第13話 幼馴染はいよいよその気になったようだ

 今日はパティも用事があったらしく、おふくろとルフラース以外の顔を見ることもなく時間が流れている。


 ここ最近で最も暇な道具屋でのひと時。もう既に昼下がりを過ぎていて、僕は仕事中であるにも関わらず猛烈な睡魔と戦い続けていた。カウンターに頭を打ちつけそうなほどウツラウツラしてたところに、嵐のような駆け足が聞こえてくる。


「アキト! 大変よ、大変なことになったわ!」


 タックルしたのではと思うほど激しいドアの開け方をするおふくろに、ボーッとしたままの僕は呑気な返事をする。


「ふぁ? 大変なことって何? モンスターが街に侵入したとか?」


「違うわよ! これからここに王様が来るのよ。アキト、アンタに会うために」


 おふくろはなんか悪いものでも食ったんじゃなかろうか。


「王様が僕に? ないない、そんなことあり得ないって。そろそろ交代の時間じゃない? 今日は全然お客さんが入らなくってさぁ」


「違うわ! 本当なのよ。丁度今、」


 外から規則正しい何人もの足音が聞こえてくる。確かに普段とは違う奇妙な雰囲気を感じ始めていた時、静かに鈴の音と共に扉が開かれ、僕は呆気に取られつつも立ち上がった。


「ほほう。ルトルガー 道具屋店もなかなか綺麗になったものじゃのう。女子ウケしやすいお洒落な内装に進化しておるわ!」


 何処かの幸運を呼ぶ神様みたいにニコニコ笑っている王様が入店してしまった。嘘だろ、本当に来ちゃったよ。


「お、王様……いらっしゃいませ! あ、あの……どのようなご用件で」


 カウンターから飛び出して片膝をつこうとした僕を、王様は片手で制した。


「あー大丈夫。今日は無礼講じゃ。そのままで良いぞ。実はのう……ワシ、お主とちょっと話がしたいんじゃよ」


「え? 僕と……ですか?」


「うむ! 別に悪い話ではないから安心せい。これから時間はあるかの?」


 どんな予定が入っていようと、王様との時間は最優先にしなくてはいけない。僕がチラリと目を向けると、おふくろはコクリと頷いた。


「はい。時間はあります」と、なるべく礼儀正しく答える。


「おお! 良かった良かった。ではちょっと外にでも行こうか。ワシは散歩をしながら話をするのが好きでな」


「は……はい」


 とんでもないことになってしまった。一体王様が僕なんかに、何の用事があるというのか。後ろにはガッツリと兵士達が控えている。一緒に外を歩きつつ、僕らは栄えている所から少しずつ離れ、街の農村地帯を歩き始めた。


 歩きながらも王様は特に意味を感じない雑談をしてきて、僕は当たり障りのない返事を繰り返している。すぐ後ろには百人くらいの兵士達がいるわけで、正直とっても怖い。


「おお。この辺りが良いのう。そこの者、用意を」


「ははっ!」


 小高い丘の上、アカンサスの街並みが一望できるところで王様は足を止めた。兵士の一人がピクニック用と思われるシートを草原に敷き、僕と王様は二人で腰を降ろした。なんて非現実的な体験なんだと冷や汗が垂れてくる。


「皆の者は少し離れておれ。内密な話があるでな! 二人きりにさせてくれ」


「承知しました!」


 沢山いる兵士達が距離を開いて、僕らは一応は二人きりということになったらしい。メチャメチャ見られてるんだけど。


「いやー。アキトよ。このアカンサスの眺めはどうかね? ワシは常々この景観を気に入っておってな。今日のようにたまに見るのじゃが」


「素晴らしい景色だと思います。地元民として、この栄えた街並みと自然の調和は完璧なのではないかと、常々考えておりました」


 真っ赤な嘘がスラスラと口から出てくる。もしかしたら王様が、ルトルガー 道具屋店に興味を持ってくれたのかもしれないと僕は考えていた。ここはお世辞を使ってポイントアップを狙わなくては。


「おお、おお……なかなか嬉しいことを。流石はあのルトルガー 殿のせがれじゃわい! さぞ友人も多かろう?」


「いえ……友人なんて数える程しか。父をご存知なのですか?」


「存じておるぞ。街一番の腕利き冒険者であったからな。おまけに誠実で優しく、男の鏡のようであった……」


 王様は懐かしいものを見ているような瞳で都を眺めていた。そして何かに気がついたかのように顔をこちらに向けてくる。


「時にアキトよ。お主は勇者と仲が良いらしいの!」


「え? あ……そうですね。まあ、仲は良いかもしれません」


「ふむ! ちなみにじゃが……それは異性としてということかね?」


 僕は慌てて首を横に振った。この返答次第では、道具屋のアピールどころか大きなマイナスイメージになってしまう恐れがあるからだ。


「いいえ! とんでもないです。僕らはただの友人なのです。恋人とか、そういう関係では全くありません」


「ほうほう! しかしなかなかに親密な関係と見たぞ。親友のようなものかね?」


 王様の目がギラギラしてきたような気がして、何か違和感がよぎり始めた。あれ? 僕らの仕事に興味があるとばかり思ってたんだけど。


「まあ、親友かもしれませんね。アホな子なのでいろいろと困らされていますが」


「ふうむ。あいわかった。実はのう……勇者がなかなか冒険に出てくれんのじゃよ。お主も存じておろう?」


「あ……そうですよね。存じてます」


「何とかして冒険に出発して、魔王を討伐してもらいたい! この気持ち……お主も解るな?」


「は、はい……解ります」


「よし! ではアキトよ。今日お主から説得をしてもらいたい! 勇者をとにかく明日、酒場に向かわせるのだ!」


「酒場にですか? でも、パティは僕の説得で動くとはとても思えませんが」


「大丈夫大丈夫! 自分を信じるのだ。あ……そうじゃ。こんな物が落ちておったな。お主が落とした物と見て間違いがないな?」


 王様はマントの中から袋を取り出してきて、僕の右手に握らせてきた。不思議に思って中を開くと、大量のお金がギッシリ入っていて、思わず飛び上がりそうになる。


「ちょ、ちょっと待ってください。これっていくら入っていますか? 受け取れません!」


「いやいや! これはあくまで、落ちていたんじゃよ。お主の物ということにしておきなさい。勇者のことを頼んでいるとか、そういうのとは抜きで! あくまでも、ワシの気持ちじゃから。2000マネイ程度、気にすることはない」


「2、2000マネイも入っているんですか…………」


 ニコニコ笑う王様とは対象的に、僕は凄く顔色が悪くなっていたに違いない。トボトボと道具屋に入って袋を渡すと、おふくろは大喜びでバンザイしていた。2000マネイと言えば1年は余裕で暮らせる額である。もうパティを説得する以外に道はない。




「ねえ。ねえってば! どうしちゃったのアキト? 今日ちょっと変だよ」


「え? 別に変じゃないぞ。僕は全くもっていつもどおりだけど」


 仕事終わりの夕方、これまたいつもどおりというか幼馴染が家に遊びに来た。僕の部屋のソファでおふくろに出してもらったジュースをストローで吸いながら、チラチラとこちらを見ている。僕はベッドで新しいアイテムの調合法が書かれた雑誌を読んでいるフリをしていた。


「ううん、やっぱり変。アキトは何かを隠していると、私の第六感が伝えているっ」


「ほ、ほほう……やっぱり解ってしまったか。じゃあもう隠すのはやめだ」


 僕はベッドから起き上がり、パティをじっと直視する。彼女は想定外の反応だったのか、少しばかりたじろいでいるように見える。


「ずっと前から、ちゃんと言わなきゃいけないと思っていたことがあるんだけど」


「え……あ! アキト……もしかして……」


 意外な反応だった。もしかして冒険に出るように説得することを予感していたんだろうか。なら話は早い。


「なんだ、薄々わかっていたのか。そうだよな、もうこんなに付き合いが長いんだ。僕が言いたいことが読めていても不思議じゃない。こんなやり取りは何度もしているからな。誤魔化すのはもうやめようと思う」


「うん。解る……よ」


 急にしおらしくなった幼馴染に若干の違和感を感じつつも、僕は話を続けることにした。


「アキト……でも待って。急に言われても、心の準備が」


「心の準備か。でももう充分時間はあったんじゃないかな。だからやっぱり言う!」


「う、うん」


 パティは体ごとこちらに向けて、ちょっと上目遣いになってこちらを見つめる。少しだけ息が乱れているのが解った。緊張していることがはっきり見てとれる。


「明日、一緒に酒場に行こう!」


「………え?」


 急にパティはキョトンとした顔になった。


「で、でも……私達。まだ16歳だよっ」


「大丈夫だ! お前は酒場へ仲間を集めに行って、更には預けてもいる。もう大人なんだ、冒険に出よう!」


「私達……しょ、初回から酒場なんだ。大人の冒険……」


「ん? どうした? 初回からって? とにかく明日昼間から行くぞ!」


「……はいっ! 私、嬉しい!」


 パティが喜びに溢れた笑顔を見せたので、僕までなんだか幸せな気持ちになってしまった。そうか、こうして強く自分を送り出してくれることを彼女は望んでいたのか。


 少しばかり反応に違和感はあったが、きっと大したことじゃないだろう。僕はようやく安堵のため息をついた。

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