第20話 幼馴染はいやいや外に出る

 漆黒の夜空の下で堂々とたたずむ巨大な城には、世界で最も屈強なモンスター達が集まっている。


 ここは悪魔がうごめく城内の最深部にある魔王の間。最高幹部の一人ガルトルは神妙な面持ちで片膝をつけ、薄っすらとしか姿が解らない魔王を見上げていた。白く大きなカーテンに隠れているような、不思議な光景は幻想的ですらあった。


「どうなっておる? ガルトルよ、一体どうなっておるのだ?」


「は! 魔王様、どうなっている……と申されますと?」


 魔王は玉座を強く叩き怒りを露わにする。


「ええい! 解らぬか! 我が何に怒りを感じているのかが!」


「も、もしや。勇者達一行の消息のことでしょうか。申し訳ございません魔王様。勇者達は相当隠密行動に慣れている手練れの集まりなのか、姿を確認できた者がいない状況でして」


「勇者どものことも確かにそうだが。我はもっと許せぬことがあるのだ! 解らんか?」


「は……はは! も、申し訳ございませぬ。少々検討がつきかねておりまして……」


「お主がこの前我に進めてきた漫画があったな……アレについてだ。我慢ならぬ!」


「あ……もしや、魔法少女クリティカルヒットちゃんのことでしょうか?」


「そうだ! 最初はお主の勧めてきたとおり、実に愉快な話であった。何の変哲もない一般庶民のヒットちゃんが突如怪異に巻き込まれ、小さなマスコットキャラクターと契約を交わして魔法少女になるまでは胸アツじゃった」


「は、はい。喜んでいただけて何よりでした」


「その後の戦いっぷりも痛快。仲間キャラも実にいい。我はクールキャラであるポイズンミーコという推しキャラまで見つけてしまったぞ。あの冷たい中にチラリと見えるデレ要素……堪らん! 控えめに言って最高!」


「は……はあ……」


「ところが、ところがだ! 最新刊を読んで我は目を疑ったぞ。ポイズンミーコがあっさりと殺されてしまったのじゃ! 実は生きていたというようなヌルい殺され方ではない。ガルトル……これはどうなっておる?」


 どうなっておるなどと訊かれても知らん、とは絶対に答えられないガルトルは、澄ましたような驚き顔で、


「な、何と! 誠でございますか。きっと作者が、」


「ええい! 言い訳など聞きたくもないわ。あろうことかヒットちゃんまで泣いていたぞ。最終的にハッピーエンドになるのではなかったのか!? 更には我が書いたファンレターの返信もない」


「申し訳ございませぬ! 直ちに確認をとって参ります!」


「うむ。作者の住所はアカンサスという街らしいぞ。これ以上我を失望させるな。それから勇者達が現在何処をウロついておるのかも、早々に特定せよ」


「ははー! お任せ下さい」


 ガルトルは湧き上がる冷や汗を拭いながらそろそろと立ち去った。




 今日はとっても平和な上に何事もない一日だった。僕はパティとガーランドさん、マルコシアスさんを見送った後、淡々と道具屋での仕事をこなして夕方には業務から解放された。


 さて、後はいつもどおり家に帰るだけなんだが。大通りを淡々と歩く透き通るような銀色の髪、背は高くはないがスレンダーで誰もがすれ違いざまに振り返る容姿を発見してため息をつく。


「パティー。一体どうしたんだよ。その事態は」


「あ、アキト! 良かったー。ねえねえ、教会まで付いてきてくれない?」


 彼女は自分の後ろに二つの棺桶を引きずっている。中に入っているのは言うまでもなくガーランドさんとマルコシアスさんに違いないだろう。


「別にいいけど。今回は何が起こったんだ?」


「うん。草原を歩いてたらデッカいナメクジと蜂っぽいのがやって来てね、二人をガブーって。私がナイフを振り回してたら、いつの間にかモンスターが倒れてたけど」


 適当に武器振り回してるだけで勝てちゃうって、流石は勇者だと思う。にしても、いきなり死んじゃう二人も情けないなー。マルコシアスさんはベテランっぽいから、かなり強いんじゃないかと予想してたんだけど。


「お、おおう……。なかなかインパクトのある連中にやられたんだな二人は。しょうがねえな。じゃあ教会行くか」


「うんっ。ありがと!」




 というわけで、僕達はまた結婚式で有名なこの教会へやって来た。赤い豪勢な扉を開くと一人だけ先客がいた。この前一緒に冒険をしたマナさんだ。神父様の姿は見えない。彼女は僕らの足音で振り返り、気さくな笑顔を見せて立ち上がった。


「あら! 勇者様にアキトさんじゃありませんか。まあ……二人は死んでしまったのですね」


「う、うん。いきなり襲いかかってきて、一瞬でガブって!」


「小さい子供みたいな説明だなー。神父様はどちらですか?」


「神父様は布教活動の為に何処かに向かわれましたわ。もう少ししたら戻ってこられると思うのですけれど」


「そうなんだ……あ! ねえアキト見て! ウエディングドレスがあるよっ」


 パティは祭壇の近くに飾られていたドレスに駆け寄る。純白のドレスは確かに綺麗だなあと、僕もしみじみ眺めていると、マナさんはまるで女神のように美しい微笑を浮かべながらドレスの隣に立ち、


「綺麗でしょう。きっとパティさんが着たら、まるで天使のように可憐になりますわ」


「え? そ、そんなことないよっ! マナさんのほうが似合うって」


 幼馴染は無邪気にニッコリと笑い、マナさんはおしとやかに微笑む。結婚とか考えたこともないが、やっぱり女子にとっては憧れなんだな。ドレスを見る目が全然違うし。


「マナさんは確かに似合うけど、パティは馬子にも衣装みたいな感じになりそうだよな」


「なにそれー。ひどーい! 私だってきっと似合うよ。ねえねえマナさん、ここで誓いの儀式とかもするんだよね?」


「ええ。行いますよ。私も何度か司祭様の儀式を見たことがあります」


「へえー。じゃあもうやり方も覚えているんですか?」


「はい。覚えておりますわ。では……少し実演してみますか?」


「へ? じ、実演って? どうするの……」


「もちろん私が司祭役で、アキトさんが新郎役。そして勇者様が新婦役をするのです」


「ファ!? いや、別にいいっすよ」


「や、やりたい!」


「お、おいおい。結婚ごっこなんてするような歳か」


「うふふ! 良いと思いますよ。何事も練習する機会があるならしてみるべきです。実は私も練習しておきたかったのですけど、ダメでしょうか?」


「もちろんオッケー! ねっ、アキト! マナさんの為にしようよ」


「えー。ま、まあ……ちょっとだけなら」


「ありがとうございます。では、お二人とも並んでください」


 意外とマナさんって強引なんだなと思いつつ、僕は仕方なく祭壇に立った。パティは心なしかウキウキした顔で並んだように見える。


「アキトさん。あなたはパティさんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」


 すげー。マナさんよく覚えているな。僕の返答はもう決まっている。


「はい。誓いません」


「ちょっと! アキトっ!」


 隣に立っているパティがふくれっ面になった。はいはい、解りましたよ。


「やっぱり誓います」


 同じようなやり取りを今度は隣の幼馴染が受ける。彼女の返答だって決まってる。


「誓いますっ」


「では指輪の交換を……」


 僕達は指輪を交換しているフリをした。その瞬間というか、なんだか正面に立っているパティが、本当にお嫁さんみたいに感じてしまい、内心動揺する。こんな錯覚も世の中にはあるのか。よし、これで終わりだな。


「では、誓いのキスを」


「ファ!? き、キス?」


 マナさんが普通に言うもんだからビビった。すぐ冗談にして辞めるのかと思ってたら、


「はい。キスをお願いします」


「は、ははは。冗談ですよね?」


「いいえ、キスをお願いします」


「は……ははは、はい」


 マナさんはまるで機械モンスターのように淡白に言葉を繰り返し、パティがそれに従ってしまい瞳を閉じている。待ってくれよ、ちょっと待ってくれよ。目を閉じてこっちを見上げる顔があまりにも綺麗だから、正直本当にやっちゃいたくなってきた。


「ちょ、ふ……二人とも……」


 僕の言葉は存在しないみたいにかき消される。そのうち自分でも不思議なほど自然と、勝手に顔が彼女に近づいている気がした。もうこれは本能だ。うっすら桃色に染まっている唇に触れてみたい。


「……はい! そこまでですわ!」


 とうとう理性を失いかけた僕に、氷のような一言が刺さった。パティもハッとして少しだけ体を後退させる。


「ありがとうございました。なかなか勉強になりましたわ。いろいろと知ることもできましたし……」


「え? いろいろとって……」


「何でもありませんわ勇者様。あら? 神父様が戻ってきましたよ。さあ、お二人を生き返らせましょう」


 心臓の鼓動がおさまらず、動揺が隠せない。マナさんにからかわれたみたいになっちまったけど、パティはちょっと顔を赤くしただけで文句を言わなかった。ガーランドさんとマルコシアスさんはやっと復活し、僕らの大変な一日は終わったのだった。マナさんが魔性の女だとはっきり確信するのは、もう少し先になってからである。

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