第28話 幼馴染のモーニングアタック
そろそろ夏が近づいている。日中はけっこう暑くなるのだがまだ早朝は涼しい。
僕はできる限り布団の中でゴロゴロしている状態を維持したいので、起きていてもベッドからなかなか出ない。ずっとこんな時間が続けばいいのにとか思っていると、階段を勢いよく駆け上がってくる音が聴こえた。
「む? これはおふくろの足音じゃないな」
おふくろじゃないのに朝からこの部屋に入ってくる存在といえば、目下のところ一人しかない。僕は布団をしっかりと被り寝たふりを決め込むことにした。
「アキトー! おはよっ。もう朝だよ」
やっぱりそうだ。この清涼感に満ちた声、軽くて短切な挨拶。幼馴染であるパティが早朝からここにやって来たんだ。
しかし違和感があった。今までこんなに早く家にやって来たことなんて、ほとんどなかったはずだ。
「ねえアキト。起きて! もうそろそろおばさんがご飯作ってくれるって」
うーむ。何故なのかは解らないが、僕はまだこの愛しき惰眠の誘惑から離れたくない。ここは寝たふりを続けることにしよう。
「アキトー。本当に寝てるの?」
パティの奴覗き込んでいるようだが、ここからなら顔はバッチリ隠せている。この演技を見破るなどできまい。更に駄目押しも決めてしまおう。
「ZZZ……もう食べれないよ……」
「え。このワザとらしい反応。アキト、さては起きてるでしょ?」
僕は仰向けのまましっかりと布団を頭から被っている。まあ布団をポンポン叩かれることくらいはあるのかもしれないが、どうってことはないと思っていた。
「本当に寝てるの? よーし……えい!」
「うぼふっ!?」
突如として腹部にのしかかる何か。パティの奴、もしかしてマウントを取りやがったのか?
「アキトー。起きないとイタズラしちゃうよ。いいの?」
く! ここですぐに布団から出て来たら、僕があまりにもチョロい奴認定されそうで嫌だ。なんとしても凌いでやると変な意地を持ってしまい、更なる延長戦へ。ここでやめておけば良かった。
「……ZZZ!」
「むっ。その勢いは……まだまだ抵抗する気満々だね! それなら」
一瞬マウントパンチを警戒していたが、想像よりもスローモーションでそれは来た。腹部にしか感じなかった柔らかい何かが、今は更に上のほうにまで広がっていく。これはまさかボディプレスか? とか考えているうちに、彼女の顔が掛け布団の向こう、すぐ目前にあることに気がついてしまった。
「ZZ!? ZZZ……」
「あれ? アキト、もしかして起きてるのー? 寝てるんだよね」
なんだかハラハラしてきた。まさかこんなに大胆なことを朝からしてくるなんて、今までのパティにはなかったことだ。彼女はどうしてしまったのかとか推測している暇もなく、恐らく目前にある顔がもぞもぞ動き出した。両手が掛け布団の先端を掴む。ヤバイ! 引き剥がす気だ!
「えーい! えいえい」
「ZZZー!? ZZZZ! ZZZ」
幼馴染の引っ張り攻撃に必死で耐える。こうやって踏ん張っている時点でもう起きていることはバレバレなんだけど、意地になってしまった僕はやめられない。
「アキトってばー。もう起きないとダメ! じゃあ禁断の技を使うよ。スライム作戦っ」
スライム作戦? 最弱モンスターの名前を冠する作戦なんて怖くもなんともないはずだったのだが、もぞもぞとパティが布団の中に侵入を開始したものだから一気に危機感を覚えてしまったわけで。
「こ、こ、こらー! 朝から何をやってるんだお前はぁ」
とうとう掛け布団という砦は崩壊し、僕は白旗を上げながら侵入者に参ったをするしかなかったのである。だが、パティはなぜか侵入をやめない。気がつけば右側の隙間から顔が入ってこようとしていた。
「ちょ、ちょっと待てー!」
「はう!」
掛け布団を勢いよく跳ね飛ばした僕は、女の子座りになった幼馴染と至近距離で見つけ合うような状況に陥る。
「勘弁してくれよなー。朝から激しすぎるだろ」
「アキトは激しくしないと起きないでしょ」
「そんなことはない! 断じてない」
「あーあ。もうちょっと寝ててほしかったかも」
それは一体どういう意味なのだ? 僕はとにかく寝癖とか歯を磨くとかしないとと思い立ち上がり、部屋を出ようとしたところで、
「ふわあ……アキトのベッド。気持ちいい」
今度は僕のベッドで眠り出しやがった。猫よりも自由な奴だな全く。
「こら! 勝手に人のベッドで寝るんじゃない。降りやがれ」
「やだっ。もうちょっとだけ! いい匂いがする」
「なんで今度はお前が寝るんだよ」
パティはうつ伏せのまま掛け布団を頭から被り、まるで亀のような姿勢になってしまった。経験上この姿勢は防御力が高く、並大抵のことでは引きずり出せないことは目に見えている。さてどうするか。
いや、別になんも迷う必要なかったな。
「じゃあ気の済むまで寝てろよー。僕は下降りてるから」
「え、えええー。私のこと起こしてくれないの?」
布団の隙間からちょこっとだけ顔を覗かせてくる。貝殻をかぶったスライムみたいだ。
「別に起こす必要ないだろ」
「でも起こしてほしい……」
「なんでだよ、面倒な奴だな」
「お願い。優しく起こして」
気がつけば体を反転させて仰向けになり、完全に普通の就寝ポーズをとっている。そもそも起きてるのに、どうしてこんな真似をする必要があるのか。僕は仕方なくパティのすぐ近くまで歩み寄り、
「パティ。もう朝だぞー。朝飯食べていっていいぞ。お前の好きなアボカドだってきっとあるぞ。起きろほら」
「ふわー。アキト、おはよ」
「ああ! とっくの昔に起きていたけどな。じゃあ行こうぜ」
「起こして」
「ぬあ! お前はー。どうしてそう僕に甘えようとしてくるんだ?」
「んん。解んない。抱っこして起こして」
「抱っこって! なんだよー。もう!」
どうしてこうなってしまうのか解らないが、とにかくパティを抱き起こし背中に持ってくる僕。甘い香りが漂ってきて、朝からなんとなく変な気分になってしまう。
「やったー。アキトはとっても力持ち」
「喜んでもらえて嬉しいよ僕は」
早めに彼女を降ろしたかったのでとにかく部屋を出る。朝からめんどくさいったらない。
「でもこれって、おんぶっていうんだよ」
「おんぶじゃダメなのかよ」
「お姫様抱っこが良かったのに」
「お姫様じゃないからなお前」
「あー。ひどいー。えい!」
「うお……」
ちょっと待ってくれ。首を絞める真似をするのは別に苦しくないからいいんだけど、当たってる、当たってるって!
こういうことはなかなか気がつかないから困る。
「ちょ、ちょちょ……ちょっと待てパティ!」
「階段だよ。気をつけて降りてね」
「それは解ってるけど! な、なんていうのかな……気がついてないのかな? 勇者さんは」
「へ? 何がー。もうギブアップ?」
「そうじゃなくて、君の意外とふくよかな部分がね……密着しているというか。う!」
し、しまった。なんてことだ。僕は階段を一段一段降りながら鼻血を垂らしてしまっている。こんなところおふくろにも誰にも見られたくないぞ。
「どうしたのアキト? もしかして貧血?」
焦ったパティは直ぐに背中から降りたので、血を流し続けることにはならなくてすんだ。慌てて鼻血を拭う僕を不思議そうに見つめてくるパティ。これは本当に気がついてない顔だ。
「まあ貧血じゃなかったが、危ないところだったぜ」
「? 変なのー」
朝からちょっとばかり激しすぎやしないかと思ったが、こんなことはまだ序の口だった。この日を境に、幼馴染はどういうワケか僕にグイグイくるようになっていくのである。
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