えて天を仰ぎ泣きそうな顔になっている。なんてオーバーリアクション。だけど時にはこれが普段淡白な彼女の素だったりするから、人間って解らない。


「こらこら! 別に不謹慎なパーティーじゃないし、マナさんも健全な人だぞ」


「アキトは騙されているっ。マナさんのおっぱいに洗脳され始めている」


 ウルウルした瞳でこっちを見つめる幼馴染。大胆な言葉も相まって急にドキドキしてきた。


「し、失敬な。僕がおっぱいに洗脳されるような男だと思うか!」


「思う」


「即答かよ! 何でお前がそんなに心配しているのか知らんけど、大丈夫だって」


 いつの間にかパティは僕の近くに迫っていた。そしてこちらに右手を差し出しながら、


「そのチケット持ってるの? 見せて」


「ああ……これか。見てくれよ、こんな上物の紙で作られたチケットなんて始めてみ、」


「シャー!」


 まるでいきり立った猫みたいにカウンターに上半身を突っ込んで来たパティが、僕の手からチケットを奪おうとしてくる。理性が飛んじまってるんじゃないかと思うくらいだ。


「うわあっ!? こら! 何しやがる離せ!」


 ここは何としてもチケットを守らないといけない。とにかく後ずさって避難しようとしていると、パティは僕の腕をつかんだままズルズルカウンターに入ってくる。本格的にホラーっぽくなってきた。


「落ち着け! 正気に戻るんだパティ! こうなったら……せい!」


「ひゃうっ」


 カウンターの近くに置いていた魔除けの聖水を少しだけ振りかけた。これで禍々しい気は浄化されたはず、などというのは冗談だが、頭は冷やされたんじゃないだろうか。ここまでしなくても良かったんじゃないかと思われるかもしれないが、正直身の危険を感じた。やむなしである。


 床にうつ伏せになっていた彼女が寝起きみたいに起き上がってくる。


「パティ……どうだ? 正気に戻ったか?」


「わ……私は……何を?」


 キョトンとした表情で座り込み、辺りを見回す幼馴染。あれ? 記憶まで失っちゃったのか? とにかく落ち着いたから良しとするかと思いつつ僕は息を飲んだ。銀色の髪が少し濡れていて、普段より少しだけ色っぽくなっている気がする。全身から瑞々しい艶が溢れているようで、直視していると魂まで奪われそう。


「実はな。お前はなぜか亡霊に取り憑かれたみたいに暴れていたんだよ。でももう大丈夫だ。お祓いの必要はなかったな」


「そうだったんだ。ありがと! ねえ、そのチケットは?」


「ん? これか。実はこれはマナさんと一緒に、」


「シャー!」


 猛然とチケットに掴みかかろうとするパティの目はマジだった。さっきと同じ目だ。まさか記憶を無くしていたフリをして、僕を油断させる作戦だったのか。


「ぐお! ちょ、お前さっきのは演技だな!? 離せ、こら離せー」


「離さないー。そのチケットは私が処分してあげるから」


「勝手に処分するな! こらー」


 パティは僕からチケットを奪おうとくっついてきて、なかなか離れなかったが、どうにか処分されずに閉店を迎えることができた。そして次の日の夜、非常に刺激的なパーティーに参加することとなる。





「ではこれより、魔王軍幹部会議を始める。今回の議題は一つだ。勇者がなかなか姿を現さないことに関して、魔王様は非常に憤りを感じておられる。勇者一行についての対策を話し合おう」


 真っ暗な部屋で一人だけ丸い灯りに照らされている幹部ガルトルは、胃がキリキリと痛みつつ最初の発言を終えた。次に照らされた灯りは彼の向かい側で、露出の多いボディスーツと漆黒のマントを着た妖艶な女が座っていた。


「またその話? いい加減同じ議題ばっかりで嫌になっちゃうわ。さっさと見つけなさいよそこのジジイ。アンタこの前勇者はピラミッドにいるとか抜かしていたじゃない? それがカマキリの話だと、勇者がまだ始まりの大陸にいたそうじゃないの。これってどういうこと?」


 ガルトルの右側に光が当たり、眉間にシワを寄せて椅子を叩く老人が映し出された。


「やかましいわ小娘! ピラミッドには特別なモンスターを配置しておるが……今のところ現れてはおらんのう。恐らくだが、砂漠の道のりで迷ってしまい、休んでからもう一度挑もうと考え……アカンサスに戻ったんじゃ」


「はぁ? アンタもしかしてボケちゃったの? ピラミッド付近からアカンサスまでどんだけ距離があると思ってんのよ。休もうっていうのなら、砂漠の少し北にある……なんだったかしら? あの大きな街」


「サラームだ」とガルトルは答える。


「そうそう! サラームで休むに決まってるでしょ。どうして一番最初まで戻っちゃうのよ、アンタバカなの?」


「ワシをバカ呼ばわりするな! サボテンみたいな色の髪しおってからに。お主らは人間の心理が分かっておらん。人は時として故郷を求めるもの。身も心も癒したいと思った時には、まず故郷に帰るものなんじゃ。それにだ。ピラミッドに行くLvともなれば、一度行ったことがある街に戻れる魔法を覚えているはずじゃぞ」


「ふうむ。つまりネクロは、あくまで勇者達はピラミッド周辺までは冒険を進めていると?」


「そうじゃ! 間違いない」


「どうだか。カマキリ達の話だと、勇者はともかくその仲間は、全然大したことなかったらしいわよ。とてもピラミッドに挑むような強さじゃないってね。つまり、ずっとアカンサスでのんびり暮らしているんじゃない?」


 ベーラは納得いかないとばかりに首をかしげる。その仕草にネクロは更に苛立ちが募り、フンと鼻息を荒くして椅子を叩いた。


「ううむ……その可能性もあるな」


 ガルトルは腕組みしつつ考える。


「よし! ならばもう確かめに行くしかあるまいて。ベーラよ、お前アカンサスに偵察に行ってこい」


「はぁ!? なんで幹部たるこのあたしが、一番低級かつ超絶田舎街に行かなきゃいけないワケ? 冗談じゃないわ。あたしはあくまで、奴らがここに来たからしょうがなく相手をしてあげるっていうポジションなのよ。どうしてもって言うなら戦ってあげるわ……ってスタイルなの。ジジイ、アンタが行きなさいよ!」


「馬鹿を抜かすな! ワシほどの者がどうしてこわっぱの元へ行かねばならぬ。ここは若手であるお前が行くべきじゃ」


「嫌よ! じじいは老い先短いんだから、しょうもないプライド持ってないでアンタが向かいなさいよ」


「ベーラ! さっきから失礼だぞ!」


「何よガルトル。アンタこそさっきから何も意見を言わないじゃないの。っていうか、アンタが行けばいいんじゃいないの?」


「私がだと?」


 これにはネクロもうなずく。


「まあ……ガルトルなら見識を誤ることもあるまい。しかも少し変装すれば立派な人間の騎士にしか見えん。案外、適役かもしれんぞ。魔王様に報告するのもお主だしのう」


 ガルトルは黙り込みしばらく思案すると、苦い顔になりつつも首を縦に振った。


「いささか気が進まんが……解った。私が向かうか、信頼している腕利きの部下を送るとしよう。みんな、それでいいな?」


「賛成じゃ。とにかく頼んだぞ!」


 ネクロは音もなく姿を消した。


「頑張ってねーガルトル様。あそこの安っぽいお酒には気をつけなさいよ。警備はぬるいから城への出入りすら簡単だと思うわ」


 ベーラも同様に、まるで幽霊のようにその姿がなくなっていく。


「ZZZ……」


「アルゴス……また眠っていたのか……まったく」


 灯りすら照らされることのなかった黒い騎士はずっといびきをかき続けている。ガルトルは頭を抱えつつも、会議室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る