第21話 幼馴染がいない
始まりの街に住んでいる人生って退屈だなと、最近僕は思うことがある。
冒険に出るのならまだしも、ずっと暮らしているだけなら何も変化はないからだ。しかしながら、今のところ僕の生活に退屈が訪れる気配はない。幼馴染の女子勇者、パティがいる限り。
そして、今日もアイツは元気に道具屋の扉を開けて乱入してくるはず。体内時計で奴の行動パターンを予想できてしまう自分が悲しいとか思っているうちにやっぱり扉は開いた。
「やあやあ。今日もアイテムは売れてるかい?」
「あれ? ルフラースじゃないか……」
想定外の友人の登場に僕は驚き、ルフラースは苦笑まじりにカウンター前まで歩いてくる。
「変な奴が来やがった。みたいな顔してるね」
「いや、別にそんなことないんだけどさ。パティが来たと思ったんだ」
「ああ! そうかそうか。俺よりもずっと常連の勇者殿がいたな。実は気になっていたんだ、君達のことでね」
「うん? 僕達のこと? 一体何のことだ。全く、暇で暇で仕方ないぜ」
僕は何だかドキリとして、カウンターの下に置いていた雑誌を拾って読み始める。動揺していることがバレたくなかったんだが、
「昨日マナから聞かせてもらったよ。二人の熱い気持ちがひしひしと伝わるようだった……ってね」
「な、何! マナさんが!?」
いつの間にかカウンター前で肩肘を乗せているルフラースと目が合う。
「これは問題だなー。もしかしたら勇者殿の旅立ちを、道具屋の息子が阻んでいるなんて知れてしまったら、」
「ね、ねえよ! そんなことは絶対に。僕は潔白だ」
目前にいるイケメン賢者は愉快そうに微笑を浮かべる。昔から人をからかうのが好きだから困ってしまう。
「本当に潔白ってことはないだろうけど、解ってるよ。君はその気があるとしても、勇者の旅立ちを邪魔するようなことは絶対にしないだろう。俺はマナにそう言ったよ。彼女、首を傾げていたけどね」
女の勘は恐ろしい。加えてあの奇妙な魔性の女感……僧侶でありながらさながら魔女みたいだ。
「とにかく、君が変わってないみたいで安心したよ。じゃあ俺は先生のところへ行ってくる」
「最近エラく入れ込んでいるじゃないか。そんなに面白いのか?」
「うん! かなり展開が面白いんだよ。魔法を使える少女達の話なんだけどね。今度アキトにも紹介しようか?」
「お、おお! サンキュー。良かったら頼むわ」
人脈が広い爽やか賢者は左手を上げつつ道具屋から出て行った。恐ろしいことにその日、お客さんは誰一人来なかった。
帰ってからおふくろにも聞いてみたが、やっぱりパティは店にも家にもこなかったらしい。こんなことは今まで全くなかったことだ。でもあの時は、そんなこともあるだろ……みたいな考えだったのである。
次の日、僕はいつもと同じように道具屋の開店準備をして、いつもどおりルフラースから魔除けの聖水を貰い、何事もなく店をオープンさせる。お客さんはそれなりに入り、不都合なことは何も起こらない。平和で淡々とした日常に、なぜかアイツだけがいない。
もしかして、実は冒険に旅だったとか? でも僕に一声もかけずに行ってしまうだろうか。まさかそんな冷たい奴じゃないことは、昔からの付き合いである僕自身が一番知っているのだ。あの銀色の髪と青い瞳、神秘的とさえ思える容姿から、一見取っつきにくいと思われてしまうことはあるけれど。
今日は昨日とは違い売れ行きは好調だ。どんなことにも波はあるっていうけど、販売業っていうのは特に顕著な感じがする。僕は今日の売り上げの途中推移を調べていた。
「うわー……やっぱりか」
順調に見えた売り上げの中で、たった一ついつもより売上が芳しくないものがあった。ポーションが売れ残ってる。
「き、来ちまったー。何やってんだ、僕は」
いつもどおり仕事を終えてから、足は勝手に幼馴染の家に辿り着いてしまった。やって来たら何かと面倒ごとに巻き込まれたりするのだけど、来なきゃ来ないで気になってしかたない。
僕は綺麗なドアに付けられている鈴を鳴らしてみた。
「はぁーい」
この明るい返事は、パティのお母さんの声だ。小さな駆け足と共にドアが開かれ、彼女はこちらを見て朗らかな笑顔を見せてくれる。
「あらー。アキト君じゃないの。どうしたの?」
「あ……あの。最近パティ見てないんですけど、どうしたのかなって」
頭を掻きながら、僕はちょっと恥ずかしげに答える。
「あ! そうなのよー。パティはね、風邪を引いちゃったみたいなの。ちょっと熱も出しちゃって、ずっとベッドで休んでるの」
「え? あのパティが熱を!? すいません、ちょっとお見舞いしてもいいですか?」
「あら、いいわよー。ありがとね! きっとあの子も喜んでくれるはずだわ」
彼女が病気になったところなんて、今までほとんど見たことがなかった。何とかは風邪を引かない、とか言ってからかったことはあったんだけど、とにかく元気な時しかなかったくらいだ。階段を足早に上がり、ドアをノックする。
「ふぁ……? 入ってます」
「トイレじゃないだろここは。入るぞー」
僕は静かにドアを開き、桃色のベッドにうずくまるように入っているパティを見た。いつもよりもぼーっとしている目が、微かに震えつつもこっちも覗き込んでる。
「あ、アキト。どうしたの?」
「いや、お前が風邪引いて熱まで出しちゃったっていうからさ。ちょっと見舞い」
「う、ううう……うう」
パティは布団から上半身を起こしつつ、苦悶に満ちた表情になる。僕はちょっとだけ慌てて駆け寄った。
「いいよ! 起き上がらなくて。ちゃんと休め!」
「だって、だって。アキトが……来てくれたから。私、嬉しくって」
彼女は恍惚とした表情のまま瞳から光るものを流した。そんなに喜ばれるなんて思ってなかったし、照れ臭さはそろそろ天井にまで達しそうだ。黄色いパジャマが若干はだけていて、言い難いのだが……ちょっとだけ谷と谷の間が見えている。意外と大きいから目のやり場に困る。
「別に。見舞いくらい普通じゃん。とにかく安静にするんだぞ」
「うん。動けないから、安静にするしかない」
「寒いか? 辛くてもなんか食べないとダメだぜ。水分もしっかり摂るんだ。まあおばさんとメイドさんがいるから、そこら辺は大丈夫か」
「うん」
「あ、あのさ」
「うん」
やっぱり言いづらいけど言おう。まともに目を合わせられない。
「ちょっとパジャマの上着、はだけてないか。なんていうか、ちょっといろいろ見えそうになってるっていうか……」
「……あ。アキトのエッチ」
「ち、違うわ! そっちが見せてんの」
「も、もしかして……更に見たいとか?」
「違うって! 僕はそんな子供ではない」
「アキト、やっぱりエッチっ」
「違うってば! とにかく遅くなってきたから帰るわ」
パティは少しだけパジャマを直すとフラリとベッドに寝る姿勢になり、苦しそうなのにちょっとだけ微笑を浮かべていた。なんか、コイツがいないと僕もダメになってきちゃってるのかな、とか思いつつ部屋から去ろうとすると、幼馴染は消え入りそうな声で言った。
「お願い……明日も来て」
「勿論! 待ってろよ。今度は役立つ物とか持ってくるからさ」
去り際に笑顔を見せて部屋を出た時、心の奥に変な安堵感を感じた。彼女がいなくなったわけじゃないし、今も僕を頼りにしてくれてる。それが嬉しかったのかもしれない。
だが、二度目の見舞いはかなり大変なことになってしまった。もうちょっと警戒しておくんだったよ、ホントに。
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