第25話 幼馴染は森の中で罠にはまる

 空を飛んでいたカマキリは少しずつ高度を下げて行き、とうとう森の中に入ってしまった。


 これはまずい。あんな深い森の中でヨッコラ先生とカマキリを見つけるのは相当大変なことになりそうだ。ルフラースが走るペースを上げて先頭に躍り出る。


「あの辺りは確か、ソシナの塔に向かう入り口があった筈だよ。もしかしたらその近くにある小屋に隠れたのかもしれないね。行ってみよう!」


「わ、わかった! パティ、はぐれるなよ!」


「うん! 頑張るっ」


 とにかく森の中に入ってみると、中にはやっぱりスライムとかデッカい蜂とかいろんなモンスターが現れやがったが、そこは勇者と賢者がいるのでさほど問題はない。適当に蹴散らしただけで後は逃げて行くばかりだ。それにしても、まさかこんな所からでもソシナの塔にいけるなんて意外だった。


 いろんなことを思い出しながら走っていると、僕の足元にピン! という変な感触が走る。あれ? 今のってもしかして、とか考えてる暇もなかったね。


「きゃあっ!」


「あ! 勇者殿ぉ!」と珍しいルフラースの大声。


 パティが蜘蛛の巣みたいなヒモに巻きつかれたまま木の上でブランブラン揺れていた。さっきのは罠だったわけか。


「パ、パティ! 今助けるぞ」


「アキト! こっち見ないでー」


「え? なんで……はう!」


 そういえばパティは白いワンピースのままだったわけだが。つまりこの下からのアングルでパンツが見えてしまうのではないかという警戒心が働いているらしい。こんな格好で森なんて来るもんじゃないな。


「大丈夫だパティ。お前が思っているより際どいアングルじゃないぞ。安心しろ、今助けてやる」


「ほ、ほほ本当!? 今、はうって変な声出てたよ」


「大丈夫だ! 見えそうで見えていない。ある意味最も刺激的なアングルだが安心しろ!」


「アキトのエッチー! きゃー」


「ヒー!」


 僕がどっかの虫みたいに木によじ登って救出しようとした時、ルフラースの指先から放たれた火が上手い具合に一瞬で紐を焼き切り、彼女は真っ直ぐに落下した。


「あんっ!」


 寸前のところで抱きとめるイケメン賢者。僕の立場は一体……。


「大丈夫かい勇者殿。危ないところだったが、もう大丈夫だよ」


「は、はい。も、もう降ろしてもらって……いいです」


 何故かチラチラこっちを見てくる幼馴染の視線は、今は気にするべきじゃないだろう。


「ありがとうルフラース。どうやらアイツらは罠を張っているみたいだぞ! ここから先は慎重に行こう」


 トラップを発動させた本人が言っても説得力は薄いが、二人はしっかり頷いて僕について来てくれる。大体の方角はつかめているので、ここからは早歩きで向かうことにした。


「アキト……さっき、ホントに見えてなかった?」


「お前はやけにそれを気にするんだよなー。見えてないって」


「見えてたら死にたくなっちゃう! じゃあ、指切りして」


「お、おいおい。ここには僕ら以外に一人いることを忘れてないか? メチャメチャ恥ずかしいだろ」


「俺のことは気にしなくていいよ。しかし、ここまで見せつけてくるとはねー」


「見せつけてなんてないだろ! ただの友人なんだから」


「アキト! 指切りっ」


「もう! わかったよホラ」


 僕は彼女の細い小指に自分の指を絡めて優しく振った。パティは段々と笑顔に変わってきたが、ルフラースに見られながらっていうのは正直キツイ。指切りで使われる例の口上も自然に早口になる。


「はい! 指きーった! 終わり」


「アキト、ちょっと手抜き! もう一回」


「あのなー。こんな子供みたいなこと……う、うおおおお!?」


「ひゃああっ!?」


 僕とパティは震えあがった。正面から紐に繋がれたトゲトゲの鉄球が迫ってきたからだ。体が反射的にパティに飛びつき、ギリギリのところで激突を免れる。


「ぐはー!」


 倒れ込んだままルフラースのほうを見やると、奴は見事に鉄球の直撃を受けてしまっていた。なんてことだと狼狽しつつ僕は立ち上がり駆けつけたが遅かった。見事な棺桶が一つ出来上がってしまったのだ。


「ルフラースさん……亡くなっちゃった。ねえ、早く教会に行かなくちゃ」


「ああ、解ってる。しかしな……今僕らが戻ってしまったらヨッコラ先生はどうなってしまうか解らないぞ」


 パティはそわそわしつつ悩んでいることがありありと解る表情だった。早く何とかしなくてはいけないんだが、とにかく棺桶を引っ張りながら歩き出す。


「あのカマキリモンスターを追おう! 今彼を救えるのは僕らしかいない」


「アキト……今日もカッコいいっ」


「この状況でよくそんなキラキラした顔になってられるな」


「アキトと一緒なら大丈夫。だって昔から、私達二人で冒険してたし」


「肝試しの時か? あの時のお前は傑作だったけどな」


「肝試し以外にも色々あったでしょ。肝試しは怖すぎて泣いちゃった。二度と行かないから」


「お前はこれからもっともっと怖い所に行かなくちゃいけないんだぞ」


「拒否権を発動します。ルフラースさんに行ってもらうからっ。私はアキトとピクニック」


「僕も拒否権を発動する」


「ええっ。どうしてー」


「ルフラースが可哀想過ぎるからだ。そろそろ本気で旅に出ること考えたほうがいいぞ」


 早く決意してもらったほうが、僕としても精神的なダメージが少ない気がする。だからこう言ったんだけど、パティは隣を歩いていた筈なのに、ちょっとずつ移動速度が遅くなっていって、しまいには足を止めてしまった。振り向きつつ僕は、


「どうしたんだよ? きっともうちょっとで小屋に着くぞ?」


「アキトは……私がいなくなってもいいの?」


 さっきまでとはうって変わって、まるで自殺でも考えているんじゃないかというような声と、前のめりの姿勢。この返答は難しい。僕だって本当はパティと一緒にいたいんだ。でも、そんなことしてたらいつまで経っても魔王を討伐してくれないだろうし、世界だってずっと脅かされたまま、人類はいつ襲われるとも知れない恐怖を抱き続けて生きなければいけない。


「……そんなワケないだろ。でも、いなくならなきゃ行けないのが、勇者だろ?」


「…………ん」


 すっかり意気消沈したパティの側にゆっくりと歩み寄る。


「パティ。お前が冒険に出ることが嫌なことは充分知ってるよ。僕だってできれば、旅に出てほしくない。でも、魔王はどんどん領地を広げているって話だぜ。このままじゃ本当に世界が滅ぼされるって噂だ。お前の両親や友人、僕とかが殺されちゃったらどうする?」


「それは絶対嫌!」


「うん。奴を止めるだけの力を持っている存在なんて、きっとお前くらいしかいないって」


 彼女は泣きそうな顔になりながら首をブンブン横に振っている。幼馴染はそう簡単には変わらない。変なところで頑固なのは昔からだ。


「ほ、他にもいるっ!」


「誰だよそいつは」


「ルフラースさんとか、ルフラースさんとか、ルフラースさんとか」


「ルフラースしかいないじゃないか! とにかく、そろそろ準備しておきなさい」


「むうう! アキトってば酷い」


「酷くなんかねーっての。……あ! 小屋だ」


 森の中を歩き続けてしばらく、ようやくルフラースが教えてくれた小屋を発見した僕は、興奮のあまり足が速まってくるが、パティはあまり乗り気じゃないようで足音が変わらない。


「ね、ねえ! アキト」


「どうした? 小屋があるぞ。きっと先生が捕まってる」


「あ、あのね! アキト」


「何だよ。正面から突っ込むべきか……いや待て、このまま茂みに隠れて」


「アキト、止まって!」


「男は止まれない時があるんだよパティ。解ってくれ……あー!」


 突如として足場がなくなったような感覚になり、僕と棺桶は真っ暗な世界に落とされそうになってしまった。どこまで続いているのかも解らない漆黒の闇が視界全体に広がる。でもギリギリのところで僕は重力を感じた。パティの手が右腕を掴んだことにより、痛いほどの自身と棺桶の重さを感じた。


「はあはあ……良かったー。落とし穴がある……って伝えようと思って」


「早く言ってくれよー。死ぬかと思っただろ!」


 なんとか引き上げてもらい安堵のため息を漏らしたが、おっかないのはここからだ。


「あ……あそこに、ヨッコラ先生を拐ったモンスターがいるんだよね?」


 パティは緊張でちょっとばかり足元が震えている様子だった。小屋には特に変わった様子は見られないが、もしかしたら中で壮絶な拷問が巻き起こっているのではないかと考えると、気が気ではなくなってくる。


「いきなり突入するのは危険過ぎるな。ちょっと隠れて様子を見よう。パティ……え!?」


 僕は近くの茂みに隠れて中の様子を伺おうとしていたんだが、勇者殿は真っ直ぐに駆け込んで扉にノックを三回した。


「す……すみません! ヨッコラ先生を拐ったカマキリさん、いますか?」


「ちょ、ちょっと待てー!」


 平和ボケが過ぎるだろ! と思いつつ人生最速のダッシュでパティの側に駆けつける僕。


「きゃあっ!? どうしたのアキト」


「どうしたのじゃない! ハイそうですよと中を開けてくる奴が何処にいるんだよ!?」


 ガチャ。僕の力説とは反対に扉はあっさりと開かれ、中からモンスターが顔を出してきた。

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