第23話 幼馴染は僕のお宝が嫌い
あれから三日ほど過ぎ、仕事を終えた僕は日課となっている幼馴染の見舞いにやってきた。
しかしながら、扉をあけたメイドさんは何か不思議そうに考え込むような顔で、
「あらー? おかしいですねえ。お嬢様はすっかりお元気になられて、アキトさんのお家に向かわれた筈なのですが」
「え? もう回復したっていうんですか。アイツ、流石はステータスが高いだけのことはあるな。わかりました!」
熱まで出していたっていうのにたった数日で完治しちまうなんて、やっぱり勇者って普通の奴と違うみたいだ。もう暗くなっている帰り道、自宅の二階に灯りが灯されていることに気がつく。早速侵入したか。
家にたどり着いて一段飛ばしで階段を駆け上がり、勢いよく扉を開いて幼馴染に奇襲を仕掛けようという瞬間、彼女が宝箱に何かをしていることに気がついた。
「パティ! お前一体何をしているんだ!?」
「ふぇ!? アキト、もう帰って来たの? 私の想定していた時間よりも早いっ」
「ふん! 僕は日々進化しているんだぞ。どんなことでも時間を縮めているのだ! 歯磨きから店の掃除、残業などあらゆることをな!」
「それはただ面倒だからでしょ?」
「やかましい! 元気になったのは何よりだが、お前は僕のお宝に何をする気だ」
「あ……あの。メイドにお仕置き完全版は、私が親切心から破棄してあげようかなって思って」
見ればもう宝箱の中にあった雑誌をゴッソリ抜き出し左腕に挟んでいる。
「だ、ダメだ! 勝手に人のお宝を捨てるんじゃない! 返してくれ」
「私としては見過ごせませんっ。不謹慎な物は浄化しなくてはなりません。神の教えです」
「お前いつからそんな信仰心に目覚めたんだよ! 一体何教の教えだ! いいから返してくれ」
僕は猛獣並みの勢いで彼女の左腕に囚われた宝物を掴んだ。ここで救助しなくては、コイツらは一巻の終わりになってしまうだろう。そうはさせない。
「あー! アキト、盗賊みたいなことしないで。強奪するなんて人でなし」
「今日この場に至っては人でなしでも構わん! さあ返せ」
「ちょ、やめてよアキト。あ! ひゃうっ!」
揉み合いによって態勢を崩したパティが転びそうになり、僕の服の袖を掴んだことによって、二人とも盛大に床に転倒してしまった。
「いててて……おいパティ、大丈夫か……」
「うん。体は……大丈夫」
「へ? 体は? 心はダメなのか? あ!」
ミルクを溶かしこんだような肌が目前にある。うつ伏せに倒れていた僕は、気がつけばパティの肩辺りに顔を乗せていた。大きく見開かれたサファイアを思わせる瞳が、ずっとこちらを見つめている。慌てて体を起こした。
「ごめんね。私が引っ張っちゃったから」
「別に謝らなくて大丈夫だよ。僕も強引すぎたからな」
冷静に会話を続けているけど、この光景はなかなか凄い。散乱した成人向け雑誌の中心に美少女が倒れている。いかがわしすぎるこの状況はとにかく宜しくないので、僕はすぐ立ち上がって右手を差し出した。
「あ! ありがとっ」
素直に感謝をして微笑みつつ立ち上がる姿を見て、三日前みたいな胸の痛みがまたやって来てしまった。落ち着け、落ち着くんだアキト。このままでは悪魔に魂を売っているのとなんら変わらないことになるぞ。ここはちょっと澄まし顔で雑誌を回収する作業に入ろう。
「とにかく、人の雑誌を勝手に処分するんじゃない。これと決別するタイミングは僕が決めるんだからな」
「今決別してほしい!」
「無理だ! 僕にはそんなことできない。きっとこいつらも僕と別れたくないはずなんだ」
「う……うう。悪霊が取り憑いてるみたいっ。ね、ねえアキト。他に私に隠していることはないの?」
「え? 隠してることなんてないよ」
「ホント? ホントにもう何も隠してない?」
「隠してないって! どうしてそんなに疑うんだよお前は」
「だって。メイドさんが大好きだったなんて知らなかったから、あの時凄くショックで」
ちょっと解釈に語弊があるものの、ここは突っ込まないでおこう。ますますややこしくなるだけだ。
「誰にだってあるんだよ。隠れた秘密っていうのはさ。人間にとって仕方ないことなんじゃないかな」
「アキト……なんだか学者さんみたい」
「道具屋の経営に失敗したら心理学者にでもなろうかな」
「無理だと思うっ」
「速攻で否定かよ! 少しは上手くいくかもしれないだろ」
「アキトは人の心が解ってない。断言できる」
「なんで断言できるんだよ?」
「私の考えてることとか、解ってなさそう……」
そこまで言ってから、彼女はようやくいつものソファに腰を降ろした。
「お前の考えていることは誰にも解んないと思うけどね、アカンサス一のミステリーだ」
「そんなことないもん。あ、それとね……三日前のことなんだけど」
「三日前……ああ、お前の熱がヤバかった時な」
「うん。あの時私……熱のせいでアキトに変なこと言っちゃった」
覚えてる。それだけはハッキリと脳裏に刻まれちまってる。まさかキスしたい? なんて聞かれるとは想像もしてなかったからだ。僕の平常運転に戻りつつあった心臓が、またドクンと強くなる。でも気がつかれないように雑誌の回収を終え、宝箱を元の位置に戻す。
「あんな高熱になっちまったらさ。誰だって変になっちゃうと思うぞ。あんまり気にするなって!」
幼馴染はすくっとソファから立ち上がり、ちょっと上目遣いになりながら本棚を整理するふりをしている僕に近づいてくる。そういえばテーブルの所に何か置いてあったが、それを取って後ろに隠してるみたいだ。
「あの。あのね……私。お見舞いにきてくれたお礼をしようと思ってるの」
僕はとりあえず本棚側にあるベッドに腰掛ける。妙に改まってるな、何か嫌な予感がしてくる。
「お礼なんて別にいぞ。っていうか一体何を……?」
パティは両手を後ろに隠しているんだけど、チラリと刃物っぽいのが見えた気がする。いやー……疲れて幻覚でも見えてんのかな。仕事のし過ぎかな。
「あのね……私」
「ちょ、ちょっと待て。パティお前、いろいろとどうした? キャラ変でもした?」
「私はずっとこういうキャラだよっ。アキトは知ってるでしょ」
「なんていうか、けっこうなサイコ要素が加わってる気がするんだけど」
彼女がゆっくりと微笑を浮かべてきて、僕の恐怖心は螺旋階段を一気に駆け上がる。おふくろー、いつもならここで帰ってくるだろ。早く来てくれー。ナイフだよ、パティがなぜかナイフ持って近づいてくるよ! 隠してるけどバレバレだよ。もしかしてエッチな本で殺意が湧いたのか。
「ねえアキト。急に顔色悪くなってるよ。大丈夫?」
「パティ……話し合おう! な! さっきの雑誌もやっぱり捨てるわ。お前は優しい奴だった筈じゃないか」
「え! 良かったー。あれ捨ててくれるんだ。じゃあ安心してこれを……」
「ひいい! ちょっとま、」
隠していた左手から出てきたのは、一口サイズに切られた林檎を乗せたお皿だった。
「り、りりり林檎!?」
「うん! お見舞いのお礼に。クッキーも焼いたの。一緒に食べよっ」
右手にはナイフがあったが、それで剥いていたってワケか。僕は滅びかかった人類が生き延びたかのような安堵感にため息を漏らした。紛らわしさに関しては幼馴染は世界一だ、間違いない。
「なんだよ。ナイフまで持ってくるから、僕を刺す気なのかと思っちゃったじゃないか」
「え? そんなことしないよ! じゃあアキト、お宝はちゃんとポイしてね!」
「う……しまった。わ、解ったよ! 捨てればいいんだろ! 捨てれば」
本当余計なことを言ってしまったものだ。だが僕としてはあの完全版を捨てることは惜しい。考えられない愚行だと思う。だから後々違う方法で、彼女の目から隠すことにした。
それにしても、こうして二人で何気ないことを話したり、一緒にお菓子を食べたりしてるだけで、僕はけっこうな幸せを感じてしまう。パティもルフラースもいなくなっちゃったら、きっとしばらくはまたボッチだろうな。
そんなことを考えながらたまに見る幼馴染の顔は、どんな絵画に描かれた女性より可愛かった。
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