第17話 幼馴染は、僕が隠していた物が気になって仕方ない

 外はポツポツと雨が降り、今日の僕は特に何事もない時間を過ごす筈だったのだが、ちょっと変わった用事ができてしまった。


「久しぶりに来たなー、パティの家」


 庶民が想像する理想の一軒家ってこんな感じかなと思う。二階建てで屋根は赤い。けっこうな所有面積があって庭もわりと広い。幼馴染は僕とは違いお金持ちの家に生まれている。格差を感じるね。


「あ! アキトー」


 二階のベランダからひょこっと顔を出したパティが明るく手を振っていて、やる気なさげに手を振り返す僕。何だってこんなことしなくてはいけないんだろうな。


 実はパティがどっさりポーションの纏め買いを希望し、おふくろが家に運んであげようとか言い出した。今はデッカい箱を持って重量感のある玄関ドアが開くのを待っている。


「わあ! ポーションがこんなにっ。ありがと!」


 玄関ドアを開けた幼馴染は、見慣れたはずのポーション達を見て目を輝かせているんだが、そんなにいいかねぇこの初歩アイテムが。


「毎度ありー! じゃあなー」


「あ、ちょっと待ってー」


「ん? なんかまだ用があるのか?」


「ねえねえ、ちょっとだけお茶していかない? とっても美味しいのがあるの」


「パス、僕はまだ店番があるんだ」


「えー。そんなぁ。ねえちょっとだけ、ちょっとだけ!」


 ぐいぐい腕を引っ張ってくるパティ。こうなってくるとなかなか折れないからそこら辺のモンスターより厄介だ。


「おいおい! じゃあ……ちょっとだけだぞ」


「うんっ。じゃあ遠慮しないで。入ってー!」


 彼女は外の雨模様とは対照的に上機嫌だった。昨日は僕の秘蔵コレクションを見て悲鳴をあげていたのだが、一日経つと何事もなかったかのようになっていることには助かった。人生が終わるかと思ったぜ、あの時は。


「お邪魔しまーす」


「うん。こっちだよ、こっちっ」


 パティは階段を上って行く。マジか……一階のリビングとかじゃないんだ、とか思いながら二階へ上がると、これまた綺麗な部屋の数々。僕は小さい頃は何度か彼女の家にやって来ていたのだが、ここ数年はお邪魔してなかったので久しぶりである。


「こっちっ」


 いつもどおり短切な言葉に誘導されながらやって来たのは、彼女のマイルームだった。


「え? ちょ、ちょっと待てよ。流石にここに入っちゃマズイんじゃないのか?」


「へ? どうして? 私はいつもアキトの部屋に入ってるよ」


「まあ、そうだけどさ。女の子の部屋って、ちょっと」


 小さい頃は普通に入っていたがその時はもう違うわけで。なんかドキドキしてくる。


「大丈夫大丈夫っ。入っちゃっていいよ!」


「お、おおう! ちょっとま、」


 引っ張られるように部屋に誘導されてしまう。数年ぶりに見た幼馴染の部屋は、昔と大きな変化はないように見える。カーテンや窓際に配置されたベッドはピンク色だし、可愛がっていたクマのぬいぐるみを筆頭にファンシーグッズも健在だ。


 何となく落ち着かない気分ではあるが、とにかく部屋の中心にある丸テーブル側の椅子に腰掛ける。パティが紅茶用のカップを二つとお菓子、それからケーキまで持って戻って来た。


「お待たせっ。このお菓子とっても美味しいんだよ! お母さんの実家から貰ってきたの」


「クレーべの村から持ってきたわけか。あそこのお菓子ってことはハズレじゃないな」


 クレーべの村というのはアカンサスから北西にしばらく歩いた先にある村で、結構有名な名産品が多い。


「そうそう! 今度里帰りすることになってるの。なんかお土産買ってこよっか?」


「別にいいよ。お土産なんて、特に欲しいものがあるわけじゃないしな」


「ん。解った」


 今までは普通だと思ってたけど、なんか今日のパティは様子が変なことに気がついてきた。ちょっとモジモジしている気がするんだが。にしても、この部屋はとっても甘い香りがするし綺麗だなと、つい辺りを見回してしまう。


「ね……ねえアキト。昨日のことなんだけど」


「はうっ! な、何かな? いやー……本当に、なかなかの冒険だったよな!」


「うん。とっても楽しかったっ。それで、アキトの部屋に、」


「そうなんだよ! あのおじいさん親切だったじゃん。まさか普通に鍵を譲ってくれるなんてな!」


「うん。優しいおじいちゃんだったね。それでね、アキトの部屋の宝箱、」


「ルフラースとマナさんも、全然怒ってなかったなっ」


「うん。アキトの宝箱の中身なんだけど」


「そこから離れろよお前!」


「は、離れられないよっ。衝撃的過ぎて! 今日のテーマはエッチな本!」


 やっぱりタダでは終わらなかったか。僕としてはなかったこととして忘却の彼方へ押しやりたいのだけど、パティからすれば闇に葬れない事件だったようだ。紅茶を飲むカップの手もとまっている。


「あ……アキトは、ああいう服装とか、好きなの?」


「メイド服のこと?」


 幼馴染はコクリと頷いた。小動物と真剣な会話をしているような錯覚を覚える。


「まあ、好きか嫌いかで言ったら……好きかな」


 好きどころの話じゃないんだ。そもそも嫌いだったらあんな本は買っていないわけで、れっきとした隠れた性癖と言っても過言ではない。


「……知らなかった。アキトって、そうだったんだ……」


「いや、まあ。たまにな」


 たまにって何だよ。自分に自分でツッコミを入れそうになってしまったが、正直この状況はメチャクチャ恥ずかしい。僕は顔が熱くなってきていて、向かい側にいるパティは部屋のカーテンみたいにほのかな桃色に頬を染めている。


「まあ、あれだよな。男のそういうところを知るとさ、女子は軽蔑しちゃうよな」


「ううん。軽蔑なんてしないよ」


 パティは慌てて首を横に振り、ちょっぴり上目遣いになると、


「ただ、ちょっとビックリしちゃっただけ。アキトがメイドさんを欲しがってたなんて知らなかったし」


「へ? 別にメイドさんは欲しがってないぞ」


「え? でも、メイドさん完全版って書いてあったし。メイドさん欲しい度100%ってことなのかなって」


「い、いやいや! 別にそこまで欲しいわけじゃないんだ。気にするな! あの本はただの気まぐれだ。ちょっと人には見せれなくってさ」


「わ、解った。アキトの隠れスキルについては理解しましたっ」


「隠れスキルではない! 男のサガだ。秘密の領域だ」


「秘密って言われると踏み込みたくなるっ」


「踏み込まないでくれ! 恥ずかしくて死ぬ」


「教会は近くにあるから」


「本当に殺すまで追求する気かよ! 勘弁してくれ」


「解った。今日はやめるね」


「ずっとやめていてくれ。頼む」


「ねえアキト。あーん」


「ファ!?」


 突如パティはケーキを小さく切り取ったフォークを僕に向けてくる。


「な、何で突然食べさせようと!?」


「アキトにしてみたかったのっ。はい、あーん」


 いつもすることが突然なんだよな。もうすっかりニコニコ顔になってるし。でも断ったらまたいろいろありそうだ。


「……あーん」


 彼女の小さな手がゆっくりと近づき、フォークの先が口の中に入ってきた。奥歯が甘いイチゴの感触を捕らえたところで、優しくフォークは口から離れていく。モグモグ食べている姿を見て、両手を頬に添えたパティがずっと見つめてくる。甘いケーキの食感と同時に変な高揚感が押し寄せてきた。


「えへへ! かわいい」


「かわいくはないだろ!」


「じゃあ次はアキトの番だよっ」


「ファ!? 僕もするのか」


「うん! ほら」


 パティはちょっとだけ顔を突き出してきた。こうして見ると肌が凄くきめ細やかなで、正直触りたくなってくるが、そんな気持ちは心の奥にしまい込みつつ、おもむろに自分のケーキを切り取って口元に運んでやる。


「んむっ」


 カプッという感触を指先に感じて、僕は静かに手を引いていく。何だろう。この指先に伝わってきた感触は、メイドの本を読んでいた時よりもドキドキしてしまう。


「むう……美味しい!」


「そ、そうか。良かったなホント」


「じゃあもう一回……あーん!」


「お、おい! またかよ!」


 か、勘弁してくれよ。誰も見てないけど超恥ずかしくなってくる。結局お互いのケーキが無くなるまでやらされることになった。でも内心、ちょっと幸せを感じてしまう自分がいた。


 好きになっちゃいけないんだけど、ちょっとでも気を緩めたら甘い海に溺れそうな予感がする。僕にとっての試練はまだまだ続くのだった。

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