第19話 幼馴染は突然の来訪者に怯える

「何? 勇者が旅には出ないで塔に向かい……戻って来たらメイドになっていたじゃと?」


 アカンサス国王ハラースは、マルコシアスとガーランドの報告を受けて唖然としていた。二人は片膝をつけて真剣な瞳で王を見上げている。


「左様でございます。いやはや、ワシらにもどういうことなのか理解しかねますが、確かにこの目で見たのです」


「国王。いかがいたしましょうか?」


「ううむ。いかがいたしましょうかって聞かれてものう。いやー、厄介すぎる勇者じゃのう。もういっそお主達だけで旅に出て、何とかできんか? 魔王なんてコロッと!」


 マルコシアスは慌てて首を横に振った。


「いえいえ。魔王は我々だけでどうにかなるような存在ではありますまい。やはり勇者の存在は不可欠かと」


「でものう。なぜかメイドになっちゃうような女子じゃぞ。ワシ、とっても不安なんじゃけど」


「勇者がいれば討伐は可能です! 我々は全員で力を合わせてこそ、本来の真価を発揮できるのです!」


「まあ、ワシもそう考えているからこそ、ここまでこだわってきたんじゃがの。でものー。アイツらお互いの家に行ったりしてるらしいの。あれ、付き合っとるよな?」


「まさか! 勇者に限ってそのようなことは無いはずですじゃ!」


「いや、だってお家に行っとるんじゃよ。アレで付き合ってないとか、あり得る?」


「あり得ます! 私は勇者の責任感を信じています。こんな中途半端なところで冒険をやめるなど、決してあり得ないでしょう!」


 ガーランドがほんの少しだけ立ち上がり叫ぶ。


「ふむ。だといいんだがのー。よし、お主達! アイツらの所に行って話し合ってこい。このままじゃラチがあかんからの。何かあったらワシも援助するから」


「承知いたしました。ありがとうございますじゃ! ではワシらはこれにて」


「あ、ちょっと待ちなさい」


 立ち上がった二人をハラースは呼び止めた。何やら念じているようにも見える。


「いつものやつをやっておらんかったわい。ぬうううう……くわっ! 見えた! マルコシアスが次のLvに上がるためには、あと5ポイントの経験値が必要じゃ。変わっとらんの……。ラッキーカラーはピンク、ラッキーアイテムはぬいぐるみじゃ。帰り道に買うように」


「は……ははっ! 必ずや購入いたしますじゃ」


「うむ! では続いてガーランド。ぬぬぬぬ……これはー! お主が次のLvに上がるためには、あと6ポイントの経験値が必要じゃあ! ……毎回変わっておらんの。ラッキーカラーは黒、そしてラッキーアイテムはバニースーツと出ておるぞ! しっかり装備するようにな」


「ば……ば……バニースーツ……ですか。しょ、承知しました。では、我々はこれにて失礼致します」


「うむ! ラッキーアイテムを必ず買うのじゃぞ。そうじゃ! 実際に装備して会いにいけば、勇者も冒険に出ようと思うかもしれん!」


「実際に装備……ですか。しょ、承知」


 ガーランドは小さく返事をした。去っていく二人の背中を見ながら熱く語る王様の隣で、大臣は小さく咳払いをしながら、


「それは絶対にないでしょうな。変態だと思われますよ」


「……そうかの? 可愛いー! ってなるかもしれんじゃろ」


「国王様! おふざけはおやめを!」


「は、ははは。すまんすまん。いや、まさか本当にやりはせんじゃろ」




 この前はメイド勇者の出現によって開店以来最大の売り上げを記録したルトルガー 道具屋店だが、今日は全くもってガラガラである。僕はカウンターに座りながらまたため息を吐き続けるしかない。


「なんてことだ。この前の集客は最高だったっていうのに。通常営業に戻ったらこれだもんなー」


「私は嫌いじゃないよ。静かでのんびりできる」


 あいも変わらず僕の隣で椅子に座りながら雑誌を読む幼馴染。もう完全に従業員化しちゃってるな。


「静かなのはともかく、のんびりできるのはまずいんだよー。僕の計画では、あと五年くらいで店を大きくして支店だって作ろうとか考えてるのに」


「え? す、凄い! アキトはそんな野望を持っていたの?」


 雑誌から目を離して、宝石みたいな瞳がこっちを見つめてくる。ちょっとばかり恥ずかしくなってしまう僕。


「ま、まあな! 冒険者の夢は諦めるわけだから、代わりに何かデッカいことを考えないとおさまらないんだ。お前みたいにステータス高くないし、伸びる予定もないからな」


「私は冒険に出たくないよ。アキトの助手を続けたいっ」


「お前いつから僕の助手になったんだよ。大体なあ、」


 言いかけたところで道具屋の扉が開いたので、僕は立ち上がって笑顔を作った。数少ない客だ。ここでむざむざ去られるわけにはいかない。


「いらっしゃませー! ………え?」


 来店してきた二人の男を見て固まってしまった。魔法使いマルコシアスさんと戦士ガーランドさんだ。


「きゃ!」


 怯えたパティが僕にひっついて服の袖を掴んでいる。いつもなら大袈裟だなーとか思うんだけど、今日に限っては仕方ないと思う。一体どういうことか謎だらけだが、戦士ガーランドさんは今バニースーツを装備しているからだ。ムキムキの巨体とバニースーツのコラボは、実際に見ると即死級の破壊力がある。


「フォフォフォ! いやー、今日はとっても良いお天気じゃのう」


「丁度通りがかったものでな。ほう。勇者殿もおられるか」


 二人はとっても気さくだ。さも偶然を装っているな。これで本当に偶然だったら尚更怖いが。


 マルコシアスさんはピンク色のクマのぬいぐるみを持ってゆっくりと勇者へ近づき、


「勇者殿。これ、良かったらあげよう」


「へ? く、くれるの?」


「ああ、なかなか勇者殿に似合いそうじゃよ。のうアキト殿」


「あはは。そ、そうっすねー」


「勇者よ!」


 突然ガーランドさんが大声を張り上げつつカウンターに突っ込んでくる。


「きゃああ!」


「ちょ、ちょちょちょ! なんですかガーランドさん!」


 彼には僕も恐怖心を煽られてしまった。勇者殿は背中に隠れたまま完全に籠城を決め込んでしまった様子だし、ガーランドさんの顔は目前。勘弁してくれよ。


「ルフラースやマナとソシナの塔に向かったらしいな! 彼らと冒険をするのであれば、我々とも一緒に行ってくれないか? とにかく街の近くだけでもよい。日帰りでもよいのだ!」


「ふぁひいっ! ぜ、ぜんぜん……善処します」


 圧が凄い。これはパティじゃなくても精神的にやられてしまうだろうな。


「ちょっと待ってください。こんな所で詰め寄ることはないでしょう。っていうか、ガーランドさん……なぜバニーの服装をしているんですか?」


「う……この服装はな。実は王様にラッキーアイテムだと言われたもので、今回の交渉が上手くいくかと思い身に付けてきたのだ。服屋の店員の唖然とした顔が今でも忘れられぬ」


「ガーランドは勇者殿と旅をしたい一心なのじゃ! 勇者殿、解るな?」


「わ、わかりませんっ!」


 そりゃそうだ。さっぱり意味が解らない。だが背中越しから続く言葉は、全く僕の予想していないものだった。


「明日……ちょっとだけなら行く」


「ま、誠か! それは誠か勇者殿ぉ! うおおおお」


「抑えて! っていうか今日はもう帰ってください! 営業妨害ですよ」


「はっ。す、すまん! つい興奮してしまった。では勇者殿。明日またやって来るので、よろしく頼む!」


「い、いやー。なんかすまんのアキト君。それに勇者殿、ありがとう。では、ワシもこれで……」


 二人がドアを開けて帰って行った後、何も悪いことをしていないのに気まずい空気が広がる。パティは今もなお僕の背中に張り付いている。


「なあパティ。あの人達、なかなかヤバイな」


「うん。危険人物っ」


「いいのかー? 冒険に出るのOKしちゃって?」


「今回だけなら、いいかなって……。いつも来てくれてて、なんだか悪いし」


「そうか。頑張れよ。お前の冒険はいよいよ始まるんだな!」


「始まんないよっ。アキトもきてくれる?」


 やっと背中から離れて隣の椅子にちょこんと腰掛けたパティを見て、僕は呆れ顔で倉庫へ歩き出した。 棚の一番下で埃を被っていた箱を開き一本のナイフを取り出す。うん、まだ全然使える。


「僕にはきっと無理なんだよ。冒険を続けるっていうのはさ。でもきっと、お前をサポートすることならできると思ってる。いつまでもブロンズソードじゃ厳しいだろ? これ、持ってけよ」


 パティは呆気に取られつつこちらを見上げている。


「え? もしかしてそれ、ライトナイフじゃない? この大陸に数本しかないっていう……いいの?」


「ああ、どうせ誰も使えないだろうからな。お前が使いなよ。明日、頑張れよ!」


 彼女は僕からナイフを受け取ると、さっきまでの不安顔が嘘みたいに笑顔になった。


「ありがと! 私、アキトの為にも明日から頑張るっ! ね、ねえ……もう一個だけ、お願いしていい?」


「うん? なんだ?」


「洞窟の時みたいなハグ、もう一回……」


「え? お、おいおい……」


「もう一回っ!」


「わ、解った。ほら」


 僕は耳まで熱くなっていた。両手をやる気なさげに広げると、彼女はまるで子供が砂地に飛び込んだみたいに抱きついて、しばらく動かない。


「気持ちいー! MPが回復してくるっ」


「僕のMPはどんどん下がってるけど」


 本当は気持ちよくて、言いようのない幸福感に支配されていたんだけど、やっぱり正直には言えなかった。ガチャリと扉が開いておふくろが入ってきた。ヤバイ! とか思う暇もない。


「アキトー。そろそろ交代……アラー!」


「うわあっ! ま、またこのパターンかよぉ」


「ひゃああ! お、おばさんっ」


 またしても恥ずかしさに悶絶した。そんな昼下がりだった。

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