第16話 幼馴染はやっぱり鍵が欲しい
今までの人生で、こんなにも悩んだことなんて、きっと一度もなかったと思う。
そう断言できるくらい悩んだ僕は、結局は塔の中に入ろうという結論をパティに伝え、案の定反対されたのだが、やいのやいの喋っているうちに結局今は塔を登っている。
「アキト、早く二人を教会に連れて行ってあげないと可哀想だよ」
ごもっともな意見だ。だけど、ここで帰ったらきっと臆病な勇者はさらに街にこもり続けることになってしまう、そんな予感がしたのである。いくらでも非難してくれて構わない。
「ああ、そうだな! だけどとにかく、塔の頂上まではもうすぐなんだ。ささっと行ってパパッと鍵を取ってくればそんなに変わらないって」
ソシナの塔内部はちょっとした迷路のようにはなってはいるが、始まりの街からすぐにあるダンジョンだけあって作りはわりと簡単。だからほとんど迷わずにポンポン上に登って行けてる。今はきっと8階くらいじゃなかろうか。
「そして、バタッと死んじゃうとかやだよ!」
「縁起の悪いこと言うなって。大丈夫だよ、本当に大丈夫!」
「でもでもっ。アキトちょっと顔色悪くない?」
前を歩くパティが心配そうに時折顔を覗き込んでくる。僕は二人の棺桶を引っ張りながらニコニコ笑う。
「全然大丈夫だ! もうバリッと元気だ。さあ勇者よ、ともに参ろうぞ!」
王様の真似をして余裕がある感じにしてみせた。ちなみに僕だけが使える魔法ステミエールは、パーティ全体の状態を確認することもできる。実際やってみたらこんな感じだった。
====
パティ
Lv:1
HP:322
MP:215
アキト
Lv:1
HP:4
MP:22
ルフラース
Lv:1
HP:0
MP:6
マナ
Lv:1
HP:0
MP:25
====
いやー……やばいね。これは半端じゃなくやばい。僕なんてもう瀕死に近い。実はけっこうゼエゼエいってるんだけど、これも勇者の冒険を前に進める為だ。今は歯を食いしばって頑張っているのだ。ポーションあったんだけど、さっきの宝箱との戦いで瓶割っちゃったし。とほほ。
僕らはどんどん室内を進んで行き、何度かモンスターに出会いはしたが、パティを見つけるとやっぱり逃げていった。モンスター達には実力の違いがハッキリと解るみたいだ。
「ううう……アキト。なんだか高い所まで来ちゃったね。今何階?」
「ああ。きっとこの地方じゃ一番高い所なんじゃないかな。多分10階くらいだと思うぞ」
「こ、怖い……ねえ、手を繋いでもいい?」
「え? 手か……だけどさ。いつモンスターが襲ってくるのか予想できないんだぞ」
こんな危険な場所を二人で歩いているという状況で、呑気なんだか怖がりなんだか。しかし僕はちょっとばかり胸が高鳴ってしまう。躊躇していると、隣を歩いている彼女の瞳が曇ってきたことに気づいた。
「どうしてもダメ? 私……あとちょっとだけ頑張るからっ」
ここで拒否したら、きっと彼女の心も折れてしまうかもしれない。僕は棺桶の紐を持っていない右手をダラリと下げた。指先で少しだけ幼馴染の左手に触れると、少しの間動かなかった掌が優しく包んできた。
思わず息を飲んでしまう。なんてスベスベしているだろう。この弾力と暖かさに全ての意識が集中してしまい、危うく自分がここにいる目的さえ
「えへへ! アキトの手、おっきくてゴツゴツだね! やっぱりちっちゃい頃とは違う」
「ま、まあな。伊達に仕事頑張ってないからさ。じゃあ、早く屋上行くぞ!」
「うん!」
パティはようやく笑顔になり、こっちもちょっとばかり幸せな気持ちになっちまった。棺桶引きずっている状態で不謹慎この上ないが、あとでルフラースとマナさんには美味しい物でも奢ろう。
とうとう僕達は屋上に辿り着いた。信じられないくらい高くて、眺めは絶景だ。そして中央に祭壇みたいな物があって、おじいさんと思わしき背中がある。パティは緊張しているのか、僕の右手を強く握ってきた。
「どうやらあのおじいさんが、ここの主かもしれないな」
「え? 塔の主とかいるの。知らなかった」
「うん。もう死んだとか言われていたんだけどな。よしパティ! まずは挨拶をして、名前と職業と旅に出ることを伝えて、最後に鍵を貰えるように交渉するんだ!」
「無理!」
「返事が早いな! ここまで来て鍵を諦めるのかよ」
「ええー。それはイヤ。ねえ、アキトが言ってよ」
「なんで僕が? ただの道具屋だぞ」
「知らない人と、そんな高度な話できないよう」
「高度じゃねえよ! っていうか、そろそろ手を離せ。見られてたら恥ずかしいわ」
「やだ! もうちょっとだけ繋ぎたい!」
「ちょっと! こっちは両手塞がってるんだぞ。しかも棺桶引きずってて、なんか不審者みたいじゃないか」
「大丈夫だよ。アキト普段からわりと怪しいからっ」
「全然大丈夫じゃねえ! お前よりは怪しくない、」
「おや? まさか屋上まで上がってくる者がおろうとはのう」
宝箱の前に佇んでいたおじいさんが振り返って、穏やかさが滲み出てる笑顔をこっちに向けてきた。僕は正直死ぬほど恥ずかしい。パティは本格的にオロオロし始めた。
「あ……ああああ……あのぉ。わらし、勇者になってるみたいなんですが」
「うん? 勇者? まさか……お主がか」
しどろもどろな勇者の声を、おじいさんは何とか汲み取って訊き返した。これはダメだ。サポートしなくてはいけないみたいだ。
「はい! そうなのです。実は彼女が冒険に出るにあたって、鍵が必要になりまして。いただいても宜しいでしょうか?」
「ホホーウ! こりゃたまげたわい! まさか勇者殿が本当に現れよるとはのう」
「そう……です。旅に出るのは……まだみ、未定ですが」
こ、こいつ。此の期に及んでまだ拒否するつもりでいるのか。でも幽霊みたいになった顔色を見ていると、あまり責める気にはなれない。おじいさんは笑いながらゆっくりとこちらに歩いて来た。
「ああ。持っていってもええよ。この辺りじゃ珍しい鍵だけど、他の大陸に行ったらなんぼでもあるしな」
「ええ!? そうなんですか。世界に数本とか、そんな本数かなって勝手に思ってましたが」
「フォフォフォ! なにせここは、一番最初の塔じゃからのう。ほれ、開けなさい」
「あ、ありがとうございます。そ……それ……では……お、お命、頂戴」
「バカ! どうして殺すんだよ」
おじいさんに促されて、勇者は一人祭壇まで歩いて行く。僕は彼女の後ろ姿を見てちょっとだけ感動している。だってこれが本当の冒険のスタートになるかもしれないから。座って宝箱をガチャリと開けた後、彼女はブロンズカラーの鍵を掲げてこちらに見せた。
「やったー! 手に入れたよっ。アキト!」
「おお、よかったな勇者!」
かくしてソシナの塔への冒険は終わった。僕とパティは帰ってからすぐ教会に向かってルフラースとマナさんを生き返らせた後、酒場で二人に美味しい夕食を奢り夜には解散になった。
おふくろは今回の冒険話をやたらと聴きたがったが、まあそれは今度でいいだろう。二階で一人のんびりと夜空を見つめる。やっぱりダンジョン探索っていいな。きっとパティやルフラース達はこれからいろんな大陸のいろんなところで、沢山の経験をしていくに違いない。
残念ながら途中で成長が止まってしまうであろう僕は、せいぜいが今いる大陸でアシストしてあげることくらいしかない。でも良いんだ。一時であれみんなの助けになれたのなら、それで充分。
しばらく夜空を眺め続けていると、何か変な音がしたことに気がつく。僕は虫でも部屋の中に入れてしまったかと思ったのだが、こんな巨大な虫はなかなかいない。パティだった。
「うわ!? ビックリしたー! 何だよお前来てたのかよ」
「えへへ! やっと開けれるー。アキトの宝箱」
目を煌めかせながら、幼馴染は本棚の後ろを弄っている。マズイ、それは本当にマズイ! 人生で一番の恐怖が脳裏に過ぎり、僕は彼女に飛びかかった。
「や、やめろー! その箱を開けるなー」
「甘い! それは私の残像っ」
気がつけばパティは背後に立っていて、既に宝箱の鍵穴に今日手に入れたばかりの鍵を差し込んでいる。
「な、何だと! はっ……や、やめ……やめろおおお!」
ガチャり! 開かれた全ての男子のお宝を前にして、興味津々な笑顔だったパティは少しずつ無表情になり、顔がタコみたいに真っ赤になって、凍死しそうなほどブルブル震えてきた。やばい!
「メイドにお仕置き……完全版?」
「あ、あのなあパティ。それは見た目はアレだが、実はとっても高尚な内容であって、」
「ふ、ふえええー!」
「う、うわああー! やめろ! 魔法を飛ばすなぁ!」
勇者の風魔法によって、僕の部屋は見事なまでに半壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます