第18話 幼馴染の姿がおかしい
「あーあ。今日もお店はガラガラかぁ。なんてこったい」
僕が道具屋でため息をつくと、たまたま来店していたルフラースが毒消し草をカウンターに置いて苦笑いしている。
「そんなに売り上げが悪いのかい? この街は冒険者にとってのスタート地点だから、それなりに道具も売れると思うんけどね。まだロクに回復魔法が使えない人も多いだろう?」
「ああ。普通はけっこうな売り上げが見込めると思うんだけどさ。ポーションと魔除けの聖水以外は全然売れないんだ。どうしたもんかなー。おふくろには、チャンスと見たら3割引でもいいからガンガン煽れとか言われたけど。ほい、3マネイになります」
「売れ行きには波があるものさ。あんまり気にしないようにしなよ。じゃあ俺は、これから用事があるから」
「最近いろいろ歩き回っているよな。本格的に冒険にでる準備でも始めたのか?」
「いや、そういうわけじゃない。しばらくはゆっくりしてるよ。なんせこの前殺された上にしばらく放置されていたからね」
「い、痛いところつきやがる。あれは僕らとしても仕方なくだな」
「ははは! 解ってる解ってる。実はな、最近作家の知り合いができたのさ。なかなか面白い人でね、今日もお邪魔しようかと思ってるんだ」
「へえー! 作家なんてこの街にいたのか」
「かなり有名な人だよ。じゃ!」
ルフラースは上機嫌に手を振って店から出て行った。今度僕もお邪魔させてくれないかな、とか考えていると……1分もしないうちにまた扉が開く鈴の音がした。最初はルフラースが忘れ物でもしたかと予想していたが、
「……こ、こんにちはっ」
ひょこっと現れたのは、相変わらず冒険に出ない幼馴染だった。ただ、今日はどうも様子がおかしい。ドアを開いたはいいけどなかなか店内に入らず、ドアから顔だけを出してこっちを覗いている。
「どうしたんだよ? まるで知らない人の家に来たみたいじゃないか。さっさと入れよ」
「う……うん」
パティはそれでも中に入ってこない。うさぎみたいに臆病だな。
「ホントにどうしたんだ? いつまでもそんな所にいたって仕方ないだろ」
「ひ……ひゃあっ」
僕がカウンターを離れて近づいて行くと、パティは何かが弾けたみたいに顔を引っ込める。ますます怪しい。普段から怪しい行動が多い幼馴染だが、ここまでの挙動不審は初めてだ。閉めかけたドアを少し開いたり、また閉めかけの状態に戻そうとしたりしていたので、僕はドアノブを思い切り引っ張った。
「きゃうう!」
ドアに捕まったままの彼女が飛び出してきたみたいに部屋の中に入った時、僕はあまりの驚きに目を見張った。ちょっと幻覚でも見ているんじゃないかと疑った程だ。
「ぱ、ぱぱぱパティ! その服装は一体!?」
黒を基調とした服装の上に、フリルのついた小さめの白いエプロンをつけて、更にはスケートは短め。白い太ももと黒いニーソックスの対比が眩しい。彼女はメイドの服装で来店してきたのだ。
「え……えっと。お家にあったから着てみたの」
「まじか! そういえばパティの家にはメイドがいたな! でもいいのか、そんなことして」
「うんっ。大丈夫だったよ。メイドさんにお願いしたら貸してくれた」
素晴らしい行動力だと喉元まで出かかったが、僕は必死で言葉を飲み込んだ。
「へ、へええ……」
余りにも似合い過ぎのルックスのせいか、どうしても凝視してしまう自分が恥ずかしくなるんだが止めることができない。一体どうして突然メイド服を着ようと思ったのかは最大の謎だったが、もうそんなことはどうでも良くなっている。いい、実にいい。
「こんにちはー。アキト殿。ちょっとポーションを……」
ガチャリと扉が開き、魔法使いマルコシアスさんが来店してしまった。
「あ! どうも。いらっしゃいませ」
「は、はわわ……」
僕はとにかく平静を装いつつ挨拶をしたが、勇者は内股になりながら顔を隠して固まっている。
「なんと! 勇者殿……そのお姿は一体!?」
マルコシアスさんの反応はごもっともである。そんな中、勇者は顔の前で両手の人差し指を突っつき会いながら、
「アキトの道具屋さんを手伝おうと思って。最近閑古鳥が鳴いてるっていうから」
「ファ!? マジかよ。お店の手伝いの為に着てきたっていうのか!」
「な、なんとお優しい! こうしてはおれぬ。ワシはみんなに勇者様の善業を伝えて参りますじゃ」
「ひい!? ちょっとおじいちゃん、やめてっ」
ご老体など一切感じさせない武闘家さながらの瞬発力で、魔法使いは風のように去って行く。パティが慌てて道具屋の外まで追いかけたものの、既に彼はいない。
「あわわわわ。ど、どうしよう。みんなに知られちゃう」
「え? でも知られてもいいんじゃないのか? 手伝いに来てくれたんだろ?」
「ふぇ!? う、うん。そうだけど……そうなんだけどっ」
またしても煮え切らない返事をしてくる。一体どういう思考回路をしているのか、きっと僕にはあと十年一緒にいたとしても解明することはできないだろう。
「っていうかアレだな。メイドさんが店員っておかしいよな」
「う! アキトは嫌なことに気がつく。細かいことはいいのっ」
マルコシアスさんが何処かに消えてから半刻もしないうちに、ウチの道具屋に沢山の冷やかし達が現れた。
「いー。いらっしゃい、ませー」
ガチガチに固まりながら挨拶をしてゆくパティ。冷やかし達はみんな彼女に見惚れている。一体何十人やって来たのかは知らないが、ここはチャンスだ。
「皆さん! 今アイテムの大安売りしてます! 今なら全品3割引きですよ。さあさあ、後数時間で店じまいです! 良かったらお買い求め下さい」
僕はありったけの大声で勇者に視界を奪われていた観衆に語りかけ、彼らを客に変身させることに成功した。この店始まって以来の行列ができ始め、ポーションも毒消し草も野菜も魔除けの聖水に至るまで、閉店前に全てを売り切ったのだ。
「ありがとうございましたっ!」
パティは最終的には元気な声を出していた。菜の花みたいな笑顔と小鳥を思わせる声が道具屋に響き、みんな満足げに店を去って行った。僕はホクホク顔になってしまいなかなか普段の無表情に戻れない。
「良かったねアキト。これでお店も赤字にならなくて済むでしょ?」
イタズラっ子みたいな顔でカウンター前にやって来た彼女。今日ばかりは女神に見える。世界中の道具屋に光を与える女神、それがパティなのかもしれない。
「ああ……お前のおかげだな。その至高のメイド服の」
「あ! う、うん。そうだね。すっごく恥ずかしかった!」
「なあパティ。今日からずっとその服装で来てもいいんだぞ」
「へ!? や、やだよー。恥ずかしいっ。アキトがやりなよ」
「僕がやったらドン引きされるだろうが!」
「一部のコアな客には受け入れられるかも」
「受け入れてほしくねえよ! とにかく礼を言っておくわ……ありがとよメイド勇者」
「ううんっ! こちらこそ……え?」
ホント余計な一言だった。さっきまで普通に喋っていたはずのパティの顔が、みるみる朱に染まっていく。嫌な予感が安心しきっていた脳裏に走る。多分まずいぞこれは!
「め、メイド勇者。ふ、ふふ。ふえええー!」
「おおお! ちょ、ちょちょ! やめろぉパティー!」
パニックに陥った勇者は風魔法を撒き散らしながら店を出て行った。つくづくおっかないやつだなー。全く!
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