第24話 幼馴染と魔法少女の館

 なんら代わり映えもしない朝だ。アカンサスはいつだって平和だなんて考えながら、僕は朝食を済ませて外出の準備をする。


 今日は休日で、久しぶりにのんびりと過ごせる筈だったのだが、年中休みになってしまった幼馴染からやっぱりというか誘いを受けた。全く、いつになったら旅に出てくれるのか。王様も含めて周りの連中もあまり強く言わないし、よろしくないなとか思いつつ中央広場への道を歩く。


 噴水の側にあるベンチに座っていた可愛らしいワンピース姿。オシャレのつもりなんか知らないけど、丸っこい帽子までつけた幼馴染が立ち上がって手を振っている。僕はあんまりやる気がなさそうな感じで右手をあげた。


「アキトー。おっそいよお。もう半時は待ってた気がするっ」


「そんなに待たせてねーよ。で、今日は何処に付き合ってほしいんだ?」


「えーとね。こっち!」


 パティは自分で指差した方向へ向けて歩き出した。中央広場から東は僕はあまり通らない場所で、彼女が何処に行きたいのかは皆目検討がつかない。


「あのね! 実はルフラースさんに教えてもらった所なんだけど……ほら! あそこ」


 閑静な住宅街にたった一つだけ違和感のある建物、というか館があった。魔女とか吸血鬼辺りが住んでいてもおかしくはない洋館ってところだろう。パティは玄関ドアの前まで来て鈴を鳴らす。


「なんだなんだー? もしかしてこの昼間っから肝試しでもするつもりなんじゃないだろうな」


「ち、違うよおっ。凄い作家さんのお家なんだって」


 ん? ルフラースが絡んでいる作家さんって、なんだか僕も聞いたことがあるような。乱雑な音とともに開かれたドアの向こうには、口ヒゲを生やした四十代くらいのおじさんがいて、服装は神父様みたいな黒いローブだけど随分とボロボロになっている。あんまり見かけにはこだわらない人らしい。


「おヤァ? 君はもしかしてあの勇者殿ではないかな?」


「は、はい。ヨッコラさん始めまして。えーと、ル……ルフラースさんの紹介で来ました! ちょっとお邪魔してもいいですか?」


「構わんよ。締め切りは間近だが、私は一度も守ったことなどないからな。はっはっは! おや、そちらの方は?」


「あ……僕、ルトルガー 道具屋店のアキトっていう者です。パティやルフラースとは友人でして」


「ホホーウ! 今日は来客が多いな。構わん、入りなさい」


 ヨッコラとか呼ばれてたおじさんは意外にも気さくな感じの人で、僕らは早速彼の館の中にお邪魔することになった。壁という壁によく解らない絵が貼られていたり、変な人形が沢山置いてある。


 ここに描かれているキャラクター達は僕も見たことがある。たしか魔法少女クリティカルヒットちゃんとかいう大人気の漫画じゃなかったか。ということはヨッコラ先生はかなり有名な作者なのでは? という推測とともに僕のテンションは徐々に上がってくる。マジかよ。


 階段を登って行った先にある、仕事場と思われる乱雑に散らかった部屋の中に見覚えのある顔があって、そいつは僕を見て嬉しそうに笑った。


「アキトじゃないか! そうかそうか、君もここに来るとはなぁ」


「ルフラース。お前が話してたのはヨッコラ先生のことだったのか。何してるんだ机になんて座って?」


 奴は熱心に紙に何かを筆で描いているように見える。まさか……。


「ふふふ! 実はな、先生の助手をさせてもらっているんだよ。あの魔法少女のね!」


「ファ!? 描いてんの? すげえ!」


 パティは目を爛々とさせて作業場を歩き回っている。室内には等身大と思わしき人形が並べられていて、さながら博物館のようだ。僕はとりあえずルフラースの向かい側の椅子に座って辺りを見回している。一階からお盆を持ったヨッコラ先生がニコニコ笑ってお茶をだしてくれた。


「さあさあ。汚い所だけれども、くつろいでいきなさい」


「ありがとうございます」


「こ、光栄ですっ。ありがとうございます」


 パティの奴、今日はわりかしちゃんと喋れているな。僕との会話でトーク力が上がっていたか。


「わ、わ……私先生の、ファ、ファ……ファンタジーなんです」


「パティ、それを言うならファンだぞ」


 前言撤回、まだまだ幼馴染には初対面の人の相手は無理みたいだ。


「ははは! なかなか面白いお嬢さんだ。君達のような若い人達にファンになってもらえるなんて、嬉しいことこの上ないよ。最近はめっきりファンレターも減っているしね。この前なんて、悪質なイタズラがあったんだよ」


 ルフラースが作業の手を止めて先生を見上げる。


「悪質なイタズラですか? 一体どんな内容だったんです?」


「あろうことか、自分のことを魔王だなどと抜かして来る奴がいてね。概ね私のことを認めてくれているようだったが、ポイズンミーコが死んだことだけは許せないと、それはもう怒りの内容が半分以上だったよ」


 正直な話、僕もポイズンミーコが亡くなってしまったことはショックだったのだ。密かに推していたキャラクターだったから、あの悲惨な死に方も可哀想すぎて読み返すのが辛い。まあ、何回も読み返しているけど。


「それは明らかにイタズラですね。魔王が漫画を読むなんてあり得ない。俺と勇者殿で犯人探しの旅にでも出ようか?」


 パティはビクッと体を小さく震わせ、つかつか僕の隣に座ると、


「それはルフラースさんだけでお願いします……。私はここで応援してるので」


「つれないなあ。勇者殿はそろそろ旅に出てくれるんじゃないかなって、本当に期待してるんだけどね」


「そうだ! つれないぞパティ。ヨッコラ先生の為に一肌脱げ!」


「や、やだよ。アキトのエッチ!」


「物の例えだろうがー。僕が本当にそんなことさせると思うか?」


 タコのモンスターみたいに顔を真っ赤にしたパティは、直ぐに首を縦に振った。ルフラースはクスクス笑ってやがる。全く腹がたつと思っていたら、先生はルフラースの背後にある窓をゆっくりと開けて、


「いやー。それにしても創作ばかりしていても息が詰まってしまうね。どうだろう? みんなでピクニックにでも行かないか?」


 パティの横顔は急に輝き出して、飛び上がらんばかりの勢いで右手を高く上げる。


「はい! 賛成ですっ。アキト、ピクニック行こ」


「ピクニックねえ。この前行ったばかりな気もしているんだけどな。ま、いっか。先生、どこら辺に行きますか?」


 外から変な音がしているのに気がついた奴は誰もいなかった。多分僕が一番最初だろう。先生はこちらに振り返ってから両腕を組んで思案を始めている。


「うーむ……そうだなあ。ぎりぎりアカンサスを出ないくらいの場所がいいよね。となると、」


「ん? ちょっと待ってください。 何か音が……」


 僕の次に異変に気がついたのはルフラースだった。


「あれ? 本当だね。何か、バサっ、バサって感じの音がする」


「これって鳥か何かかな? パティ、お前はどう思、」


「アキトとピクニックー。ふふ、ふふふ!」


 パティは何か妄想をしているのか、ニヤついたまま固まっている。なんか周りに御花畑が見える気がする。こうなっては声をかけてもなかなか反応しないから厄介極まりない。僕は彼女の肩を掴んでブンブン揺らす。


「おいー! 戻ってこいパティ!」


「ふぇ!? え……え。どうしたの?」


「いや、なんか変な音が、」


「うわあああー!」


 僕の視界に映り込んだのはとんでもない光景だった。窓から入ってきた人間よりも巨大なカマキリが両手でヨッコラ先生を捕獲すると、上手い具合に逃げ出したんだ。


「カマッカマッカマッ! この男はいただいたぞ! なあに、野暮用が終わったらすぐ返してやるさ。カマッカマッカマッ!」


「て、てめえ! 分かりやすい笑い声上げやがって。先生を返せー!」


 僕は窓まで駆け寄りどんどん遠くなっていく後ろ姿に向かって叫んだ。はいわかりましたと返してくれないことは百も承知だが、実際そういう状況になると声に出てしまうから不思議だ。カマキリって飛べたっけ。


「大変なことになってしまったね。まさか先生をさらうとは!」


 あまりにも突拍子もない事態におちいってしまいルフラースも動揺している。幼馴染はもっと動揺していた。


「アキトっ。ど、どうしよ!?」


「くう! と、とにかく奴を追いかけよう!」


 なんてことだ。一体どうして先生が拐われなければいけないのか解らないが、このまま奴を逃がすわけにはいかない。僕らはとにかく後を追った。巨大なカマキリはバッサバッサと豪快に空を飛んでいる。気がつけば僕らは街を出て草原を走り出していた。


 ここまで来るとモンスター達の領域に入ってしまうワケだが、ルフラースはともかく僕らは丸腰で大丈夫なのかと不安になってくる。でも今更追跡をやめるわけにもいかない。


「あの魔物、恐らくはサフラン国の少し北に出てくるモンスターに違いないな」


 直ぐ後ろを駆けているルフラースは奴のことを知っているみたいだ。


「サフランって、パティがもうすぐ向かう予定の国じゃないか! じゃあけっこう強いんじゃないか?」


「ちょ、ちょっと待ってっ。なんで私サフランに行くことが確定みたいになってるの」


 隣で走っているパティはオロオロしながらこっちの顔を伺ってるが、僕は華麗にスルーするのみ。だってそうだろうよ。魔王討伐のルート的には、通らないといけない国なんだから。


「あれ? 高度が下がっているぞ。もしかして降りる気か」


 カマキリは徐々に高度を落としている。追い続けた先には深い森が広がっていた。

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