第30話 幼馴染がいよいよ本気になってきた

 道具屋での仕事が終わり、普段なら家に真っ直ぐ帰るところなんだが、今日はそういうわけにはいかない。


 今はルフラースと一緒に服屋にいる。お洒落な服とやらが僕には全く見当がつかず、しょうがなく友人に助けてもらうことにした。我ながら情けない。


「まあ、君の普段着を見る限りセンスがないことは解りきっていたけどね。まさかいきなり酒場とは……」


「僕だってまさかこんなことになるなんて想像もしてねえよ。なあ、これとかどうかな?」


 飾ってあったハットを適当にルフラースに見せてみる。奴は苦笑まじりに首を横に振る。もう答えは聞くまでもないって感じ。


「君の町民っぽい服と、その黒いハットはまず似合わないだろう。それと、選ぶならまずは靴からだ。靴を決めてから全身を決めていこう。大人っぽいイメージにしていかないとね。なにせデートは酒場だ」


「おいおい。デートってそんな大袈裟な」


 イケメン賢者は店内をゆっくりと見回りながら、次々と服を選んでは僕にくっつけて確認をする。


「違うのかい? 酒場で男女が二人で食事をする。デート以外の何物でもないと思うけれどね」


「そりゃあ、世間一般ではそうかもしれないけどさ。僕らは小さい頃からの付き合いだから、ちょっと違うというか」


 奴はしゃがみこみ、一足の革靴を僕に手渡してくる。いかにもルフラースが選びそうなカッコいい靴だけど、履くのは冴えない道具屋のせがれ。大丈夫だろうか。


「これを履いて、上はジャケットと下はそれになりに綺麗なズボンにしておけば問題ないだろう。変に奇をてらうんじゃなくて、まずまずのラインで合格をもらうんだよ」


「さ、流石はよくわかってるな」


 早速一式試しに着てみたが、どうやら似合っているらしく店員さんもルフラースも微笑を浮かべていた。


「よし! とにかくこの服装で行ってみるといい。俺としては複雑な気持ちなんだけどね」


「何も複雑な気持ちになる必要なんてないだろ。でもありがとな!」


 モテる友人のおかげで服選びが上手くいった僕は、いよいよ酒場に向かうこととなった。




 イザベラさんの経営している酒場は冒険者達を集めるための場所なんだが、一般営業も普通に行なっている。僕は酒場の真ん前で幼馴染が到着するのを待っていた。


 割引券なんていったって実際はスズメの涙くらいしか値段が変わらないのにとか考えていると、中央通りからよく知っている顔が小走りでやってくる。


「ごめーん。待った?」


 向日葵みたいな笑顔を向けられて僕は戸惑ってしまう。彼女の服装は青いドレスだった。神秘的な銀色の髪と、いつも光っているような瞳、白い肌と青いドレスが眩しい。これでドキドキしない男子はきっといない。僕でさえ心臓が破壊されそうな程高なってしまったのだから間違いないだろう。


「あ、ああ。それはもうメチャクチャ待ったな。帰ろうかと思ったほどだ」


「そんなにー? じゃあ楽しみにしてくれてたんだねっ」


「なんてプラス思考な解釈なんだ。じゃ、じゃあ……入るか」


 パティは僕の隣を歩くと、チラチラと上から下まで見ているようだった。やめろよ、恥ずかしいな。


「う……うん。アキトのその格好、初めて見るっ」


「ああ、お洒落してこいって誰かさんが言ったからさ。変かな?」


「ううん! カッコいい! 凄く……」


「そ、そんなにマジマジ見るなよ。お前も……綺麗だぞ」


「え!? ……ん、んん!」


 店内に入ると、冒険者達と一般のお客さんでいっぱいになってしまっている。もしかしてこれは入れないパターンじゃないかと思っていると、一際妖艶な魅力漂う美女イザベラさんがヒールの音と共に現れた。


「はぁーい。ボウヤ達。本当にイケない遊びに来ちゃったのねぇー。お姉さん嬉しいわ」


「イケない遊びって。僕らはただ食事に来ただけですから」


「みんなそう言うのよ。羊を装う狼は特に……」


 流し目でこちらを満遍なく観察してくる女主人。勘弁してくれよ、僕は狼じゃないぞ。


「あ、あのっ。予約していた席ってどちらですか?」


「うふふ。こっちよ勇者ちゃん」


 パティのやつ予約なんてしていたのか。計画性があると言うかなんというか。イザベラさんに連れられた先は窓際の席だった。小さなテーブルと大きめのソファで、後ろの席には冒険者の人がいるみたいだが、まあ距離は開いているから話しやすい場所ではある。


 イザベラさんと入れ違うようにしてやって来た店員さんから水を貰い、とりあえずの注文をしたところで僕は外の景色に目をやる。向かい側には普段よりちょっとばかり物静かになっているパティが座っている。


「ねえねえアキト。今日は実は特別な日なんだよ。覚えてる?」


 僕はぼんやりと何の日だったのか考える。今日は祝日でもなんでもないし、代わり映えのしない平日のはずなんだけど。


「え? 何の日だったかなー……」


「覚えてないの? 大事な日なのにー」


 こういう理不尽クイズみたいなのをたまにパティはしてくるから厄介だ。


「うーん。全然覚えてないな」


「もーう! どうして忘れちゃうの。酷いよっ」


「なんの日だったんだ今日は?」


「えーとね。実はね……」


 パティはなぜか回答前にタメてくる。一体何の日だったかな。暦の上では特にないもないわけだから、きっと僕らの中で何かがあったんだろう。もしかしてパティが勇者だと判明した日か? いや……あれは春頃だったはずだ。知り合いが結婚した日? 流石にそんなクイズは出さないか。じゃあ……。


「私とアキトが、初めて会った日!」


 ニコニコ笑っている幼馴染を見て、僕もまた笑うしかない。ただし苦笑いになっちまってるけど。


「覚えているわけないだろ。むしろよくお前は覚えてられたなぁ」


「ええー。むしろどうしてアキトが覚えてないのか不思議っ」


 一体僕とパティのどっちが普通なんだろう。そういえば彼女はとにかくいろんな記念日を覚えているし、自分で作り出してもいた。誕生日を忘れるとかは絶対にないのだ。僕はというと、大抵の記念日には興味や関心がない。考えているうちに店員さんがやって来て、とりあえずのジュースを渡してきた。


「かんぱーい!」


「お、おう。乾杯」


「ねえねえアキト。考えてみたら私達、こういう所でお話しするの初めてだよね? なんだか緊張しちゃう」


「まあ初めてだけどさ、何も緊張することなんてないだろ」


「ううん。緊張するよ、だって……」


「だって?」


 パティはなぜかそれきり、下を向いたまましばらく黙りこくってしまった。小さな肩を上げて深呼吸をしたかと思えば、そのままただ吐き出したりを繰り返している。何かを言おうとして、躊躇しているような感じがした。頼んだ料理はまだ来ない。変に時間の流れが遅く感じる。


 実は僕からも聞いてみたいことがあった。ここ数日、輪をかけてグイグイくるようになっている気がしたからだ。


「なあパティ。最近変じゃないか?」


「え?」


「どう考えても今までのお前じゃないっていうか。ちょっと暴走しているっていうかさ。何かあったわけ?」


 パティの何度目かの深呼吸。ここにきて僕は、自らよろしくないスイッチを押してしまったことに気がついたんだがもう遅かった。酒場の喧騒が小さくなった気がする。


「……アキトに、気づいてもらおうと思って」


 ここまで言われて何も気がつかないほど僕は鈍感じゃない。まずい、非常にまずい。もしかして今日ここに呼んだのは、僕に気持ちを伝えるためとかじゃないよな。


「お客様、お待たせ致しました」


「あ! メインディッシュが来たぞ! メチャメチャ美味しそうなステーキだ。パティも好きだろ?」


 ベストタイミングで店員さんがメインディッシュを持って来てくれた! 店員さんにここまで感謝したことは初めてかもしれない。これでパティの意識が逸れるに違いない。


「ねえ。アキトって、ちょっと難聴なの?」


「ファ!? な、何言ってんの?」


「けっこう勘違いしちゃうタイプだったりする?」


 こ、こいつ。まだ脳内がピンク色のままだ。ここはなんとかして誤魔化さないと。


「ああ……気がついていたのか。確かに僕はちょっと難聴気味で、言われたことも変な方向に解釈してしまう癖があるようなんだ。だからなかなか意図が伝わらないと周りには言われるかもな。そういえば親戚のおばあちゃんにもよく言われるんだ」


「そっか。やっぱり、そうだったんだ。じゃあ私……ハッキリ言わなきゃ」


「………え?」


 パティはいつになく切なそうな顔になってこちらを見つめている。ここは何かしらのツッコミが入ると思っていたが甘かった! まずい。回答が裏目に出てしまったようだとか考えていると、音もなくゆっくりと幼馴染は席を立った。


「パティ……どうしたんだよ。落ち着け、落ち着けって! みんな見てるぞ」


 なんか瞳がウルウルしてきた。そしてちょっとだけ新雪でできているような頬は桜色になり、呼応するように僕の心臓は鼓動が強まっていく。こ、このままでは、このままでは。


「わ、私は……アキトのことが。その、ずっと前から……」


 柔らかそうな唇の動きに全神経が集中してしまい、ただ何も言えずに固まる。

 そして、


「貴様ぁあ! やっぱりそうだったのかぁ!」


 背後から謎の声がして突然僕の首にとんでもなく太い何かがあてがわれ強引に引っ張られた。


「うええ!? ちょ、な……なんだー!?」


「やはり勇者をたぶらかしていたのだな! 許さん、許さんぞぉおお!」


 この声は戦士ガーランドさんだ。確かに酒場なら今頃いてもおかしくなかったか、凄い腕力と勘違い力で僕の首を締め上げてくる。おまけに酒臭い。


「ご、誤解……でぇ……」


「やかましい! 貴様は今から天誅をおおおー!?」


 ハンマーを叩きつけたような衝撃を感じた。急に彼の腕のロックが外れたかと思うと、目前には青いドレスが。


「う……うえええ。また邪魔されたぁっ」


「ま、待ってくれ勇者殿。私はただああああ!」


 気がつくと、半泣きになった幼馴染の殺人パンチがガーランドさんを襲っていた。

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