第22話 幼馴染は癒されたい

 魔王城は十を超える階層に分けられており、一番奥に存在している魔王の間以外にも沢山の部屋がある。


 ここは幹部達の作戦会議として使われている『漆黒の計画室』という部屋で、孤立したテーブルと椅子が四つほど設置されていた。真っ暗な室内で、ただ一人の男に灯りが照らされる。魔王軍幹部の筆頭であるガルトルが、テーブルに両ひじをつけながら語り始めた。


「では、これより魔王軍幹部会議を始めさせてもらう。会議の目的は二つだ。一つは勇者達が現在どの地点を旅しているのかの報告と対処。もう一つは魔王様直々の命令である、とある作家を拉致することだ」


 新たな灯りが年配の男を照らし出した。黒い不気味なローブを目深にかぶっていて、姿勢が悪く常に前かがみになっている。


「ほほう! なら手早く会議は済みそうじゃな。ワシはもう分かっておるぞ……奴らが何処にいるのかが」


「何だと!? ネクロよ、それは本当か?」


 思いのほかガルトルの食いつきが良かったので、ネクロと呼ばれた老人は卑しい笑い声をあげる。


「キヒヒヒ! お主とは幹部としての年季が違うんじゃよ。教えてほしいのか? んー?」


 灯りがもう一つ増える。緑色の長い髪をなびかせた妖艶な美女が足を組み、見下すような視線を老人に送っていた。


「ネクロ。いい加減になさいな。そんな意地の悪いことだから、長い間魔王様に認めてもらえなかったのよ」


「く! やかましいわいベーラよ。よいか、一月以上前に勇者達がアカンサスから出て、クレーべ村付近にいたことを偵察モンスターが目撃しておる。あの辺りなど低Lvの魔物しかおらん。よって遅くても数日で東にある転移の祠より、サフランの王国まで行ったことは確実じゃ」


 ガルトルはウンウンとうなづきながら話を聞いているが、ベーラは退屈そうに欠伸を堪えていた。


「サフランから北に行き、恐らくは盗賊団の連中ともバチバチやり合う辺りで三週間として、今は恐らく砂漠に向かっておるはずじゃ! ピラミッドに眠る秘宝を求めての」


「でもぉー。誰も目撃したモンスターがいないんでしょお? ちょっと曖昧な推理よね、それって」


 ベーラの言葉に苛立ったネクロは、テーブルを叩きながら怒り出した。


「何が曖昧なものか! 普通に考えればどんなに遅くとも砂漠の国にきているはずなんじゃ。だからピラミッドの周辺に強い魔物を差し向けておけば、難なく殲滅が可能じゃな。二度と我々に挑む気にならぬよう、ボッコボコにしてやるがよろしい」


「ふむ。ネクロの言い分は解った。まあ確かに、通常の進行速度を考えれば早くてピラミッドという話にはなるだろう。特別に強い魔物を配置しておく。それからもう一つ、とある作家を拉致する件だが。実はアカンサスに居住していることが判明している。なので、誰かモンスターを率いてさらってきてもらえないか?」


 ベーラは嫌そうに首を横に振る。


「何それ? 超嫌だわー。魔王軍幹部が自ら行くなんて恥さらしじゃない。あたし達はあくまでも、挑戦を受けてあげる立場なのよ。わかる?」


「そうじゃ! ワシも反対するぞ。サフランの少し北辺りをうろついている魔物を向かわせればよい。アイツらにはそれで十分じゃ」


「わ……解った。ではそうするとしよう。話は以上だが……アルゴスよ。ずっと黙っているが、何か意見はないのか?」


 最後の灯りが巨大な黒い鎧を纏った大男を映し出した。重厚な甲冑の奥から微かないびきが聞こえる。


「……ではこれにて解散!」


 呆れ返ったガルトルは彼を注意もせずに会議を締めることにした。




 今日はおふくろに相談して、仕事は半ドンで切り上げる形になり、あまり気が進まないままに幼馴染の家に向かうことになった。


「あらー。アキトくん。本当にごめんなさいねー」


「いえいえ! 全然気にしないでくださいよ。パティは部屋ですよね?」


「そうなのよー。メイドや私が世話してるんだけど、どうしてもアキトくんに来てほしいって」


 そうなんだよな。今の状況でもけっこう手厚い看護を受けてるんだから、普通に大丈夫だろと言いたいが、もし今日見舞いに来なかったら後が怖い。


「パティー! 入るぞー!」


 ノックをしてから中に入ると、予想していたとおりぐったりと寝込んでいるパティがいた。昨日よりも何だか苦しそうだが起き上がろうとする。僕はまた慌てて駆け寄った。


「起きなくていいって! 寝てろよ」


「う、うん……」


 弱々しく寝込んだ彼女の掛け布団から、ヒラヒラと紙が落ちた。


「あれ? 何だこれ?」


「あ……ちょ、ちょ!」


 拾い上げた紙には何か箇条書きみたいな書き込みがある。読むほどに青ざめてくる自分がいる。


「あ……アキトにしてもらいたいことリスト」


「ひゃああっ。私の秘密がああ」


「とっても優しい言葉をかけてもらう。お粥を食べさせてもらう。膝枕してもらう。額に熱い、」


「きゃー! やめてやめて」


「お、おいおい! こら!」


 フラつきながらも拾い上げた紙を取り上げようと向かってくる幼馴染。僕の指先から強奪することには成功したが、そこまでで力尽きたのかベッドから落ちそうになり、必死になって抱き抱えて事なきを得た。


「無茶するなっつーのに!」


「ううう……私の願望が。神様に叶えてもらおうと密かに願ってたのにー」


「お前ロクなこと願ってないな! 安静にしてろっての」


「だってだって。こんなチャンスなかなか無いし。は……はあ……」


「ま、まあ。そこまで言うなら、一個くらいはリクエストに答えるけど」


「えっ。本当に? じゃ、じゃあ……」


「寝ろ!」


「ひゃん! あ、アキトの嘘つき」


 不意をついてベッドに倒して掛け布団をしっかりとかける。しかしまー手がかかることこの上ないなって呆れつつも、けっこうな汗が湧き出ている額を布で拭いてやった。


「……ありがと……」


「お粥とかいろいろ持って来たから、しっかり食うんだぞ。水分もちゃんと取らないと……」


 言いかけていた時、またパジャマがはだけてしまってることに気づいてちょっとばかり固まってしまう。


「ねえ、もうちょっと下も拭いて……」


「ファ!? あ、ああ……」


 頬から白くて華奢な顎周りを拭いて、ちょっと首筋を拭いたところで、


「もうちょっと……」


「ちょ、ちょっと待て。ここから下は危険だ。危険水域に突入してしまう」


「どうして危険なの?」


「いや、だってさ。男は野獣なんだぞ。女子のこういう姿を見てしまった時には、なんていうか。熱を出している人を前にしてする話じゃないが」


「私、もう熱下がってると思う」


「下がってないよ。見れば解る」


「ううん、きっと下がってるよ。じゃあアキト、確かめてみて」


 僕は右手を自身の額に当て、左手をパティの額に触れようというところで、


「そうじゃなくて。おでこで」


「お、おでこ!? いや……それは、ちょっと……」


「お願い! 何でもお願い聞いてくれるんでしょ」


 彼女はそう言いながらも、はあはあと荒い息遣いをしている。確認するまでもないことじゃないかと思ったが、そんな苦しい時にお願いされたら断れない。僕は恥ずかしいなと思いつつも、ゆっくりとおでこを近づけていく。パティは瞳を閉じてしまったから、まるでこれからキスするみたいな錯覚をしてしまう。


 やがて二つのおでこがピッタリとくっついてしまい、熱い感触が生で伝わって来て、それはもう考えられないくらいの困惑になった。この胸を強く打たれるような錯覚。僕は息すら忘れそうになる。


「ひんやり……アキトのおでこ」


「ああ。やっぱり凄い熱だ。安静にしたほうがいい」


「ねえ……キス、したい?」


「は!? お、おい! 一体何を言い出すんだよ!?」


「……してもいいよ」


 勘弁してくれ。きっとパティは熱にうなされて正気じゃなくなっちまってる。僕は額を離そうとしたが、気がつけば彼女の両手が肩を掴んでいた。こ、このアングルはもう反則過ぎるだろ。


「だ、ダメだ! 離れなさい」


「やだ。離れたくない。おでこを冷やしたい」


「僕で冷やそうとするな! あ……おばさん」


「へ!? あ、」


「隙あり!」


 僕はからくも幼馴染のホールドから脱出した。


「あ、アキトの嘘つき。訴えてやるから」


「僕は何の罪も犯してないぞ、無罪だ! じゃ、じゃあな」


「え。待ってー。まだ地獄の入り口だよ」


「地獄の中になんて入りたくねえよ! 僕はまだ死にたくない! ……お大事にな」


 とにかく彼女の部屋から出て、そそくさと帰路に着くことにした。帰り道、僕の胸に渦巻いていた強い痛みは結局後を引き、帰ってからもドキドキして眠れなかった。


 アイツも僕も、はっきり言って普通じゃなかった。危うく一線を超えてしまう寸前だった。

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