第32話 予期せぬ来客

 季節は夏になり、少しずつ気温が上がっていくのかと思われたが、想像よりも遥かに急加速で暑くなってきたので驚いた昼下がり。


 僕はおふくろと交代して、またしても暇になってしまった道具屋で一人ポーションを作っていた。最近はパティ以外にもポーション愛好家が増えているので、けっこう減りが早くなっているのである。


「うーん。あれだなあ……そろそろハイポーション作りにチャレンジしてみたいな」


 始まりの街にいてはハイポーションなんて買ってくれる人いないだろうけど、やっぱり上級アイテムは道具屋のロマンと言える。こっそりレシピを買いに他の街に行ってみたいとか考えていると、今日初めてのお客様来店を告げる鈴が鳴る。


「おっと! いらっしゃいませー」


「まあ、涼しい店内ですわね」


 ですわね? この口調はなかなか実生活では聴かない。つまりあまり付き合いのない方が来店されたのかと思い、そそくさとカウンターに出てみると、女僧侶であるマナさんだった。


「マナさんじゃないですか! 珍しいですね。道具屋に来るなんて」


「うふふ。私も冒険に出るためにいろいろ買い揃えておりまして。ポーションはいくらかしら?」


「はい。1マネイになります。しかしあれですね、回復魔法が使えるならポーションは必要ないんじゃ?」


 マナさんは道具屋の中を興味深げに見回しながら、少しずつカウンターに近づいて来る。ヒールの高いブーツの音ですら上品で、大人の色気が部屋中に充満してくるようだった。まあ、それは僕の単なる妄想だが。


「ダンジョン攻略ともなれば、MPが尽きてしまうことも念頭に入れなくてはならないでしょう? 備えはとても大切なことですわ。お一つ下さいな」


 彼女の話には同感だった。直ぐにポーションを綺麗な袋に包んでマナさんに手渡すと、彼女はマネイを渡しつつこちらをじっと見つめてくる。


「……ど、どうしました?」


「いいえー。アキトさんってちゃんと見ると、まるで演劇俳優のように堀の深い顔をなさっていますよね。少しばかり見とれてしまいましたの」


「え? い、いやー! そんなことないっすよ。全然ブサイクですから。ゴリラみたいなもんです。ははは!」


 まさかここまで褒められるとは予想もしてなかったので、ちょっとだけ舞い上がっている自分がいる。美女に褒められるってこんなに気持ちいいとは知らなかった。


「まあ、ご謙遜が上手ですのね。ねーえアキトさん。ちょっとお願いしたいことがあるんですけど、よろしいかしら?」


 宜しいに決まっているじゃないですか! って即答したくなった自分を必死に堪える。心なしか、ちょっとだけ嫌な予感がしてきたからだ。こういう頼みごとで最近得をしたことは一度もない。


「はあ……まあ。仕事に差し支えない範囲でしたら、聞いても大丈夫だと思いますけど」


 これだけ淡白に答えておけば、断りやすいだろう。気のせいだろうか、マナさんの顔が少しずつ迫ってきている気がするんだけど。


「勿論! お仕事に差し支えるようなことはしませんわ……実は。こちらにお付き合いしてもらいたくって……」


 悩ましい顔が徐々に前のめりになっていく。あまりに刺激的なポーズにクラクラしてしまいそうな視線の延長線上にある胸元から、一枚の紙を取り出す彼女。余りにもセクシー過ぎて鼻血が出そう。堪えろ、堪えるんだ! 仕事中だぞ。とにかく自分に言い聞かせる。


「そ、そ……それはなんでしょう。何かのチケットですかね」


「はい。イザベラ酒場の屋上で月に一度、パーティーが開かれているのはご存知ですよね? チケットがなければ入れないコーナーなのですけれど、ご一緒にいかが?」


 イザベラ酒場の屋上で開かれている、あのお金持ち専属っぽいパーティーなら勿論知っている。だが、あれって完全にデートの為の場所って感じだし。フロアが違うとはいえ、イザベラ酒場はついこの前パティと行ったばかりだし。


 そして彼女にはルフラースがいるわけで、友人として恋人に手を出すような真似をしてはならないだろう。


「嬉しいお誘いですけど、遠慮しておきます」


「あらん、どうして?」


 彼女は少しだけ体を起こして、カウンターに腰を持たれかかるような姿勢で流し目を送ってくる。あらゆる角度からセクシー攻撃を受けているような気がしてきた。


「どうしてって。あなたにはルフラースがいるでしょう。誤解されるような真似はできないんです」


「うふふ。やっぱりアキトさんはとっても真面目な方なのですね。実は……ルフラースに頼まれたんです」


「へ?」


「その日、彼はどうしても外せない用事があるのです。でもチケットの期日は変えられない。このまま高級な夜を棒に降るなんてもったいないこと。であれば、アキトを誘ってはくれないか? と。彼ならば変な気は起こさないし、安心してパーティーを楽しめると」


 そうだったのか。ルフラースの奴、いくら何でも僕を買い被りすぎじゃないか? でも、友人の頼みか……。少しずつ悩み出している自分がいた。


「私からもお願いしたいのです。決して変な気など起こしませんわ。アキトさん……どうか、どうかお願いできないでしょうか」


 今度は少し腰を落として、正面から真剣な眼差しで頼み込んでくるマナさん。心が折れる音が聞こえた。


「じゃ……じゃあ……ちょっとだけなら」


「まあ! 一緒に来てくださるのですね。ありがとうございます! なんて優しい方なの」


 両手を握り締められて、正面には色っぽい笑顔と豊満な胸がチラついて、これは正気でいられる自信がないぞとか考えてる時に扉が開く音がした。軽い足音が二、三歩程で止まっている。


「あ! い、いらっしゃいませ」


 僕はつい声が上ずってしまった。マナさんが影になって見えないが、恐らくずっと入り口で立ち止まっているんだろう。っていうか、いい加減マナさん離れてくれないと仕事にならないんだけど。


「マナさん! もういいですか?」


「あ……ごめんなさい! 私ってば興奮しちゃって。とにかくありがとうございますアキトさん。当日……楽しみにしていますわ」


 彼女はさりげなく僕のポッケにチケットを入れた後、まるでダンサーのように優雅に背を向けたが一瞬だけ動きを止めた。多分入って来た客に気がついたんだと思うが、何事もなかったかのように軽い足取りで入り口まで向かうと、店内にいるもう一人に向かって丁寧なお辞儀をして退出した。


「ふぅー。今日はかなりビックリ……ファ!?」


 マナさんがいなくなったことで、ようやく見えた客の姿に僕は震えた。まるで亡霊になったような幼馴染がそこにいたのだ。

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