第31話 幼馴染は諦めないらしい

 酔い潰れているガーランドさんをおんぶしている僕は、幼馴染と共に夜道を歩いている。


 なんだか散々な食事になっちまったなと思いながらも、


「なあパティ。元気出せって。酔っ払いに絡まれたりする日もあるんだよ」


 僕は敢えて告白しようとしたことに関しては触れない。とにかく触れてはまずいことだからだった。


「うう……せっかくアキトと楽しいお食事だと思ってたのに」


「僕は楽しかったぞ。普段見れないパティの姿も見れたしな」


「本当に楽しかった? ちょっと幻滅されちゃったかと思った」


「まあ、ガーランドさんへの一撃はちょっとな」


「ふええ! やっぱりー!」


「うわああ! ちょっと、出てる! 風魔法出てるってー」


 ガーランドさんの兜が風の刃で真っ二つになってしまったことは二人だけの秘密だ。きっとバレるけど。後で弁償しなくちゃ。


「あうう。ごめんなさい……もう散々」


「気にしてないよ。なんていうか、パティは変わらないなって思ったし」


「え?」


「不器用で優しくて、おっちょこちょいで滅茶苦茶で、昔からちっとも変わってない。それが再認識できたってだけで、なんだか僕は嬉しかったし、安心したよ」


「…………ん」


 パティは少しの間通りの草むらを眺めていた。しばらくしてから、なぜかちょっと怒った顔をこちらに向けると、


「私は大変なことを知って危機感を持ったよ」


「大変なこと? なんかあったか?」


「やっぱりアキトは難聴系+勘違い系男子だった! これは手強いっ」


 また話が戻っちまった。本当はそんなことはないのだが。負のループが始まりそうで怖い。


「全然手強くないだろ。っていうか戦う気か」


「デスマッチを申し込む」


「絶対受けねえ。地の果てまでも逃げてやるからな!」


「世界中に捜索願いを出してでも見つけるっ。そして挑む!」


「挑むなよ! 僕はコロシアムのチャンピオンでも何でもないぞ」


「アキトは私の終生のライバル」


「勝手に終生のライバルにするな。お前が相手じゃ命がいくつあっても足りないわ!」


「大丈夫っ。神父様を何人か側に置いておくから」


「お前何回僕を殺す気なんだよ!」


「とにかく! とにかくー!」


 そろそろ分かれ道であり、僕らはここでお別れする筈だった。パティは僕の正面まで遮るように回り込むと、


「今日の続きは、絶対するから。絶対だからっ。じゃあね」


「うええ……マジかよ。じゃあなー」


 パティはドレスを翻しながら駆けて行った。僕はというと、ガーランドさんの自宅まで送ってから帰ったので、おふくろに帰りが遅すぎると怒られてしまった。


 説教を喰らいはしたが、今日のパティを思い出すとそれほど苦でもなかった。あのドレス姿は反則的なまでに綺麗だったので、ガーランドさんの乱入がなければ僕自身どうなっていたか解らない。


 ベッドに入ってもなぜか寝つけず、また胸が変に苦しくなってしまうのだった。




「ううーむ。困ったのう。これは困った」


 アキトとパティがイザベラの酒場で食事をした次の日。王の間ではハラースが大臣達の他に、僧侶マナと賢者ルフラースを集めて話し合いをしていた。二人は王の前で片膝をつきながら、静かに話を聴いている。


「勇者殿が旅に出てから舞い戻ってもう3ヶ月近く経ってしまっておる。魔王の脅威は日に日に増すばかりじゃ。この前などサフラン国付近にいたモンスターがやって来たらしいではないか。恐ろしいことじゃ。ほんに恐ろしいことじゃわい」


 ハラースの真っ白な髭を見つめていたマナは、余裕たっぷりの微笑を浮かべる。ルフラースは対照的に少しだけ落ち込んだ顔をしていた。


「王様。何も気に病むことはありませんわ。私とルフラースが勇者を旅に出させるまで、きっともうすぐですから」


「マナ。今日は随分と大胆なことを言うじゃないか」


 賢者には全く勇者が冒険に出る姿が想像できなくなっていた。


「うーむ。これは思わせぶりじゃな僧侶よ。何か作戦でもあるのかのう?」


「はい。私が調べましたところ、やはり勇者は幼馴染の道具屋に恋してしまっているようですわ。それもかなりの入れ込みよう。きっと魔王の呪いを気にして、旅に出るなどという気持ちにはなれないのでしょう」


「ぬぬぬぬ! やはりそうであったか。ワシの考察は見事に的中しておったわけじゃな。普段から恋愛小説を読み続けていた成果が出てしまったわい」


「王様……何度も申しましたが、そのような本を読まれるのはお控え下さい」


 横にいる大臣が咳払いとともに苦言を呈している中、ハラースは豪快に笑う。


「ハッハッハ! いやー。あれだけは辞めれんのよ。いつもいいところで話が終わってしまうからのう。ところでマナよ。話の続きを」


「ええ。勇者は道具屋の倅アキトがいるからこそ冒険に出ることができない。でしたら解決策は簡単でございましょう。彼女がアキトと結ばれなくてもかまわないという心情に変えてしまえばいいのですわ」


「な!? マナ、一体なにを言い出すんだ?」


 この言葉にはルフラースは動揺した。まるで二人を引き裂こうとでも言わんばかりに感じられたからだ。


「おおう? なかなか興味深い発言じゃのう。具体的にはどうするのじゃ?」


「うふふ。女の恋愛感情を引き裂くのは、決まって女の存在があるからです。つまり、私がアキトを誘惑します。そして、二人で仲良くしている姿を彼女に見せる」


「ま、マナ! 流石にそれはダメだ。君のしていることは人道に反していると俺は思う」


 ルフラースは王様の手前だというに立ち上がり、自らの恋人を非難する。


「ダメよ。王様の前で頭が高いわ。座りなさいルフラース。如何でしょうか王様?」


 彼は渋々もう一度片膝をついたが、目は険しいままだった。


「う、うむ。なかなかに大胆な作戦であるなマナよ。この際上手く勇者が旅立つのであれば、多少の手段は選ばん! お主に任せることとしよう」


「お、王様……しかし……」


「ルフラースよ。友人のことを思う気持ちは解るが、このままでは世界が大変なことになってしまうのだぞ。お主はしばらくアキト達から離れておれ。よいな?」


「………」


「ルフラース。私にはどうしても旅に出なくてはいけない理由があるのよ。あなたにはしっかりお話したはずだわ」


「く! それは知っている。君がどうしても確かめたいことがあると。だからといって何をしてもいいわけでは」


「ルフラースよ! これは命令じゃ。お主はマナの邪魔をしてはならぬ。しばらくは勇者達から離れておれ!」


「……わ……わかりました……」


 ルフラースとマナは一礼をし、ゆっくりと王の間から退出した。


「ううーむ。あの僧侶、かなりのやり手と見た。予想以上のセクシーダイナマイツじゃな!」


「仰ることが解りかねますが。大丈夫でしょうか……本当に」


 大臣は頭を抱えているが、ハラースは興奮した顔で二人を見送っていた。

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