第14話 幼馴染はちょっと怒っている
今日は貴重な休日なんだが、昨日の王様から頼まれたことを遂行しなければいけなかった為、ある意味いつもより大変な一日になる予感がした。
意外にもパティは素直に話を聞いてくれた感じだったので、おそらく何も問題は起こらないと思われる。お昼頃になって、酒場前で待っていた僕の視界が急に真っ暗にされてしまう。小さな手に塞がれたことで、イタズラ好きな彼女の仕業だとすぐに解った。
「だーれだ?」
「うーん。マンドリルか熊か……それとも」
「う! お、女の子に向かって、なんて失礼な間違いを」
パッと離された手を追うように振り返ると、ちょっとだけ顔を膨れさせたパティが立っていた。普段は全くと言っていいほど時間を守ったためしがないのに、今日は寸分も遅れずやって来た。奇跡のような出来事だと言える。
「悪かった。妖精の間違いだったな」
「そうそう! そう言う間違いだったら許せるっ。今度する時は女神様と間違えてね!」
「ああ、わかったよ。間違えてオークと口走っても許してくれよ。じゃあ行こうぜ」
「ぜ、絶対許せないけど……うん!」
どっちなのかよく解らない回答をしながら、パティは僕について歩き出す。時折チラリと彼女の服装を観察してしまう自分がいた。パティはいつもより半端じゃなくオシャレをしていたからだ。まさか皮のドレスを着用してくるとは思わなかった。でも皮で作ったドレスは冒険でも使われているし、まあ問題はないだろう。
「今日はなかなか気合の入った服装だな! 僕は嬉しいぞ」
「えへへ! アキトは普通だね。バリッとした服で来るのかなって思ってた」
僕は服装なんて別に普段どおりでいいはずなんだけど。まあいっかと思い店内に入る。本来の営業は夜からになるから今はガラガラだ。しかしながら、冒険者達は昼も夜もここにいる。
「あらー。勇者ちゃんじゃない! いらっしゃーい」
女店長のイザベラさんが色っぽい微笑を浮かべてパティに声をかけてきた。彼女は冒険者の登録から旅立ちの支援、酒場の経営まであらゆることをこなしている敏腕女主人。一介の道具屋なんてとても仕事の腕じゃ敵わないと思う。実は前もって彼女には話はつけてある。
「こんにちはイザベラさん! 勇者を宜しくお願いします」
「うふふふ。聞いたわよ。いよいよその気になったのね勇者ちゃん」
パティはちょっと顔をうつむきながら、なんだか照れくさそうにしている。
「は……はい」
「まあまあ、とにかくお掛けなさいな。カウンターにする?」
「カウンターにしようと思います。パティはそこに座りなよ」
「うんっ」
「ちょっとだけ待っててねー。用意してくるからさ。腕がなるわあ!」
僕とパティはカウンターに座り、イザベラさんが戻って来るまで待っている。彼女はやっぱり落ち着きがないが、何とか普通にしていようと頑張っている様子でもあった。
「緊張してるのか?」
「うん。なんか、緊張する。だって、アキトとこんな感じになるの初めてだし」
「別に緊張することなんてないよ。普段どおりのパティでいいんだ。昨日は感動したぜ。やっとお前もその気になってくれたんだなって」
「わ、私は前からそのつもりだったんだよ。でも、アキトに悪いかなって……」
「え? そうだったのか。嫌がってるようにしか見えなかったけどな」
「嫌がってない。全然嫌がってないよっ」
ブンブンと首を横に振る幼馴染。冒険に出ることをあんなに拒否していたように見えたんだが。女心は謎だらけだ。
「私……お酒は無理かも。しかもお昼からだし……」
「え? ああ、僕も無理だ。っていうかお酒は夜からしかやってないよ」
「あっ。そうだったんだ! 安心したっ」
「お待たせー! さあ勇者ちゃん。アキト君から聞いてたご希望のメニューを持って来たわよぉ。どうする?」
「えーっと。私は紅茶と甘エビのサラダと、メインディッシュは、」
「ん!? どうしたパティ。これは料理メニューじゃないぞ」
僕は最初パティが普通にボケているのかと思っていたのだが。彼女はイザベラさんが持って来た紙を見て無表情になり、次に口が半開きのまま固まり、更に数秒後にお化けに出会ったみたいに恐怖真っ盛りに変貌していった。
「え……えええー!? どうして冒険者リストを私に?」
「あら? だって冒険に出るんでしょう? アキト君から聞いてたけど」
パティが幽霊二人目を見るような顔をこっちに向けた。あれ……なんか不穏な空気になってきたぞ。
「アキト! 私こんな話聞いてないんだけどっ。どういうことなの!?」
「え? 最初から冒険に出るっていう話だったと僕は思ってたんだが……違ったのか?」
「違ったよ! 全然違ったっ。私の求めてたものじゃない」
「じゃあ一体何を求めていたんだよ?」
「う……そ、それは……」
イザベラさんが苦笑を浮かべつつ、僕らにそれぞれ水を差し出した。
「あららー。これは食い違いがあったみたいねえ。アキト君はてっきり勇者ちゃんが冒険に出てくれると思い込んで、パティちゃんのほうは……デートと勘違いしてたとか?」
「ち、ちちちちちち」
「どうしたパティ? コオロギにでもなったのか?」
「違いますっ! そんな勘違いじゃなくてー」
「どういう勘違いをしていたのか知らないけど、冒険には出ないとまずいぞ! ここまで来てUターンなんて許されないんだ」
「ア……アキトに、ハメられた」
「ハメてないって。お、おい!」
突然幼馴染がポロポロと瞳から涙を流し始めたので、僕はオロオロしてしまった。一体どうしてこんなことになるのか全く理解できないでいる。イザベラさんは苦笑いをしながら焦っている男の右肩を叩いた。
「こういう時は男の子が折れてあげないとダメなのよー」
全く状況が理解できてないが、きっと折れてしまうはよくない気がする。でもここまで嫌がっているのなら無理強いはできない。いや待てよ。やっぱり無理でしたと王様に報告するのもまずい。マズすぎる。
「なあ、旅には出なくてもいいからさ……。ちょっとした日帰り冒険だけでもしてくれないか?」
「……え。日帰り冒険? 日帰り温泉じゃなくて?」
パティはなんとか涙を止めると、またトンチンカンなことを言い出した。
「温泉じゃなくて冒険! あの……街から出たところに塔があるじゃん。ソシナの塔! あそこに行ってくれないか?」
「………やだ。大体島にある塔だから、入れないでしょ」
「それが入れるんだよ。街から橋を超えて行った先に洞窟があってさ。そこから塔に繋がってるんだ!」
「えー。めんどいよ。ロクなアイテム落ちてないんでしょ。ソシナの塔って名前からしてしょぼい」
なかなか痛いところついてくるな。序盤のダンジョンに重要なアイテムなんてほとんど無いに決まってる。
「あ……そうだ! 最上階にはあるんだよ。とっておきのお宝が。泥棒の鍵ってやつが」
「泥棒の鍵? 扉とか開けれるの?」
「そうそう! 扉とか、特殊な鍵が掛かった宝箱とかを開けれちゃうスグレモノらしいぞ。手に入れれば、ああー! 目の前にあるのに、あの宝箱が開けられないー! って思いもしなくて済むってワケだ!」
この言葉を聞いた瞬間に、パティはすくっと立ち上がった。
「決めたっ! 塔には行くっ!」
「おおお、やったー!」
僕は思わずガッツポーズしてしまう。これを足がかりにして、徐々にパティを遠出させていけばやがて魔王討伐に出かけるかもしれない! 熱いお湯に指先から徐々に慣らしていく感じに似ているかも。
「じゃあ決まりねー。メンバーはどうするの? ガーランドさん、マルコシアスさん、マナさんで問題ないかしら?」
「いいえ! ガーランドさん、マルコシアスさん、アキトでいいと思うの!」
「は? なんで僕がパーティメンバーになってるんだよ?」
「私を騙した罰だよ! アキトも塔に行くのっ」
「ちょ、ちょっと待てよー。いつ僕が騙したんだよ」
なんてこった。全然意味が解らず抵抗したが、見事に押し切られた僕は一緒に塔に向かうことになってしまった。
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