第12話 幼馴染が旅に出たくない本当の理由

「……と、いうわけなのでございます。勇者は未だに例の道具屋に入り浸り、全く旅に出ようという気配がありません」


 アカンサス王謁見の間で、ガーランドは近況を報告していた。すぐ隣に片膝をついているのは魔法使いのマルコシアスで、ただただ大人しく耳を傾けている。


「なんとまあ! こりゃマズイのではないかー。のう大臣や?」


 アカンサス王ハラースは両手を上げ、大袈裟に驚きを現してから大臣を一瞥した。


「な、なぜ私に話を振るのか理解できませぬのが。……宜しくないことかとは思います」


「そうじゃよのう。まああの娘も年頃。恋がしたい気持ちが解らんではないがのー。だがいかん! いかんぞこれは」


 王の鼻息が荒くなり、マルコシアスは気まずそうに顔を上げた。


「如何なさいましょうか? こうなれば強引にでも連れて行くという手もあるのですが……」


「いいや。無理強いはいかん。本当に魔王と戦う気がなくなってしまうからの。よし! ワシに一つ良い案が浮かんだ。お主達、とにかく今日は帰りなさい」


「良い案と申されますと?」


「ふっふっふ。まだ秘密じゃ。さ、今日の話はここまで!」


「は……ははっ!」


 ガーランドとマルコシアスは深々と礼をして謁見の間から退出した。大臣は興味深げにハラースの顔を一瞥する。


「王様……どうなさるおつもりですか?」


「ふむ……みんな説得の仕方が解っておらんのじゃ。良いか、本人を説得していくのではない。本人の周りから説得していくのじゃ!」


「おおお……国王様が、何やらまともなお話を!」


「ワシが普段ロクなことを言ってないように聞こえるのう!」


 ハラースはあからさまに不機嫌な顔をしたので、大臣は慌ててぺこりと頭を下げた。


「い、いえ! 滅相もありませぬ!」


「ふむ。まあよいわ。しかし……厄介じゃなー。あの娘も。こうなった原因はワシにあるんじゃが……」


「……あれは余計でしたな。秘密にしておいたほうが良かったかと」


 大臣の一言がハラースの心にチクリと刺さった。


「やかましい。習わしなのだからな、ちゃんと言うべきことだったのだ! とにかく、ワシが直々に動いてやろう! これで勇者が冒険に出ることは確実じゃぞ! はっはっはー」


 国王は大笑いをして周りの不安を拭いつつも、一ヶ月前の自身の行動を思い出し、内心嫌な気持ちに浸っている。




 遡ること一ヶ月前、冒険に出ることが決まった勇者達一行を城に招き、限られた人間しか入ることが許されない奥深くに隠された秘密の部屋に国王は案内した。円形の空間はまるでこの世界から隔離されているような錯覚を覚えるほど神秘的な空気を纏っている。


「さあさあ、遠慮せず入りなさい。お前達にこれだけは見せておかねばならぬ。そして覚悟を確かめることがならわしじゃ!」


 円形の空間の真ん中に立つ王に誘われ、四人は静かに入室した。パティは青いマントと旅人用の丈夫な生地で作られた服を着ていて、顔からは精悍さが滲み出ている。続くように戦士ガーランド、魔法使いマルコシアス、僧侶マナが次々と入っては、部屋の内装に興奮していた。


 天井と床は真っ暗な中に星のような輝きがいくつも散りばめられていて、まるで夜空を思わせる。壁に描かれた絵画からは不思議な光が放たれている。


「国王様。ここは……何の部屋ですか?」


 淡々としたパティの言葉に、ハラースは自信たっぷりに胸を張りながら語り出した。


「うむ。ここはのう。英雄を記す部屋と呼ばれておる。お主の先輩達の記録が詰まった部屋なんじゃよ」


 勇者はキョトンとした顔のまま固まる。マルコシアスが興奮気味にキョロキョロと歩き回っている。


「おお! ワシは聞いたことがありますぞ。歴代勇者達の活躍が記され、更には魔王を討伐した時の姿が描かれているという部屋ですな!」


「うむ。その通りじゃ。勇者達はみなアカンサスに生まれ、誰もが無事に魔王を討伐した。彼らはみな世界を平和に導いたのじゃよ」


 丸い室内の壁には、今まで活躍した勇者達の絵画が描かれている。中に一つだけ黒い影のような人間がいた。小柄な女性であるように見受けられる影に、僧侶は強い興味を持ち近づいて行く。


「もしかして、こちらの絵画にパティ様が描かれる予定ですの?」


 マナがにこやかに影だけの絵画を見つめる。王様は大きく首を縦に振った。


「その通りじゃ。勿論お主達の記録もしっかりと残ることになるからな。安心せい! 実はの、この絵画達の裏側に隠し部屋がまたあってな。そこに勇者やパーティの資料が収められているのじゃが。今回は見せられぬ。魔王を討伐したら、見せてやってもよいがの! フォッフォッフォ」


 パティはあらゆる英雄達の絵画を見ているうちに、何か違和感を感じ始める。


「でも……。平和になったのに、あんまり嬉しそうじゃない人がいる」


 マルコシアスは天井を眺めたまま、小さくため息をつき、王もまた神妙な顔つきになった。


「むう! 言われてみれば確かに。王様、なぜこのように寂しそうな表情をしているのですか?」


 ガーランドは王様にぐいぐいと近づいて大きな声を出した。彼は空気を読むといったことが全くできないタチなのである。ハラードは勇者達に背中を向けつつも、ゆっくりと語り出す。


「ふむ……。実はな、魔王を討伐するという行為には代償がある。神様には祝福されるだろうが、悪魔には憎まれるというわけじゃ。討伐した者達にはとある呪いがかけられてしまうのじゃ」


「あの噂は本当じゃったわけですな。おいたわしや」


「の、呪い……ですか。怖いですわ。一体それは……」


 マナは怪訝な顔で国王の背中を見つめる。パティは何か嫌な予感を感じつつも次の言葉を待った。国王は誰にも聞こえないように深呼吸をしてから、


「うむ。闇の権化を倒した見返りとして、幸せを奪われてしまう。具体的に言うと、魔王を倒した時に既に愛している者がいた場合、その者と結ばれることが叶わなくなってしまうんじゃ」


「……え……」


 パティは急に自分の体重が無くなったような錯覚を覚え、体がフラつきだした。


「ここに描かれている勇者達はみな結婚し、最終的には満ち足りた最後を迎えた筈なんじゃよ。ただ……本当に想っていた相手とは結ばれなかった者もいるが……」


 部屋の中から活気が消えていた。ハラースとマルコシアスはただ何も言わずに黙り込み、ガーランドは腕を組んで考え込んでいる。マナは絵画に描かれた悲しげな勇者に同情して涙を浮かべる。


「さて、お主達……その呪いが振りかけられようとも、魔王を倒す気概はあるか!? まずはマルコシアス、答えよ!」


「ははっ! ワシは既に家内が他界しております故……迷いはございませぬ!」


「うむ。あいわかった! ではガーランド、お主は?」


「問題ありません! 剣の道に女は不要!」


「ふむ。その心意気やよし! ……ちょっと寂しい気もするが。おっとゴホンゴホン! 何でもない。マナはどうかの。お主は既にボーイフレンドがいるのではないかな?」


「友達以上、恋人未満ならいます。でも、その人と結ばれなくても別に問題はありません。恋はいつでも、何処にでもあるものですわ。結ばれないのなら、新たな恋を見つけるまでです」


「ふうむ……ワシの想像の斜め上じゃったわい。では最後に……勇者よ! お主はどうか!?」


 パティはカタカタと震えだした。彼女を囲むメンバーはみな、何かおかしいことに気がついている。


「ふ……」


「ふ? なんじゃ? ふふふ、問題などあるはずがないでしょう! ということかな?」


「まあ、王様。少々解釈が強引過ぎますわ。大丈夫? 顔が青いわよ」


「ふぇ……」


「むむ! どうしたのじゃ? 勇者よ。まるで既に愛している者が、」


「ふええ……ぇえー!」


 パニックに陥った勇者が叫び声を上げ、周囲に風が吹き始める。


「こ、これは風魔法!? こ、これやめい勇……あー!」


「うおお! 勇者が錯乱したぞー」


「あああー。なんてことじゃ! もう家内の元に行く時が来てしまったー」


「ああん! ちょっと、胸当てが裂けちゃう!」


 風の刃が部屋全体に吹きすさび、王様とパーティメンバーは数分間必死に逃げ回るしかなかった。やっと魔法が消え去った時、しゅんとした顔をした勇者がみんなにペコリと頭を下げる。


「す、すみませんっ。つい、動揺しちゃって」


 王冠が真っ二つに割れてしまったハラースが、精一杯の作り笑顔を見せる。


「このくらい気にするな! ま、まあ……あれじゃ! パティよ。お主が今愛している異性がいなければ、何も問題はないんじゃ! 倒してから探せばいいんじゃから、な!」


 ハラースは笑いながらパティの肩を叩いた。彼女はただただ呆然と立ち尽くしている。


「大丈夫! お主達は世に平和をもたらし、富も名声も幸せも全て手に入れることができるじゃろう! ああそれと、このことは決して口外してはならぬぞ。古くからの決まりでな。呪いのことは決して話してはならぬ! よいな」


 誰も首を横に振る者はいなかった。パティが冒険に出たいという気持ちは、まるで子供に蹴られた砂の城のように崩れていった。

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