第2章 ガンガンいこーぜ
第27話 勇者の宣誓
ここは冒険者にとって始まりの街と呼ばれるところ。
私、パティ・シンシアーズは六歳の頃、クレーベの村からアカンサスに引っ越してきました。
お父さんは家を作る仕事をしていて、お母さんは預り所で働いていて、いつも昼間は一人ぼっちで過ごしていたのです。一応家にはメイドさんがいますが、忙しいのかなかなか遊んではもらえません。
退屈で退屈でたまらなかったある時、私はお家を抜け出して公園に一人で行ってみたことがありました。同い年くらいの子供がいっぱいで、ドキドキしながらもおそるおそる砂場まで歩くと、あっという間に男の子達に囲まれてしまいました。
「お前全然見ない顔だなー! 何処の奴?」
「うわー。髪の色銀色じゃん。何それ染めてんの?」
「なんか幽霊みてえ。名前何つーの?」
五人くらいの男の子達にいろんな質問をされて、初めての状況でパニックになってしまった私は、何も言えずにただ立っているだけでした。
「う……え……えと……」
「何だよお前感じわりーな。さては人形だな! こいつ」
私は髪の毛を掴まれて強引に引っ張られ、周りの男の子からも叩かれました。
「い、痛い痛い! やめて!」
「何だよ喋れんじゃねーか。コイツちょっといい気になってんだろ。こんな髪抜いてやる!」
「やめて! やめてー」
ぐいぐい引っ張られて、とっても痛くて。知らない人の前でわんわん泣いてしまいました。そんな時です。彼に会ったのは。
「いてっ! い……ってぇー……」
不意に私の髪を掴んでいた男の子が手を離し、痛そうに頭を抱えています。何かが彼の頭に当たったみたいで、滑り台のほうから誰かが駆けてきました。
「お前らっ。何やってんだよ!」
「うわ! アキトだ。ヘンテコ道具屋のアキトが来たぞー」
私はまたお人形みたいに立ち止まっていたのかもしれません。どうしたらいいんだろって困ってると、アキトはずいずい側に来て、
「この子困ってるじゃねえかよ! それに僕の家はヘンテコ道具屋じゃない。ルトルガー道具屋店だぞ!」
周りの男の子達はプンプン怒り出して、
「うるせえ! お前なんかボコボコにしてやる」
アキトは全くひるむ様子がなくて、向かって来た男の子達とポカポカ殴り合いを始めてしまいました。私はというと、もう怖くて泣いているしかできません。
でも、途中から男の子達が泣き出したのです。
「う、うえええーん」
「逃げろ、逃げろー。パパに言いつけてやるからな!」
ふと気がつくと、私の髪を引っ張ったり叩いたりしていた男の子達が逃げ去っていて、目の前にいるのは泥んこになって笑っているアキトだけでした。
「怪我はないか? アイツら知らない子供を見るとああやっていじめるんだよ。タチわりーよな」
「………がと」
「え?」
「……あ、ありがと……」
あの頃は特に人とお話をするのが苦手で、お返事をするだけでも怖くてたまりませんでした。でも、アキトとは不思議とちゃんと会話することができたんです。
「別にいーって! 僕はアキト。君の名前は?」
「わ、私は……パティ」
「ふーん! パティっていうんだ! アイツらにイジメられたら僕に言いなよ。何回でもやっつけてやるからさ。ガンガン行こーぜの精神だ! それで勝てるんだよ」
「が、ガンガン……」
何を返事していいのかもわかんなくて、ちょっとオドオドしていたら、彼はすっごく無邪気な顔で笑ったんです。私はただただボーッと眺めていたことを覚えています。
「アキト! こんな所にいたのか」
遠くから男の人の声がして、二人で後ろを振り向くと、たくましいおじさんが困り顔でこっちに歩いて来ます。
「いっけね! 父さんに見つかっちまった」
「え? お父さんなの」
アキトはちょっと気まずそうな顔で彼に駆け寄りました。
「一人で遠くまで遊びに行くなと言っただろう」
「ごめーん。でもね父さん! 困っている子がいたから助けてたんだ」
「困っている子? 一体誰を助けたんだ? また鳥さんじゃないだろうね」
「ううん! パティっていうんだ。ほら、あの子だよ」
背が高くて、細いんだけど筋肉質。黒くて長い髪と頬の傷が印象的な、とっても強そうな人でした。彼は私にも優しい微笑を向けてくれたのです。
「おやおや、初めて見るお嬢さんだ。初めまして! レディ」
「は、はじめましてっ。パティです」
「私の名前はルトルガー。アキトの父だ。コイツと仲良くしてやってくれ。誰に似たのか、血の気が多いけどな」
「僕は父さんに似たんだよ! だから短気なの」
「コイツ! 親のせいにするようになったか」
アキトはルトルガーさんとじゃれ合っていて、本当に楽しそうでした。そんな彼が数年後に行方不明になるなんて、あの時誰が想像したでしょう。私はアキト達と別れて家に戻ってから、メイドやお母さんにいっぱい叱られて泣いてちゃったけど、あの時公園に行って本当に良かったと思います。
だってアキトに出会えたから。
それから私達は何度も会うことになり、気がつけばいつも一緒にいるようになり、そしていつの間にかお互い大きくなっていました。アキトはいつだって弱い私のことを守ってくれて、頼れるお兄ちゃんみたいでした。
最初の頃は友人でも、お兄ちゃんでも良かった。でもだんだん、もっともっとって思ってしまう自分がいたんです。三年前、二人でアカンサスの街並みが一望できる丘まで一緒に登った時があったんですけど。
私の隣にいた彼は、広い街を眺めながらこう言いました。
「なあ、パティ。僕は十六歳になったら、冒険者として旅立つよ。父さんを見つけだして、魔王を倒す」
「……え。アキト、本気なの」
「ははは! 本気だよ。だからずっと鍛えてる。ガンガン行こーぜの精神だ! 父さんは絶対に何処かで生きてるんだ。僕は信じてる。そして、もう弱い人が誰も泣かなくていい世の中が来るんだ。パティ、お前だって安心して暮らせるよ」
「………ん。きっとアキトなら、できるよ!」
夕日を見つめるアキトの瞳はとっても綺麗でした。きっとその時だったと思います……友達よりもっと親密になりたいと心から思ったのは。
二年後、まさか私が勇者になって、彼が何の適性もないなんて、余りにも衝撃的で言葉も出ませんでした。何だか気まずくて、しばらく彼に会うこともできず、心の中はまるで迷路にハマったみたいにグルグルしていたんです。
冒険に旅立つ朝、人集りからやっと見つけたアキトの瞳は、あの頃見た綺麗な瞳じゃなくて、ずっと悲しそうに沈んで暗くなってしました。私は駆け寄りたかった。でもできなかった。
クレーベの村付近まで来た時、私は頑なに帰ると言って、本当にアカンサスに戻ってしまいました。魔王の呪いでアキトと付き合えなくなるのが嫌で、とうとう自分のワガママに走ったんです。
そして今も、結局冒険に出ていないまま、もう季節は夏になろうとしています。みんなからは急かされますし、アキトからも旅に出てほしいってよく言われてしまうんです。でも、魔王を倒して呪われてしまうことが嫌で堪りません。
どうしても私、彼を諦められない。
なのでここから先は、ガンガン行こーぜの精神でアキトにアタックしていこうと思いますっ。
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