第29話 幼馴染からの誘い
魔王の間に呼び出された幹部ガルトルは片膝をついたまま固まっていた。
白いカーテン越しに見える魔王の姿はいつにも増して不機嫌なのが一目で解ったからだ。
「ガルトルよ……」
「はっ! お待たせ致しました魔王様」
「……どうなっておる? なあ、どうなっておる?」
「どうなっている……と申されますと」
「ええい! 解らぬか! 勇者どものことじゃ」
やっぱりか、とガルトルは頭を抱えそうになる。
「ああ! ……勇者どものことでしたか。奴らがいかがされましたでしょうか?」
「いかがされましたではない! 全くもってこちらにやって来る気配がないぞ。しかも、しかもだ。サフランからのモンスター達の報告によれば、今もなおアカンサスにいたというぞ! ガルトル、どうなっておる?」
以前の報告ではとっくにアカンサスは出ているはずだったので、ガルトルにとっても今回のカマキリ達から聞いた報告は想定外であった。
「……何かの間違いかと。恐らく勇者達は一旦里帰りをして英気を養っていたのではないで……しょうか」
自分で話していて自信がなくなってきた。魔王はカーテンの向こうで玉座に肩肘をつけ、納得がいっていないことが解る。
「里帰りするの早すぎではないか? 普通もう少し冒険してからだと思うのだけど。まさか……奴らはそもそも旅に出ていないのではあるまいな?」
「い、いえ! そのようなことは決して。奴らは旅には出ているはずです」
「ふん! そうか。ならば信じることとしよう。我は早く魔王軍VS勇者という構図を見たいのじゃ! 次に呼び出す時、奴らが何処までやって来ているのか、必ず把握しておくように!」
「は、ははっ!」
ガルトルは青ざめつつも魔王の間からそそくさと退室していった。
「さーて、今日も一日仕事頑張るかぁ」
僕は欠伸をしつつ背伸びをして、多少のストレッチをした後に道具屋の扉を開いた。もう開店準備はできているから、後は時間を待つだけだ。
「ポーションの並びもOKと。このポーションちょっと量が多いような」
並んでいる品を手にとってはおかしいところがないか確認する。これは普段から習慣づいてしまっているものなんだけど、側から見れば心配性にしか見えないかもしれない。
「あ。それは1マネイになります」
「え? ああ、そうだねー。毒消しそうも、違うやつを前に並べたほうがいいかなあ」
「毒消し草は3マネイになりますっ」
「うん。解ってるよ。えーと……ん?」
気がつけば僕がいるべきカウンターど真ん中のポジションに誰かが立っている。幼馴染の引きこもり……いや街こもり勇者パティだった。
「いつからここの店員になったんだよ。営業妨害だぞ」
「違うよー。アキトのお手伝いをしようと思って」
カウンターから出てきたパティはニコニコ笑いながら商品のチェックを続けている僕の側まで寄ってきた。
「ねえ。また一緒にポーションとかの素材集めに行こーよ」
「あれはしばらく大丈夫だよ。それに、次からはおふくろと二人で行くから」
「むうー。ちょっとつまんない」
膨れる顔もなんだか可愛らしいが、ここで流されてはいけない。
「旅に出れば楽しいことはいっぱいあるぞー。南に行けばエメラルドグリーンの海が広がってる。北に行けばオーロラが見れるかもしれない。想像しただけでワクワクすることばっかりだな」
「きっと真ん中に行ったら魔王がいるよ。そして殺される! ゾゾゾ」
「お前はネガティブに考え過ぎだよ」
「ねえアキト。話は変わるんだけど……」
パティは急にモジモジし始めた。この動きをした時は何かが起こる前触れだ。地震や台風、雷より恐ろしきは幼馴染。とりあえず素っ気なくカウンターに戻ろうとしたところで、
「良かったらこれっ」
上手く逃げ道を塞ぎつつ両手で渡してきたそれは、何かの割引チケットのように見える。
「なんだこれ? イザベラさんのお店の割引チケットか!」
「うん。実はね。この前お母さんが貰ってきたの。……2枚」
「ほ、ほう。2枚ね」
「そう! あの……良かったら今度行かない? それ夜にしか使えないけど」
まさか酒場に誘われるなんて。でも僕らの年齢ではまだ早いのではと思ってしまう。
「気持ちは嬉しいけどさ。僕らはまだ未成年だぞ」
「大丈夫! お酒飲まなきゃいいよって、イザベラさんから許可をとってあるの」
「もうイザベラさんに話しているのかよ。メチャメチャ用意がいいじゃん」
僕はカウンターに座りながら考える。酒場でパティと二人なんて状況を見られちまったら、もう完全に誤解されてしまうこと請け合いじゃないかと。彼女はいつの間にか占拠してしまった隣の椅子にちょこんと腰掛けてこっちを見上げてくる。真っ直ぐなこの瞳に僕は非常に弱い。
「ねえ……ダメ?」
「うーん。どうしようかな……」
「きっと美味しいものいっぱい食べれるよ。イザベラさんも来てほしいって」
イザベラさんの支援効果まで使ってくるとは、なかなかやるようになったな。だがまだ苦しい。商売人の才能もあるかもしれない幼馴染に、僕はもう少し条件をつけることにした。
「解った。ただし条件があるぞ」
「ふぇ!? な、なに」
「飯も食うけど、旅に出る為の相談もちゃんとするってことにしよう。せっかく冒険者の酒場に行くんだ。冒険に出るときのメンバー選定とか、飯を食ってる時に終わらせること」
「ええー。それじゃ私。いよいよ旅に出ることになりそうで怖い」
「いよいよ旅に出ないとまずいんだよお前は。もう二ヶ月くらい経っちまってるんだぞ」
「この調子でズルズル半年くらいいきたい」
「ダメだダメだ! もう完全に冒険が終わるだろ」
「魔王なんていなかった」
「いるって! 絶対にまだいるんだよ魔王は」
「魔王の代わりにアキトをやっつける」
「なんで僕をやっつけるんだよ。勘弁してくれよマジで殺されそうだわ」
「じゃ、じゃあ……私からも条件がありますっ」
そろそろ開店の時間が近づいて来てるが、ちょっと聞き捨てならない発言があったので完全に頭から飛んでしまった。パティは椅子から立ち上がり、足早にカウンターの向こう側まで進んでから、ちょっとだけ照れた顔になる。嫌な予感。
「え? 条件?」
「うん。アキトは超がつくくらいのオシャレをしてくること! これが条件です」
「なんで僕にも条件がついてるんだ?」
「いいのっ。とにかく守ってね!」
参ったな。僕はちょっとだけ頭を掻いてしまう。今までそんなオシャレな服なんて買ったこともないし、着たいと思ったこともない。大体どういうのがオシャレなのか解らない。
「鎖かたびらとか着てこようか」
「却下」
「皮の鎧とか?」
「却下」
「ステテコパン、」
「ダメー!」
やっぱりダメか。悩むなー。一体どんな服を着て行くべきなんだと考えながらぼーっとしていると、幼馴染はボソリと言葉を続ける。
「……みたいな格好がいい」
「え? なんだって?」
「お、王子様みたいな感じがいい」
「な、なにを言ってんだよ! そんなの無理に決まってるだろ。僕みたいな平民が王子様みたいになれるか」
「きっと大丈夫な予感がする」
「お前の予感は怪しい」
「大丈夫なのっ。じゃ、じゃあお願いしたらからね! もうHP無くなってきたよ。ポーション下さいっ」
「HP使うようなことしたか? はーい。1マネイになります」
「ぷはーっ。最高! じゃあね! すっごく楽しみにしてるから」
幼馴染はこっちに溢れんばかりの笑顔を見せながら駆け出して、爽やかさを店内に振りまきつつ閉まっていた扉に激突した。
「きゃう! い、痛いー」
「大丈夫かぁ!? 前向いて走らないと危ないぞ」
「てへへ。失敗失敗っ。じゃあね、アキト!」
扉かパティの側頭部のどちらかが陥没したんじゃないかと思うほどの衝撃だったが、彼女はよほど嬉しかったのか宝石がくっついているような笑顔を浮かべていた。いつ見ても輝いてる顔だなと思いつつ、約束してしまったことを激しく後悔した僕だった。
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